第16話 荒野の道


『Wilderness road』

 名前の通り、ただっっぴろい荒野に砂を巻き上げる風が吹き抜ける、ただそれだけの寂しい世界。

 世界のどこを模したのか、『road』と名前を冠していながら、しっかりした道はない。人が踏み鳴らしたと思しき色の異なる地面が、細く長く、途切れ途切れに世界の端をつないでいる。

 風に揺れる自分の前髪を視界に入れながら、笹塚は予感を持って、世界の中心で待っていた。

 やがて視界に現れる、赤いコートの少女。

 黒の長髪を風にたなびかせ、淀みなく出される足で、地面を踏みしめてこちらに向かってくる。

 スズは声を上げた。

「久しぶりです! 紅火花さん!」

 無反応。それでもスズは精一杯の声で語り掛けた。

「私はスズと言います。このアバターは自分で作りました。あなたが憧れで、いろいろ真似ました、拙い、ですよね、けれど、これが今私の精一杯です!」

 紅火花があと数メートルというところまで近づいてきた。

 初めて会った時と同じ、スズのいる今の位置から、少し先に進んだ場所で、紅火花はきっと消えてしまうだろう。

 どこかに行ってしまう。

「私は! あなたがうらやましい!」

 声を張り上げた。馬鹿みたいに叫んだ。それが本当の気持ちだったから。

「あなたはこの世界でどこにでも行ける! なんにだってなれる! 色んな世界を見て回れる! けど、私は違うんです……」

「……」

「心と体の進む方向が別なんです、ここにいたいなんて全然思わない、なのに色んな制約が私をここに引き留めるんです、でもそれを振り切れない、だって行きたい場所なんて現実のどこにもないから!」

 こことは現実だ、行きたい場所とはなんだ。

 私は今が嫌だと叫ぶだけの、弱い人間だ。

「でもこの世界であなたと出会って、あなたを見て私は思いました、きっとそれでもここが違うというなら、進まなければいけないんだって」

「どこに行きつくかもわからないけど、ほんの少しの興味でもいいから、何かを頼りに、自分の道を探さないと行けないんだって」

「だから! これは私の最初の一歩です!」

 紅火花とすれ違う。

 伸ばしかけた手を引っ込めて、去り行く背中に向けて叫んだ。

「私の作った体で、私の望んだ形で、私はあなたに会いに来た! きっといつかは紅火花、あなたのように、目指すところを見つけてみせる」

「それ、だけです、一方的でごめんなさい」

「さよなら、紅火花」

 紅火花はいつものようにメニューウィンドウを開き、別のワールドへの扉を開く。この終わり行く世界でさえ、彼女は目指すべきどこかへ旅立っていく。

 それを見送ろうとして、スズはハッとした。

 紅火花の手には、スズがいつか送った手袋がはめられていた。

 紅火花がコートを揺らし、振り返る。

「付いてきて」

 初めて聞く声に、伸ばされた手に、次の世界に消えていく赤い少女に、スズは涙を流し、手を伸ばした。


 24:00VRクロスは終了した。

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