盲目姫

春風月葉

盲目姫

 彼女と私のいつもの散歩道、彼女の座る車椅子を押していると、ねぇと不意に彼女が声をかけてきた。

「外は今どんな様子なの?教えてくれる?」彼女が散歩の途中でこういったことを頼んでくるのはよくあることだった。

 彼女の目は生まれながら外の世界を写さないが、こうやって言葉を通して、外の世界を想像するためにこの散歩で匂いや気温、湿度や音などの視覚以外の情報を集めている。

 私の目にはもう慣れてしまって美しいと感じることのできない世界も、きっと彼女の想像の中では宝石のような輝きを放っているのだろう。

「はい、わかりました。…そうですね。今日の空は上機嫌なようで雲一つない快晴、果てしなく青い空を小さな雀が数羽飛んでいます。こんなにも暑い日だというのに木々は全身を緑色の葉で粧しています。彼ら影に咲く小さな花々は薄い桃色の花弁を五枚ずつ頭に着け、虫たちの歌に合わせて揺れています。あなたの髪も風と踊り、私はあなたの後ろでその様子に目を奪われています。」そこまで言うと私は口を閉じ、続いて彼女の口が開いた。

「ふふふ、とても素敵な様子なのね。ありがとう。私もいつか外の世界を見てみたいわ。」私は彼女の言葉を聞き、大丈夫だと、すぐに治療法が見つかると言おうとした。

 しかし、その言葉は彼女の声によって消えた。

「でもね、同時に外の世界を知りたくない、もうずっと何も見えないままでいたい。とそうも思うの。」つい驚きが声になって漏れる。

「ふふふ、だってあなたの口から知る外の世界はとても素敵でしょう?別にあなたの言葉を疑うわけじゃあないけれど、もし期待と違ったらと考えると、今のまま素敵な世界を想像をする毎日のままでもいいかと思ってしまうの。結局、私はどうしたいのかしらね。きっと私は今が続くのを期待している気がするわ。でもそうね、もし私の目が外を写せるようになったなら、まずはあなたの顔が見てみたいわ。ねぇ、私を大切にしてくれる優しくて素敵なあなたは、どんな顔をしているの?」彼女は少し寂しそうにそう尋ねた。

「…さぁ、私はまだ鏡というものを見たことがありませんので。…そうですね。だからいつかあなたが教えてください。私はその日まであなたの後ろに居続けますから。」

 彼女は黙って頷いた。

 風が虫たちの歌を届け、花弁と木の葉が青い空を泳ぎ、ふふふと歌うように彼女が笑う。

 私は世界をいつもより少し美しいものに感じていた。

 私は思う。

 彼女の目にこの美しい世界が写ることのできる日が来て欲しいと、そして同時に彼女の美しい心が私を写してしまう日が来ないで欲しいと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

盲目姫 春風月葉 @HarukazeTsukiha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る