十二月三十日

門井波南へ


俺は手紙というものが嫌いだから手短に書く。


お前には失踪宣告がなされている。

今が二〇××年。これが解かれるのが七年後だ。

そのときまでにお前が戻らなかったら、死んだこととみなされる。

そのときは、この場所はお前の墓になることを覚悟しておけ。


今年の一月、お前は皆の前からいなくなった。

お前の父親は、お前が工作員に連れ去られたと思い込んでいたらしいが、実際に敵の潜伏地を調べても見つからなかったそうだ。

それ以来、皆がお前の行方を捜している。

嫌だろう? そういうの、お前は一番嫌っていたものな。

お前はいつでも一人になりたがっていた。

誰にも気を使われず、一人で生きて一人で死ぬ。それがお前の理想であり、俺もまた同じことを考えていた。

だからこそ俺たちは気が合ったんだと思う。

同じようなことを考えている人間嫌いの似たもの同士。ろくでなしだってことは、お前を見た瞬間にわかったよ。


お前の考えていることはよくわかる。

混乱に乗じていなくなって、そうすればようやく一人になれると考えたんだろう。

俺も同じことを考えて、従軍した。普通の生活から離れたかったからだ。

そして、お前に先だった者としてひとつ忠告しておく。

その計画はうまくいかない。

どうやらこの世には、俺たちのような考えをよく思わない性質たちの人間がいる。

俺にとってはそれは三上春海という男で、お前にとっては妹の波留だ。


この箱の中に、二人のやり取りを同封しておく。

三上と波留が、俺とお前のふりをしてやり取りを重ねていたものだ。

わけがわからないだろう? 俺もわからない。なんで二人とも、そうまでして俺とお前を繋げたがるのか。

勝手に俺たちのことを推測して、あろうことかそれを下地に、繊細な内面を描いたりしていて本当に腹立たしい。人をなんだと思っているんだか。

俺はあんな情緒に満ちた手紙は書かないし、お前だってあれほど丁寧な言葉遣いはしないだろう。

と、こう思っている俺もまた、お前のことを完璧に思い出せるわけじゃないが。

お前がどういう人間だったか。思い出すには時間が経ちすぎた。波留の手紙がお前のものじゃないと気づかなかったくらいだ。

ただ、俺とお前のふりをした奴らのやり取りが、俺たちの手紙として後世に残ってしまうのは残念でならない。

いいか、あの二人の手紙が、たまたま軍の役に立ってしまったせいで、内容がすべて保存されてしまっている。

嫌だろう? 俺は嫌だ。

しかし、保存を取り下げるには当事者の意見が必要で、俺ひとりでは足らない。

言いたいことはわかるな?

早く戻ってこい。そして軍からあの文書を削除するように申し伝えてくれ。

協力を求む。


この手紙はこの箱の中に収め、H峠に埋める。

麓のK公園でいつか天体観測をしたな。人が多すぎて五月蠅うるさいとお前がぐずって涙目になっていた場所だ。

H峠にまでくれば、人気はなく、星空もまた静かに広がっている。

ただ、本音を言えば、ここをお前の墓にしたくはない。ずっと同じ星空なんて嫌だろ。

お前が星を見上げていたのは、綺麗だからでも美しいからでもない。

こんなしみったれた場所だけが自分の居場所じゃない。空の彼方にも世界は広がっている。

どこにでも行きたいと思っていたから、空を見上げてばかりいたんだろ。

別に、わざわざ指摘したことはなかったけど、当たってるだろ?

違うなら違うって、言えよな。


答えが知りたい。

早く戻ってこい。

手紙なんてまどろっこしい手は使わないでくれ。

俺は手紙が苦手なんだ。

手紙っていうのはどうしたって、一方的になってしまう。思い込みで語るに尽くし、書いた文面が正しいのかどうか悩み続ける。

嫌なものだよ、本当に。


すでに三上の手紙で触れられているが、俺は右腕を失った。

片手で望遠鏡をセッティングするのは難しい。

春海の奴は不器用だし、波留は何故か春海の方ばかりを見ていて使い物にならない。

早く戻ってきてくれ。一人で二人を相手するのはきつい。

春海は誤解しているが、俺だって、世の中に未練はあるし、寂しいものは寂しい。

寂しいときに寂しいとわざわざ言うのが面倒ってだけだ。


そういうわけだから、返事を待つ。

元気で。


二〇××年十二月三十日 仙田和高



――了

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彼らは星を見る約束をしたらしい 泉宮糾一 @yunomiss

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