第41話
『アルバの言う通りだったかもしれんな』
男の声が聞こえた。
『神の使者かね?』
どこか面白がるように、落ち着いた壮年の男の声が転がる。
『大仰な言い方だが、そう言うしかあるまい』
『君がそんなことを言うとは驚いたな』
『悪いか。我とて目にしたことを否定はできん』
『それもそうだ。だが意外だ』
鼻を鳴らす音がした。
そして何か大きな布を広げる音が響いた。
『我は戻る。その人間も目が覚める頃だろうからな』
『ああ、また北の守りを任せよう』
『さらばだ。オルガ』
『また会おう、我が友よ』
● ○ ●
なんだか胸がかゆい。
目が覚めて真っ先に思ったのはそれだった。
身動ぎすると、全身が鉛のように重い。
『目が覚めたかね』
オルガの声がした。
しかしなかなかエヴァは起き上がれなくて、声を上げようにも喉がカラカラに渇いていた。
だから何とか右腕を上げて、それに応えた。
『まだ元気には程遠いようだな』
『無理をさせないであげて』
てっきりここには今オルガとエヴァしかいないものと思っていたので、雌の竜の声がしてエヴァは驚いた。
何よりその声は聞き慣れた母の声。
その元気そうな声音に思わずエヴァの口元が綻んだ。
『もちろんだとも、オリゼ。だが君も無理をすべきではない』
『あら、子の前では親は無敵なのよ。そうでしょう?』
『その通りだ』
オルガは苦笑気味に頷いた。
エヴァがようやく起き上がることができたのはそれから二日後のことだった。
不死の呪いの回復力を持ってしても、火と熱の剣センモルタで付けた傷はなかなか癒えなかったのだ。
それはこの剣がどれだけの威力があるのか、という証明にもなり、エヴァはさすが自分の爪だとどこか誇らしかった。
「オルガ? オリゼ?」
体の傷が癒え、体を起こして辺りを見回し、竜の巨体を探す。
オルガはすぐに見つかった。しかし臙脂色の巨体はどこにもない。
『立てるかね。こっちに来なさい』
エヴァはオルガの声に頷くと、回復して軽くなった体を走らせて、オルガの頭のそばに腰を下ろした。
『体の調子はどうだね』
「とってもいいわ。羽根みたいに軽いの」
『それは良かった』
「オリゼは? 無事なのよね?」
『もちろんだ。もう傷は癒えて、自分のなわばりに戻ったよ。前と同じここから東のところだ』
「もう? だってまだ二日しか経っていないじゃない」
オリゼの元々の怪我の具合、それから魔物に取り付かれてからセオンに手加減はされていたようだが、体当たりを受けたりしていた。だからあのとき声は聞こえたが、全くの無事ということはありえないはず。
そんな怪我が竜の回復力を持ってしてもたった二日で治るわけがない。
エヴァの疑問にオルガは予想もしなかった答を返した。
『エヴァのおかげだ』
「どういうこと?」
『魔物を倒しただろう。あのあと、魔物が持っていた魔力が大地と周りにいた竜たちに流れたのだ』
オルガはあの後のことを語ってくれた。
エヴァは自分の胸をセンモルタで貫いてからは一度死んでいたので、当然知らないことだった。
魔法と魔力をその支配下におく巡りを司る男神は今、大地の神の一柱。
だから魔力も今や大地の活力の一つであるという。
大地に流れた魔力はそのままオルガの養分となり、竜たちに流れた魔力は竜たちの力となった。
竜の中には魔法を使えない、魔力を持たない竜もいたが、不思議なことに彼らにもその恩恵が与えられたという。その恩恵というのは瀕死のオリゼが全快するほどの絶対的な癒しであったり、身体能力の強化であったりしたという。
「そんなことが……?」
『我もこの目を疑ったよ。まさか魔物を討ってこんなことが起こるなど、想像もできなかった』
「災い転じて福となす、ね」
『その言葉は?』
「人間のことわざよ。身に降りかかった災難をうまく活用して役立てるって意味」
『ほう、面白いな。まさしくその通りではないか』
そこでオルガは一転して声を嬉しそうに弾ませた。
『見たまえ、我が背中を』
「背中?」
エヴァは顔を上げると、彼の黒い背中に何か細長いものが突き出ていた。
エヴァは白っぽいそれが何だか分からなかった。
白いが光を通す半透明。
まるで白乳色の水晶のよう。
そこでエヴァは小さく声を零した。
オルガが抱えてる種は晶樹という特別な植物の種子。だとしたら、彼の背中から突き出たものは、
「もしかして、芽が出たの?!」
エヴァの言葉をオルガは優しく否定した。
『いいや、芽はとっくの昔に出ているよ。これは茎だ。よく見れば分かるが先には葉もある。見てみるかね?』
「見てもいいの?」
『もちろんだ。君のおかげでここまで成長できたのだから』
エヴァは立ち上がり、オルガの背中から突き出るものがよく見える位置に立った。
『そこでは見えにくいだろう。我に登りなさい』
「そんな悪いわ」
『構わぬよ。それぐらいどうってことはない』
エヴァはためらったが、オルガの言葉に甘えて、彼の地に垂れている尾のほうから体によじ登り、そして白乳色をした茎の元へ恐る恐る近寄る。
伸びた茎は確かにオルガの黒い鱗が覆う背を突き破り、エヴァの腕くらいの太さで、その先端に二枚の葉が細い茎に纏わりついている。
その葉すら茎と同じ白乳色。近づかなければ葉があることも分からないだろう。
「すごい、こんなの前までなかったのに」
『魔物の魔力を得て、急成長をしたのだよ。これもエヴァのおかげだ』
そもそもオルガたちは竜だ。
だから魔物を倒すことができないから、この結果を予想することはできなかったのだろう。
「こんなことになるなんて……。きっとまた魔物を倒したらオルガは成長できるのね」
『そうだろう。そして我らには魔物は倒せぬ。だから我らには君が必要なようだ』
オルガの言葉がエヴァの心にじわじわと沁みてゆく。
誰かに必要とされるということがこれほどまでにうれしい事だとエヴァはしみじみと実感した。
「私もオルガやみんなにお礼を言いたいの。ありがとう。そしてあのとき言うこと聞かなくてごめんなさい」
『若者が大人の言うことを聞かないのはよくあることだ。そして大人の言葉が必ずしも正しいわけじゃない。でもこれからはもう少しちゃんと説明してほしいな』
「気をつけるわ」
前みたいに時間が惜しいときはきっと説明なんてできないから、努力をすることは受け入れた。
『エヴァ、我は君をこの地に迎え入れて正解だった。改めて君を歓迎しよう』
「ありがとう。私は竜に比べたらずっと弱いけど、でもできる限りのことはするし、もっともっと強くなるわ。みんなみたいにどんな相手でも戦えるように」
『頼もしいことだ。また魔物が現れたらエヴァを呼ぼう。それまではゆっくり休んでなさい』
「まだ目覚めたばっかりだし、そうさせてもらうわ。オルガ、またね」
エヴァはオルガに別れを告げ、久しぶりに根城の屋敷への帰途についた。
不死少女と晶樹の竜 アイボリー @ivory0126
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