この坂を下れば

裳下徹和

第1話

 この坂をブレーキかけずに全速力で下れば、タイムスリップ出来る。


 そんな話を聞いて、小学生の僕は自転車に乗り、全速力で坂を下った。

 そして今、再び自転車にまたがり、坂を下ろうとしている。

 犯人が乗った車は、ゆっくりとした速度で、坂の中程に差しかかろうとしていた。

 坂はかなり急な角度をしており、目の前に広がる池を避けるように、麓は左に急カーブを描いている。

 僕は坂にこぎ出す。ブレーキをかけるどころか、更にペダルを踏み込む。それでも追い着けるかわからない。


 小学生の僕もそうだった。ブレーキをかけずに全力で坂を下りた。タイムスリップなんて興味がなかった。ただ、度胸を示したかった。全速力で突っ込み、僕は飛んだ。

 その後の記憶は曖昧だ。


 後から聞いた話によれば、この坂で亡くなった少年の父親が道連れを増やす為に、「全速力で坂を下るとタイムスリップが出来る」と子供達に言いふらしているとのことだった。

 危うくなくなった少年の道連れになるところだった。幼い頃の僕は胸をなで下ろした。


 実際にこの坂で死んだ少年などいない。嘘を振りまく父親もいない。ただの噂だ。


 現在の僕はあの日の僕以上の速度で坂を下っているが、車に追いつけそうにない。この坂で逃したら、もう追い着けるチャンスはない。被害が更に増えてしまう。

 その時、車が急に減速した。

 見れば坂の下に一人の少年が立っている。それに驚いたのだ。


 轢かれる。逃げろ。

 

 これなら間に合う。


 自分の心に何が浮かんだのか正確に判断する余裕などなかった。何かに引き込まれるように更に下を目指す。


 自己犠牲。そんなものが到来したわけでもなかったが、坂の下を曲がろうとする車の左側に、我が身もろとも自転車を滑り込ませた。これで進路をふさげる。


 車輪に巻き込まれる自転車。飛んでいく体。消えた少年。


 気がつけばベッドの上で、犯人が捕まったことを教えられた。


 目が覚めるまで、ずっと夢を見ていた。

 僕は、古い町並みで、小学生相手に話しかけている。


「この坂を自転車でブレーキかけずに全速力で下ると、タイムスリップ出来るんだ」

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この坂を下れば 裳下徹和 @neritetsu

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