アンテナ

@nekonohige_37

アンテナ

 まだ私が自宅住まいをして居た頃、自室の窓から覗ける空は何時だって三分の一が欠けていた。

 勿論、空が欠けていると言うのは比喩抽象に過ぎないのだが、少なくとも自室から見える筈の大空は、必ずその一部を別の物に遮られいたのは確かです。

 3LDK平屋建て、土地の安さと住人の繁殖成績、そして空き家の生成速度だけは都会とは目を見張る物がある片田舎において、当時私が住んでいたその家など何処でも見かけるごく平凡な物であり、そこから見える景色も又何処にでもある平凡な物だと思っていました。

 私の自室から見える、青空を隠さんばかりの出で立ちでそびえるそれを一言で説明するのなら、『アンテナ』が正解だと思う、ついでに言葉を付け足すのなら『沢山のアンテナ』が正解だ。

 ちょっとした高層ビル並の高さと、野球場よりも広大な面積を持つその空間には、人の胴体よりも太い鉄骨がひしめき合い、本当に巨大な骨組みを形成している。

 更にその鉄骨は、何処か生き物の骨格や熱帯雨林の樹木を思わせる様な有機的な曲線を描いているものだから、今にも動きだし町を飲み込んでしまいそうな気配すらあります。

 それだけでも威圧感たっぷりなのに、その鉄骨からはキノコの様に真っ白な傘を広げたパラボラアンテナが沢山生えて四方八方あちこちに首を振っていて、それらが無い所には、猫の髭や昆虫の触角の様に、テレビアンテナ状の何かが首を伸ばしているのだ。

 そんな物が、私の家から少し離れた場所、初詣の時以外誰も足を踏み入れない神社のある辺りにそびえ立っている。

 多分、大抵の人はその出で立ちを見ると、不気味がるか面白がるか、あるいはその両方の感情を表に出す筈なのだが、生憎な事物心ついた頃からそれがある景色が当たり前だった私には、其れを見て驚く程の無邪気さは用意されていませんでした。

 太陽や月や雲や、そして同じ屋根の下で過ごす家族の存在と同じ位、そのアンテナがある光景は当たり前の光景の中、私は毎日学校と家との往復をする生活を送っていたのです。

 でもそんなある日、私はそのアンテナについて祖母に尋ねた事がありました。

 知りたいことばかりの年頃だった私にとって博識な祖母は良い話し相手で、どんな質問でも祖母は答えてくれると思ったのです。

 だけど、私がそのとき口にした『あのアンテナは何をしてるの?』という質問に限っては、祖母は答える事なく首を横に振ると、『大人になったら教えてあげる』の語句の後、『今はそれ以上何も聞いてはいけない』と口にしました。

 その時の祖母の雰囲気は少しだけいつもと違い、何処か怖かったのを覚えています。

 例えばとっても怖い人の直ぐ側でその人の悪口を口にする様に、祖母はまるでアンテナから話し声を聞かれる事を恐れる様に、少しだけ声を小さくした事、それがとてもとても怖くて、私もまたその質問の先を求める事を止めました。






 それから15年、私はそんな祖母の通夜の為に3年ぶりに帰郷しました。

 帰りたくない理由があった訳では無かったけど、だからといってわざわざ帰る必要も無かったから、県外の職場に就職して以来一度も踏んでいなかった自宅の畳を踏みしめ、私は真新しい礼服の肩で焼香の煙を切ります。

 祖母の事は大好きでした、だからとても祖母が亡くなった事は悲しかったです。

 だけど、それ以上に私には判らない事があって頭の中は混乱していました。

 「……」

 ふと窓の隙間から真夏の空を見つめ、私の知ってるそれとは全く違う景色に溜息を吐きます。

 いつもその場所から見えていたアンテナ、それは何故か何処にも無く、空はアンテナに切り取られていない完全な姿で窓に張り付いていました。

 代わりにアンテナが立っていた場所には、真新しいコンクリートの蓋が腰を据えていました。

 まるでアンテナをそのブロックが押し潰した様、取って付けたみたいに居座るブロックの塊は何処か偉そうに、そしてふて腐れた様子で神社の鳥居の直ぐ脇で固まっています。

 勿論私はそんな光景を奇妙に思い、頭の上に沢山の『?』マークが乗っかります、でもそんな私の疑問など全く判らないかの様に懐かしい顔ぶれは顔をしかめ、白檀の匂いが染みついた自宅の中、黙々と焼香をして手を合わせる作業に勤しんでいました。

 何故アンテナが消えたのか、そして何時あんなに大きなアンテナの存在を忘れたのか、私は母親に相談したものの、その答えは予想外な『そんな物初めから無いでしょ』という笑い声でかき消されました。

 それは母親が私をからかった結果の出来事だと思ったのですが、誰に聞いてもおかしな事に、この町に居る全ての人間が同じ答えを返すのです。

 私の記憶に確かに残るあの歪なアンテナ、その正体を聞こうにも、今となっては誰も教えてはくれません、だけど、あのアンテナがあった事を知っているのは、多分この世界で私唯一人です。

 そう思うと、ほんの少しだけ胸が高鳴り、そして少しだけ寂しくなるのを覚えました。

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