第4話 どうやらお酒を飲むらしい




「――――綺麗」


「わたしとどっちが綺麗? なんちて」


 見惚れて感想を漏らした私に茶々を入れる雲の魔女。あ、今葡萄酒の魔女に引っ叩かれた。


 けど、そんなの気にならないくらい綺麗だった。


 黒く、――――どこまでも果てがないように見える空。それこそ雲の魔女の片目のように。或いは、私の片目のように。

 吸い込まれそうな黒をしていた。


 星読みの魔女が、どうしてこの星と、空と、離れたくなったかなんて私には分からない。

 でも、そんなものだ。長命な魔女の思考はどうやったって理解出来ないだろう。


「久しぶりの星だ。――酒もある。わざわざ私の家まで戻ることはない。朝まで飲もうぜ」


 そうだ。星だ。月も見える。

 満天の星空という言葉は、このためにあったのかと。そして、星降の丘という名前にも全く劣らない光景だと、ただただ感じていた。


 そう。久しぶりの星は私に酷く煌めいて、それで、うん、――お酒もあるから朝まで飲むのだ。…………え?


「ほら、雲も灯火も、今度こそ飲んでもらうぞ」


 今度は雲の魔女が葡萄酒の魔女を引っ叩いた。


「ちゃんと星読みの魔女にも備えてあげないとダメでしょ」


「あぁ、そうだった」


 そうなのだろうか。そうなのだろう。いや、何か違う気がする。いや、確かにさっき、お酒を飲もうとは言ったけども。


 曲がりなりにも世界を救い、そうして星空の中目を覚ました。そうしたら、物語の英雄はどうしていたか。街へ凱旋か、それとも静かに元の生活に戻るか、色々なパターンがあったと思う。


 だけど、今まで読んできた物語の中に、決してその場で座り込んで酒を飲むというのはなかった。いや、色々台無しだろう。


「――――なんてね」


 この星空を前にわざわざ街に帰るだなんて、勿体ないことこの上ない。


 それに、台無しだなんて言わない。なにせ私は魔女だし、灯師あかりしだ。英雄なんかじゃないのだ。だから英雄とは違ったっていい。


 なんて。


 戯言を心の中で呟いて、瓶丸ごと渡してくる葡萄酒の魔女に、苦笑いした。



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黒ペンキの剥がし方 青月 @aotsuki_v

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