第4話 最後の夜

 箱庭で好きなだけ光の力を使ったラクスは、すぐに眠りについた。

 そして起きないようにヨハンによって術をかけられている。

 丑三つ時。ラクスはまた夢を見ていた。


ーー助けて。

ーー兵士は王を守れ。

ーー早く逃げ道を確保しろ。

ーー駄目だ、村の外側は闇に包囲されている。


ーーこれは夢? 

ーー違う! はやく村に戻らないと。

ーー目を覚まさないと。

ーーはやく! 起きて!


「う、ぁあ」


 ラクスは苦しそうに呻くが、術から抜け出せない。


「そろそろだな」

「ええ、皆を見捨てることは心苦しいですが。ラクスにも申し訳がない」


ーーなんで起きれないの?!

ーーなんとかしなきゃ。

ーー光の紋章よ、助けて。

ーー力を貸して!。


ーー汝、悲しい運命の子。

ーー紋章?

ーーそうだ。どうしても助けに行きたいか。

ーーあたりまえだよ! このままじゃあ、みんな殺される!

ーー汝には救えぬかもしれないぞ。死にに行くようなものかもしれないというのに。

ーーそんなの分からない!

ーーそれでも行くというなら、力を貸そう。

ーーお願い!


 

 ラクスの体が光輝き、ガラスが割れるような音が響いた。

 ヨハンの術は紋章の力によって砕けたのだ。


「何!? これは、紋章の力ですか!」


 ラクスはすぐに体を起こし、叫んだ。


「ヨハン様! すぐに戻りましょう!」


 ラクスはそのまま小屋を飛び出そうとするが、突如現れた岩によって入り口を塞がれる。


「何を! 村が危ないのに!」

「駄目です! あなたを村に行かせるわけにはいきません」

「なぜですか!」

「あなたが光の王だからです」

「え?」


 ラクスは唖然として立ち尽くす。


「そんな、ミスラが光の王でしょう?」

「いいえ。ミスラは替え玉です」

「うそ。小さい頃からずっと王としてこの世界を守ってきたのはミスラですよ」

「最初からミスラには王の代わりとなるように育ててきたのです。その才能がありましたから」


 ヨハンの発言は、ミスラが最初から王の代わりとなり、死ぬために生きてきたかのようだ。


「そんなひどいことをなぜ!」

「世界の崩壊を防ぐためです。光の王であるあなたが死ねば、闇の軍勢は深淵の紋章の力を使って神域を襲うつもりなのです」

「だからって……」


 ラクスは光の紋章ーー聖光の紋章に語りかける。


「聖光の紋章よ! 我、光の王に従い、覚醒せよ!」


 ラクスの言霊に反応した紋章は姿を現し、力を解放した。ヨハンが出した岩は吹き飛ばされ、入り口が露わになる。


「やめなさい! あなたにはまだ使いこなせない」

「いいえ、行きます!」


 ラクスは小屋を飛び出し、走りながら詠唱する。


「これは王の命令。我を『始まりの村』まで連れて行け!」


ーー承知した。


 足元に紋章の魔法陣が現れ、次の一歩を踏み出したときには『始まりの村』に来ていた。

 ラクスはそこで見たものに愕然とする。

 家は焼かれ、剣を刺され血を流して倒れる人々。子供を抱きしめながら息絶えている母親。

 あちこちから悲鳴と鈍い音が聞こえ、村には闇の力が充満している。

 ここにいるだけで吐き気とめまいに襲われる。


「なんで、こんなことに! 私がいれば……」


 よく知っている顔が無残な死に方をしていることが信じられなかった。

 まさに悪夢の光景だ。


「そうだ、ミスラを探さなきゃ!」


 ラクスは光の王の社まで走る。社の前にはミスラと従者達の姿があった。

 彼らの前には全身を闇で包んでいる大柄な男がいる。男は握りしめている剣を振り下ろそうとしていた。


「ミスラ!」


 ラクスは手を伸ばして駆け寄ろうとしたが、空間を割いて現れたヨハンによって静止される。

 そのままヨハンに抱き上げられ、後退していく。


「ヨハン様、離して! ミスラが!」

「駄目です! 早く逃げるのです」


 ラクスは抱えられながらもミスラに手を伸ばし続けた。


 ミスラは光の紋章によって孔雀の精霊を呼び出し攻撃するが、敵には全く効かず、腕の一振りで精霊は消し飛ばされた。

 従者達もあっけなく殺され、ミスラもなす術がない。

 そのとき、ラクスの声が聞こえた。

 声の方を向くと、泣いて歪んでいる顔が見えた。なんて顔をしているのだろう。

 これからどんなことがあろうと生きなければいけないというのに。


「王にご加護を」


 ミスラが最後の言葉を言い終えると、その胸には刃が突き刺さった。


「いやああああああ!!」


 最後に聞いたのはラクスの叫び声だった。





 

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世界は消滅する 雨月 葵子 @aiko_ugetsu

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