夢見る湊
水瀬 綾人
前編 思春期症候群
三ヶ月前、江ノ島の花火大会に彼女と行った。色鮮やかな花火を見て夢中になっている彼女の横顔は花火よりも眩しくて、ずっとこのまま一緒に生きていきたいと想った。
花火大会の帰り道、その日は少しでも長く彼女と一緒にいたくて藤沢駅まで歩いて帰ることにした。彼女との帰り道は幸せで時はすぐに進み、藤沢にある大型のショッピングセンターの前で信号機が青に変わるのを待つ。
「なんか夏帆と一緒にいるとすぐに時間がすすんでるきがするよ」
「湊は私と一緒に過ごすことがそんなに幸せなのかな?」
二人は照れくさくて、ぷっと吹き出し、笑いあった。
でも、こんな幸せなひとときは長くは続かなかった。
車両の信号機が青から点滅する。そろそろ信号が変わりそうだ。
ブチッ。
一瞬、頭上で太いワイヤーが切れた大きな音が聞こえた。音の方角に見上げると、いくつもの鉄パイプがこちらをめがけて落下する。
――ダメだ、避けられない
とっさに夏帆を庇おうとしたそのとき、トンっと彼女の手が僕の胸を優しく押した。
えっ?尻もちをつく。顔を上げると夏帆と目が合った。夏帆は笑みを浮かべ、言った。
――生きて。
そして、彼女の姿は降ってくる鉄パイプで見えなくなった。
―現在―
夏帆は死んだ。
このときから僕は部屋に引きこもるようになった。夏休みは明けたが、行く気になんてなれなかった。
この三ヶ月、ずっと後悔が僕にのしかかっていた。
ベットでいつもように横になる。
「クソ、僕が代わりに.........、」
――代わりに死ねば良かったのに
言うのは簡単だ。でも、言えなかった。
いくら口に出したところで代われるわけではない。それに、その言葉は僕を庇ってくれた夏帆にあまりにも失礼過ぎると思ったからだ。
事故が起こることを事前に知れれば夏帆が死なずに済んだのに。
そんな夢物語のようなことついつい考えてしまう。
僕は現実から逃れるように眠りについた。
―――星空が輝く空の下、近所の十五階建てマンションが黒煙を上げ、音をたてて燃えている。中から「熱いよ」、「誰か助けて」と声がする。十階付近のフロアが勢いよく爆発した。―――
瞼が開いた。
「・・・・・・」
今の夢はなんだったのだろうか。夢の割にはやけに鮮明だった。
まぁ、今は夢のことなんてどうでもいい。
ベッドのデッキに置いてあるデジタル時計を確認する。
午後六時三十二分と表示されていた。
部屋は真っ暗だ。
体を起こし、壁に寄りかかるようにして座り、ぼーっとして、ただ時間が過ぎるのを待った。
しばらく経つと、コンコン軽快にドアをノックする音がなった。
僕は母と二人暮しだから、ノックした人は母以外ありえない。
「湊、ご飯できたから降りて来なさい」
「分かった」
立ち上がる。とても体が重たい。ふらふらとした足取りで一階のダイニングに向かった。
「いただきます」
今日のメニューは炊き込みご飯と味噌汁だ。
炊き込みご飯を口に頬張る。
母は料理の後片付けをしていた。
「そうそう、今日も鷹橋さんがプリントを届けに来てたわよ」
「委員長が?」
鷹橋さんとは僕と同じクラスの委員長で、黒髪ポニーテールと黒縁メガネが特徴的な子だ。家路は反対なのに毎日のように僕の家にプリントを届けに来てくれている。このことに関しては本当に申し訳なく思っている。学校に行き始めるようになったら必ずお礼をしなくては。
何気なくテレビリモコンを手に取り、電源ボタンを押す。
パッと画面に映ったのはニュース速報だった。
「ただいま入りました。速報です。神奈川県藤沢市のとあるマンションで火災が発生しています」
「あら、うちの近くじゃない」
料理の後片付け済ませた母が僕の向かいに席に座る。
聞き流し、お味噌汁を口にする。
待てよ、火事だと。
テレビに視線を戻す。
それは近所の十五階建てマンションが火事に遭っている光景だ。
さっき見た夢のまんまじゃないか。
これは予知夢?まさかそんなことあるわけがない。
ドォォン。
外から何かが爆発するよう音が聞こえた。
「ただいま、マンションが爆発しました」
すぐに茶碗をテーブルに置いて一階に窓に駆け寄り、カーテンを開ける。夜にもかかわらず真っ赤に染った空が写る。
爆発まで、夢と一緒。
本当に予知夢じゃないか。そんなことが有り得るのか?
確認したいことがあり、窓の傍のローテーブルに置いてある母のノートパソコンを起動して、八桁のパスワードを入力していく。
「ちょっと、なんで私のパスワード知ってるのよ!?」
そんな母の言葉はスルーし、エンターキーを押した。
パッとホーム画面が映り、ウェブサイトを開く。
そこで予知夢と打ち込むと、下の検索候補欄の初めて見るワードを見つけた。
――思春期症候群
不思議に思い、思春期症候群を検索する。
――思春期症候群とは、思い描いた理想と、ままならない現実。その間に生じたストレスがもたらす心の病気。症状は様々で『他人の心の声が聞こえた』等のオカルトじみた出来事が起こる都市伝説――
今までの僕ならこんな都市伝説は信じなかっただろう。だが、実際に僕は予知夢が起こっている。夏帆を失ったショックで思春期症候群になったのなら、辻褄通っている。
「ちょっと、いつまでパソコンいじってるの。早くご飯食べちゃいなさい」
「ごめんごめん」
知りたいことは知れたので、パソコンはパタッと閉じて、席に戻った。
まぁ、さすがにこんな事はもう二度と起こらないだろう。
そんな期待と共にご飯を一気にかきこんだ。
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