マッシュマン
安良巻祐介
晴れた日の午後、全く唐突にどこからまだらの体表をぬらぬらさせた巨大な怪物が現れて、その街を襲った。
人々はぽかんとして眺めていた。彼らは集団的ショック症状に陥って、感覚が完全に麻痺してしまっていた。暴れる怪物のもとで、人々は糸のほつれた操り人形のようにぎこちなく、それまでの動作の続きをやり始めた。何人かは怪物に踏み潰されたが、誰も気に留めず、崩れていく建物の間を行き来などしている。
なんだかおかしい。いくら理性が拒んだとて、そんな無茶苦茶な状態があるだろうか。しかし現にそうなっているのだから仕方がない。実際のところ、何か変な力が働いているのは確かなようだったが、それを暴くものが現れない。
種明かしをしよう。実は人々を催眠状態に陥れて麻痺させたのは一人のヒーローであった。彼の名はマッシュマン。マジックマッシュルームに由来する超常的な幻覚のパワーを得て、悪と戦う男だ。
彼は怪物の出現を見るや、路地裏で急ぎ変身を終え、冷静に状況を観察、そしてまずパニックに陥った人々が二次災害を起こさぬよう、両の手から精神抑制の効用のある七色の光線を放った。そうしておいて自分が怪物を速やかに退治しようとしたのである。
悲劇はそこで起こった。光線を発射している最中に、マッシュマンは常日頃の激務が祟り、脳卒中を起こして昏倒してしまった。
倒れた彼の手から光線だけが際限なく垂れ流され、精神抑制の効能を重ねがけされた人々の頭は重度の麻痺に侵された。そしてマッシュマンはというと、なんと昏倒から覚めぬまま、ひっそりと路地裏で冷たくなっていった。誰も彼の死を知り得なかった。ヒーローというのは得てして悲劇的側面を備えがちなものだが、この場合はとにかくタイミングが悪かった。マッシュマンの偉大な光線を誰も解除できない。
例外的に、ダークヒーロー・マタンゴマンならばこの光線を中和する闇の波動を放てるのだが、生憎と彼は二週間ほど前、長きにわたる悪の組織との激戦の果て、首領の一人を倒すため発揮した力が暴走に陥り、助けようとするマッシュマンに自らの介錯を頼んで、葛藤の末にそれを叶えられ、悲しき最期を迎えていた。
ではそれ以外に、マッシュマンの協力者にあたる技術者や、恋人や、少年団のごときグループはいなかったのか。いなかったのだ。彼は喜びも悲しみもその全てを男の背中で語る、いわゆる天涯孤独系統のヒーローであった。
よって、つまり、結論として、もはや光線をどうにかできるものは存在しない。
怪物は暴れ続けるのに、街と人々はいつも通りの動きを続けようとし、結果として悪夢のような惨状が現出した。皆ぺらぺらと喋ったり車を運転したり仕事をしたりしながら踏み潰されて死んでいく。
なまじ誰も叫んだり悲しんだりしておらぬせいでいっそう不気味に見えるその光景、狂気、嗚呼、なんということであろう。
誰が悪いのか。誰か悪いのか。いや誰も悪くないはずだ。
なぜこんなことになってしまったのか。
その問いに答える者ももはやなく、まさしく子供番組のようなふざけた色彩の七色光がよがりくねるビル群の中で、醜悪な怪物だけがやたら嬉しげに躍り続けるばかり。…
マッシュマン 安良巻祐介 @aramaki88
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