後編 もう大事な人を救えないのは嫌なんだ
――真っ赤な夕日が差し込む学校の階段。
制服に身を包み、鞄を肩にかけ、ポニーテールを揺らしながら、タッタッと階段を駆け上がるひとりの女の子。その子は踊り場に足掛けたところで足を滑らし、重力に従って、階段から落ちた。階段には血が跳ね、階段前の廊下は血の池と化す。周りには誰もいなかった―――
「委員長・・・・・・」
意識の海から目が覚める。
夢で見た血を流し倒れていた女の子は間違いなく委員長だった。
「そんなのありかよ」
昨日の火事が現実になった。なら、この夢もきっと現実になる。
クローゼットを開け、四ヶ月間放置してた制服を取り出し、袖を通す。学校のカバンに筆箱や教科書を適当に突っ込み、部屋を出た。
階段を降り、歯を磨いたあと玄関で靴を履く。
今日見た夢が現実になるとは限らない。でも、何もできずに大切な人を失う絶望を僕は知ってる。委員長は僕のために毎日のように家に足を運び、プリントを届けに来てくれた。そんな子をどうしたら見殺しにできるんだ。
「もう大事な人を救えないのは嫌なんだ」
僕は決意を固め、久しぶりにドアを開け、学校に向かった。
午前七時四十五分
学校に着き、まずは事故が起きると予想される西棟一階の階段に来た。
「夢と同じ所だ。事故が起こるのはここで間違いない」
この西棟は二階から四階まで各クラスの教室となっているため、委員長は教室に向かうところで事故にあったのだろう。
今は朝早めの時間帯なので西棟一階のフロアは静寂に包まれている。
その中で頭上からかつりと足音が響いた。
「湊くん?」
そこには髪を後ろに束ね、黒縁メガネをかけた女の子がいた。
「や、やぁ、委員長」
まさかもう会うことになるとは全く心の準備をしていなかったため、思いっきり噛んでしまった。
「湊くん。学校に来てくれたんだね!」
委員長は僕の顔を見るや否や階段駆け下りてきた。
その光景を見て、夢で見た予知夢がフラッシュバックした。
「委員長!走っちゃ駄目だ!」
だが、もう遅かった。
委員長の上履きが階段の滑り止めに引っかかる。
「え?」
委員長はそのまま階段からこちらに向かって落ちてきた。
「委員長!」
僕は腰を落として、両手を広げて委員長を抱きしめたが、勢いを受け止めきれず、そのまま後方に飛ばされた。
「いてて、委員長大丈夫か?」
「大丈夫だけど、その、手・・・・・・」
手?
もみっ。
「ぁん」
見ると僕の両手は委員長のお尻を鷲掴みしていた。
「わぁ、ごめんなさい」
謝って、すぐに手を離した。
委員長が顔を真っ赤して俯く。
委員長は立ち上がり、顔を羞恥に染め、「ごめんなさい」と言って走って廊下の向こうに消えていった。
「これで事故は防いだことになるのかな?」
別の意味で事故った気がする。
きっとこれで解決した。
でも、何か違う気がする。
僕は違和感を残したまま、立ち上がり教室を目指した。
授業中、委員長の方に目を向けると目が合ってしまい、委員長は顔赤らめて伏せて閉まった。それから僕は恥ずかしくなって委員長の方を見ることは出来なかった。もちろん授業に集中できるはずもなく・・・・・・。
―――キーンコーンカーンコーン
授業終了の鐘が鳴り、今日最後の授業が終わった。
「湊くんは後で職員室に来なさい」
そう言い残し、先生は教室を後にした。
午後三時 職員室
先生とこの先の進路について話をしていた。
だが、そんな話は全く頭に入ってこない。
やはり何かを忘れている気がする。
時刻は四時を回っていた。職員室は窓から差し込むオレンジ色に染まっていた。
なんとなく外を見る。夕日がいつにも綺麗だ。そのとき、脳裏に夕日差し込む階段で委員長が血を流している光景が過ぎった。
「思い出した・・・・・・」
事故が怒るのは夕方じゃないか、なんでこんな大事なことを僕は忘れていたんだ。
「委員長が危ない!」
僕は急いで駆け出した。
「え?ちょっと、危ないってどういうこと?待ちなさい!」
先生が後ろで何か言っているが今はそれどころじゃない。
はやく、一秒でも早く西棟の階段に行かなくちゃ。
廊下に照らされる夕焼けに焦りを覚えながら、全力で走って行く。
職員室のある北棟を抜け、西棟に着いた。
階段までは直線五十メートル。
廊下の先に委員長の姿を見つけた。
私、教室に忘れ物しちゃった。
「さっきは湊くんにありがとうって言いそびれちゃったな」
階段の前まで来て、立ち止まる。
体を張って、私のことを助けてくれた湊くんはすっごくかっこよかった。
そうだ、湊くんにお尻揉まれちゃったんだ。
「もうお嫁にいけないよー」
言葉とは裏腹に表情はにやけてしまう。
恥ずかしくて、タッタッと階段を駆け上がり、踊り場に足をかけた。
―――ツルッ
足が滑り、体が浮遊感に包まれる。
あ、私、死んじゃうのかな・・・・・・。
まだ湊くんに俺をちゃんとお礼言えてないのに・・・・・・。
助けてよ湊くん・・・。
「届けぇぇぇっ!!」
呼吸も乱れ、汗がとめどなく溢れてくる。それでも僕は落ちてくる委員長めがけて、精一杯飛び込んだ。
バサッ。
委員長を庇うように抱きしめ、廊下を勢いよく転がっていった。
身体中がズキズキ痛む。
「委員長しっかりして!」
焦りに襲われながらも、必死に呼び掛けた。
「湊くん・・・助けにきてくれたんだ」
そう言って、委員長の涙が頬を伝う。
「あたりまえだろ」
委員長の背中に腕を回し、抱える。
「助けてくれて、ありがとう」
「うん、本当に間に合って良かった」
よく見ると、委員長の束ねていた髪は流れていた。それがあまりにも綺麗で見惚れてしまった。
「どうしたの?」
委員長は可愛らしく首を傾げる。
「いや、髪がいつもと違うから」
委員長は自分の髪を見た。
「階段から落ちたときにゴムが取れちゃったみたい」
「そうなんだ」
「変かな?」
委員長は不安そうに上目遣いで尋ねてきた。
「全然変じゃない。むしろそっちの方が似合ってる」
「そう」
委員長は俯いてしまった。
夕陽のせいからか顔が赤かったように見える。
「そうだ、委員長。僕の家に毎日プリントを届けたりしてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「代わりに、僕にできることがあれば、なんでもしてあげるから」
委員長は顔を上げて微笑んだ。
「じゃあ、これからは委員長じゃなくて紗菜って呼んで」
僕は一緒ドキッとしてしまった。
「そんなことでいいの?」
「そんなことがいいの」
「わかったよ、紗菜」
それを聞いた紗菜は眩しいくらいの笑顔で笑った。
この件以来、僕が予知夢を見ることはなかった。きっと紗奈を救うことで心が救われたのだろう。
――僕を助けてくれてありがとう、夏帆
夢見る湊 水瀬 綾人 @shibariku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます