第15話 六畳一間の世界の入り口

 二階建てのアパートの六畳ほどの一室がタニシの部屋だった。

 布団と小物が脇に寄せられ、机とディスプレイ、VR機器のみが部屋に整然と配置されている。

「いつもは四つのセンサでやるんですけどね、スズさん、センサ二つって言ってたから、二つにしときました、キャリブレーションも既に済んでいます、どうぞ」

ディスプレイに映るVRクロスのログイン画面には既に、笹塚のアカウントが入力されていた。あとはログインボタンを押すだけ。そうすればVRクロスの世界にダイブできる。

 病院から出る間に、笹塚は自分のアカウントとパスワード、その他必要素材を入れたクラウドドライブをタニシに連携していた。急いでいたので細かい指示はできなかったが、タニシは全て完璧にこなしてくれたらしい。

「ありがとうございます、流石、師匠です」

「よしてくださいよ、スズさん俺よりも年上でしょ」

「そんなのは関係ないですよ、心からあなたを尊敬します、ありがとう」

 笹塚にモデルの作り方を教え、VRクロスの歩き方を教えてくれた。そこに年齢など関係ない。笹塚は深々と頭を下げた。

「どういたしまして、あとは任せます、紅火花によろしくっす」

「はいっ」

 タニシは何も言わず、外に出ていった。その配慮に再度の感謝を送り、笹塚はヘッドマウントディスプレイを被り、ログインボタンを押下した。


 見慣れたローディング画面を抜けると、いつもの自分の部屋がある。

 姿見の前に立ち、己の姿を視認した。

 大きな瞳は青色。頬には傷跡を隠すように張った絆創膏。

 ところどころ跳ねたセミロングの茶髪に、少女の体。

 くるりと身を回せば、腰に巻いたぼろ布がひらりと揺れる。

 ミリタリジャケットとごついブーツ、ホットパンツからはしなやかな足が伸び、活発な雰囲気の、そんな少女が、仮想の世界に立っていた。

 両の拳を握れば、少女、スズの顔が真剣な表情になる。

 もうマスコットではない、スズはここに確かにいる。

 カスタマイズした部屋の置時計は23:50を示していた。

 時間はほとんど残されていない。道中教えてもらった追加機能をメニュー画面から呼び出し、以前キャンプファイヤーの場所で出くわした月日までさかのぼると、あった。

 紅火花のアカウント。

 アカウントをタップし、詳細情報から紅火花の今いるワールドを表示する。

 そこに浮かぶワールド名を見て、笹塚は息をのんだ。


 『Wilderness road』


 荒野の道。

 笹塚が初めて入ったワールドにして、初めて紅火花に出会った場所。

 震える指で、ワールドを選択した。


 数分のワールドローディング時間。

 宙に浮かぶローディングバーが100パーセントになるのをじっと待ちながら、笹塚は夢想した。

 初めて会った場所に紅火花がいたのは、なぜだろう。笹塚を待っていた? まさか、そんなことはない。彼女は孤高で、誰にも反応しない。一貫してそれを貫き通してきたのだ。まさか、そんなこと、あるわけがないのに。

 スズは自分の手を握る。紅火花にも渡したお揃いの白い手袋。

 確かめたい。

 バーが100パーセントに達し、視界が徐々に切り替わっていく。

 

 

 

 

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