内々定・関係者懇親会

画面に映し出されたのは、雷撃文庫の吾妻編集だった。

「この目でしっかりと、篠ノ井さんの思春期症候群を見届けることができました」

かなめを試すためのトラップではないか、疑念は尽きない。

「疑っているかな。竜王たまきは本当に失恋した。偶然にも彼女とは雷撃文庫編集部が仲良くさせてもらっているので、僕らはその事実を知っていたんだ」

ラノベの編集部と懇意にしている女子大生……?

「もしかして、作家か、絵師さんですか?」

「まだデビュー前だけどね。吾妻くん、君が我が編集部を選んでくれるのであれば、雷撃大賞金賞作家・竜姫あずさの担当編集をお願いするつもりだ。君のエールで、たったいまあずさは立ち直ることができたからね」

騙されたのではなかった。安堵のため息が出る。そして、作品を守るため上手いこと利用されたのだ。スランプを未然に防ぐという形で。

「ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、君の力に期待しています。後日きちんとした連絡もしますので、よろしくお願いします」

吾妻が通話を切る。5秒後、安堵のあまり机に突っ伏した。

「なんだよそれえぇ~!!」


学食には学生の姿がまばらになった時間。まだ、かなめとナギは残っていた。かなめの進路、かつての思春期症候群の影響で得た力を使った内定。これでよかったのか、というしこりが残る。もちろん、面接で語った内容に嘘偽りはない。作品を、作者を応援することに全力で立ち向かいたいと本気で思っていた。

「先輩?」

「ああ、いや、ナギも遅いからさ、もう帰って良いんだぞ」

「……私、ずっと思春期症候群には懐疑的でした。友達が、そしてそのお兄さんも思春期症候群になったっていうのが、どうも引っかかっていたんです。先輩の応援はすごいと思うけど、まだ思春期症候群ってのが信じられない」

手元のお茶を覗き込む瞳は、何も見ていない。

「先輩。私を応援してくれませんか?」

「お前を?」

「はい。その力を借りて、どうにかしたいことがあって」

「わかった。で、具体的には何を?」

ナギは何かを言おうとして、言葉が淀む。普段ははきはきとした彼女が、ここまで詰まるのは見たことがなかった。

「なにか、とても大切なことなんだな。竜王たまき、竜姫あずさと呼べば良いのか? 彼女みたいに恋の悩みか? 俺にできるのは、前に進めというエールだけだけれど……」

かなめは誰に対しても真摯に応援した。だが、間近に、あんなに美人に向けての渾身のエールははじめてだった。メディアスキー・ワークスに問われて思春期症候群だった自分を見つめ直した成果であるが、ナギにはその過程はわからない。

「私、進んで良いんですね」

「もちろん。それがナギらしさだろ」

隣に座った後輩の肩を強く2回叩いて、全身全霊をかけて応援しようと思う。

「ありがとうございます、先輩。私、やります」

「その意気だ。そうこなくっ」

「先輩」

光に満ちた瞳にかなめの視線が縫い付けられる。かなめに勇気をもらって、ナギは一歩踏み出すためにこう言ったのだった。

「先輩。好きです」

と。

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資格、なし。※ただし思春期症候群の経験あり 井守千尋 @igamichihiro

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