鬼人の少女

黒宮 圭

鬼人の少女

 鬼と聞いてあなたは何を思いますか?

 多くの方はおぞましい恐怖の対象と思うでしょう。

 実際、間違っていません。

 私たちの世界ではその鬼達によって、人類は長く苦しめられてきました。

 彼らは人の魂を喰らうことで力を増します。

 その力に人類は様々な手段で抵抗しましたが、結果は惨敗。多くの死者を生みました。

 そのため、世界人口は約1億人以下まで追い詰められることに。

 では、このままでは人類は滅亡してしまうのではないか。そう思いますよね。

 安心してください。それは私たちがいる限り絶対に起こりません。

 言い忘れていましたね。この世界には人と鬼だけが存在しているわけではありません。

 倒した鬼の骨格と人間の臓器から作られた人造兵器。

 そのため体の成長はない。しかし、心はある。

 その者たちは人にして人にあらず。

 各々が特別な力を持ち、鬼と対等に渡り合える唯一の存在。

 それが私達、人類最後の希望――

 

 『鬼人』と呼ばれる存在です。



「とりゃっ!」

「くっ……はぁ!」

「おいおい、なんだその女みてーな掛け声は?て、女だったな。おらぁ!」

「うっ……!」

 私は今、友人の男子と組手をしている。

 ただの組手じゃない。鬼人同士の能力を使った組手だ。

 私たち鬼人はいつ戦場に駆り出されるかわからない。

 だから、こうして日々訓練している。鬼人同士で。

「ちょ……もう限界」

「あーん?たく、しょうがねーな。いったん休憩だ」

「う、うん……」

 友人の悪態を受けながら、私はその場に座り込む。

 私は他の鬼人と比べてものすごく体力がない。

 理由は、私は欠陥品だからだ。

 鬼人は生まれながらに特殊能力を持つ。

 その能力は様々だが、鬼人全員に共通して与えられるのが浮遊能力だ。

 普通の鬼人ならば3分は浮遊することができる。しかし、私は雨が降っているときにしか浮遊することができなかった。

 それでも、鬼人として私は育てられた。

 こんな欠陥品を戦力に加えなくてはいけないほど、今の人類は滅亡の危機に陥っているということだろう。

「そういえばお前、特別任務の話聞いたか?」

「え?特別任務?」

 私が地面に座って休んでいると、私の友人は隣に座って思い出したかのように聞いた。

 特別任務。それは、普段私たちがこなしている鬼と戦う任務とはまた少し違うのだろうか。

 私の反応を見て、友人はその内容を話し始めた。

「なんでも、人間たちの生活に潜伏して都内を護衛するんだとか」

「に、人間たちの生活に!?」

「うぉ!」

 私は特別任務の内容に我を忘れて友人に迫った。

 私たち鬼人は造られた瞬間は赤ん坊のような存在なのだ。

 この体の基となった人間の記憶はない。新しい生物として私たちは生まれる。

 そして兵士として必要な知識、技術を学ぶ。

 そう、ほとんどが戦闘に関することだった。

 だから前から人間たちの生活には興味があった。

 特に、学校と呼ばれるものに。

「ねぇ!その潜伏先って自分たちで選べるのかな?」

「なわけねーだろ馬鹿」

「ですよねぇ……」

 そう、これはあくまで任務。

 自分たちの意思など反映されるわけがない。

 私の見た目は人間の基準で言うと17歳くらいに見えるだろう。

 だから、このような潜伏任務は前からしてみたかった。

 はぁ……学園生活してみたいなぁ。

「ま、この任務は女の鬼人たちだけで組まれるみたいだがな。俺には関係のない話だ」

「え、なんで?」

 特殊任務のその不可解な内容に、私は理由を尋ねる。

 しかし、返ってきたのは素気のない答えだった。

「知るか。人間の男とよろしくやれとかじゃねーの?本当の目的は鬼人と人間のハーフ計画的な?」

「あんた、紳士のかけらもない発言を普通に言うわね……」

「冗談だっつーの。ま、少し臭うのは確かだがな」

「……?」

 私が不思議な表情で友人を眺めていると、訓練場に大きな怒声がかかった。

「お前たち!いつまで休んでいる!さっさと訓練を再開せんかぁ!」

「うわ、うるさいのがきた」

「し、しぃ!聞こえるよ!」

 休んでいるのをさぼりと見られたのか、鬼のような形相の教官に私たちは怒られた。

 まぁ、教官も鬼人なので確かに鬼ではあるが。

「うし、じゃあやるぞ」

「うん」

 そう言って私たちは訓練を再開した。



「はぁ、疲れた」

 時刻は21時。

 訓練の後、私はシャワーを浴びて自室のベットに倒れるようにうつ伏せになった。

 そして、訓練の時の友人から聞いた特別任務のことを思い出す。

「都内かぁ……。やっぱ学校行ってみたいなぁ」

 言っていなかったが、私たち鬼人は人間たちが暮らしている都市から少し離れた軍事施設で暮らしている。

 都内の情報は本でしか読んだことがない。

 私たち兵士には守るべきものより、戦わなくてはいけないものの情報の方が大事だからだ。

 そして、私達鬼人と人間たちが離れて暮らしている理由はもう一つある。

 それは、私たちの存在が極秘だからだ。

 鬼人の材料は鬼の骨格と人間の臓器。

 その人間の臓器は元軍人のものが多い。

 しかし、いくら人類を救うためとはいえ、非人道的なことには変わりはない。

 そのため、鬼との接戦は軍の新兵器によって保たれていると人間には伝えられている。

 そのことに私は少し寂しさを覚える。

 だってそれは、私たち鬼人はいないものとして扱われているということだから。

 もしかしたら私は都内の生活をしてみたいのではなく、ただ人間たちに私たちの存在を知ってほしいだけなのかもしれない。

「はは、なんてね……」

 私は呆れたように笑い、瞳を閉じる。

 今日は疲れた。もう寝よう。

「特別任務、楽しみだなぁ……」

 そう言って私は眠りについた。



 同時刻、施設のある部屋では会議が開かれていた。

 しかし、ただの会議ではない。高位な立場の軍事関係者が集まる会議だ。

「……以上が今回の特別任務の内容だ」

 そう最高責任者の司令官の若い青年が言うと、各々がしゃべり始めた。

「ほう、しかしこれは知られたら都内の人間から反感をくらうでしょうなぁ」

 そう言って、白衣を着た老人が資料を片手に笑う。

 その笑みはとても不気味で、悪い科学者というイメージを人に持たせる。

「いや、人間だけじゃない。これはあの子たちもよく思わないだろう」

 今度は軍服を着た鬼人の男の教官が意見した。

 見るからに真面目で、この中で一番の人格者だ。

「ふん、だから名目上は都内の護衛として公開するんだろうが。話を聞け馬鹿者」

 次は小柄のわりに威圧的な雰囲気を発する少年が口を開いた。

 それは見た目にはそぐわない強者の威圧。

「黙れくそちび。てめーには聞いてねぇ」

「あぁん!?誰がちびだごらぁぁぁ!」

 そんな少年の発言に対し軍服の男は中指をたてて挑発した。

 会議室の中は一瞬にして修羅場の空気と化した。

 しかし、その光景をいつものことと皆流している。

「もー、二人とも仲良しなんだからー」

「「誰がこんな奴と!」」

「ほら、仲良しじゃない」

 そんな二人をなだめたのは豊満な体をしたスーツ姿の女だった。

 その姿は見る者すべてを魅了してしまうほど美しい。

「ま、この二人は置いといて。私は良いと思うわよ、この計画」

「ほう、あんたは反対すると思ってたんですがねぇ」

 スーツの女の発言に対し、白衣の老人は意外だと言う。

「ふふ、実際私たちの軍事力は今のままじゃダメなのは確かだし」

「ふん、メギツネが。ま、俺様もこの作戦には賛成だ」

「なら、わしもですなぁ」

「……ちっ。俺も賛成だ」

 全員の意見を聞き、司令官の青年はしばらくの間目を閉じる。

「……わかった。今日の議題は以上だ」

 そう言うと、司令官以外の4人は次々と会議室を出て行った。

 司令官の青年はただ一人、会議室に残って資料を見つめる。

「俺は……反対だよ」

 青年の苦しそうな声は、会議室に静かに響き渡った。


特別任務 


任務先 ステイル帝国高校

兵士 女の鬼人10名

期間 無期限

任務内容 新しい鬼人の材料となる人間の捕獲。なお、この内容は本人たちには極秘である。


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