第3話

ミキはドゴン村の近くにある森で1人遊んでいたところ、2人の男に拉致された。気がつくと、冷たくて薄暗い牢屋に閉じ込められていた。他にも歳が同じか近い女の子達がいて、ミキと同じように拉致されたそうだ。

 毎日スーツを着た男が食事を運んできて、同時に女の子を一人連れていく。連れていかれた子は、もう戻ってはこなかった。それが女の子達には恐怖だった。

食事が運ばれ、一人が連れていかれ、たまに拉致されてきた女の子が牢屋へ放り込まれる。その繰り返しが日常だった。

どれくらいの日が経っただろうか。ついにミキが連れていかれることになった。抵抗しても無理矢理連れていかれる様子を何度も目撃していたため、無駄だと悟り従順についていく。

階段を上がって廊下を歩き、ある部屋へ通される。中には40代ぐらいの男性と女性が立っていた。部屋の中は広くなく、中心に汚れた手術台があり、その側には手術に用いる道具や怪しげな薬品などを載せたカートが置かれてあった。

異様な雰囲気に恐れて、ミキは泣き喚いて抵抗した。しかし、大人の男の腕力に敵うはずもなく、強制に手術台の上に乗せられた。両腕と両足の首をベルトで締められて、固定された。

それでもミキは暴れたが、首筋に注射針を刺されて麻酔を注入された。そのあとの記憶はない。

気がついたら、ミキはベッドの上で横になっていた。側には手術室にいた男性と女性が座っていた。

ミキは怯えたが、アクーという女性が優しい顔で接してきた。それはまるで愛しい我が子を相手にするような感じであった。スヤという男性の方は、女性と違って話しかけたりはしてこなかったが、愛娘を優しく見つめる父親の表情をしていた。

ミキは二人に敵意がないと知って、少し安心した。それと同時に、なぜこんなにも優しくしてくるのか疑問に思った。

思い切ってそれを聞いてみると、アクーはニコリと微笑んで

「あなたは私達の娘になるのよ」

 と、言って手鏡でミキの顔を映した。

 彼女は鏡に映った自分の右目を見て絶句した。瞳孔がなくなっており、代わりに二つの魔法陣が外側と内側に分かれてグルグルと回っていた。

 得体の知れない恐怖に、ミキは手鏡を払った。それは床に落ちてバリンと割れてしまった。

「おおっと。右目が恐かったの? ごめんね。作っておいて良かったわ。これを付けてあげる」

 アクーは懐から布でできた眼帯を取り出して、ミキに付けた。彼女は嫌だと思っていたが、抵抗したらなにをされるか分からないため、素直に付けさせた。

 その日から、ミキにある程度の自由が許されるようになった。アクーが監視役として付いてくるが、牢屋生活に比べればずいぶん快適な方であった。

 ある日、アクーが外に用事があると言い、『一緒に行かない?』とミキは誘われた。

なんのつもりで逃走しやすい外へ行こうと誘ってきたのかは分からないが、とりあえずミキはチャンスだと思った。上手くいけばそのまま逃げられるかもしれない。

外へ出かけるということで、ミキは綺麗な洋服に着替えさせられた。拉致される前でも、こんな上等な洋服は着たことがなかった。

アクーは護衛として、五人の男性を連れてきた。全員が黒いスーツを着こなしていて、目元をサングラスで隠している。前にアクーから教えてもらったスモモファミリーというマフィアの構成員だ。護衛と称しているが、主な目的はミキの行動を見張るためだろう。

外へ出かけると、構成員がミキを囲むように側へ付いてくる。これでは逃げることなどできない。それでもミキは相手の隙を窺ってチャンスを待った。

そして、そのときは来た。

アクー達の前に、3人の人間が立ちはだかった。2人は男性で1人は女性。白を基調とした高貴溢れる衣装を身に纏っていた。胸元に六芒星と十字架を組み合わせたようなマークが施されていて、どこぞの騎士団のようだ。

その男性がアクーへ近づき、なにか言おうとした。

そのとき、アクーが右手を相手に突き出し、魔法を唱えて攻撃した。男性はバリアを張ってそれを防いだ。

それが合図のように、アクー側と騎士団側の戦闘が勃発した。周りから一般人の悲鳴が上がる。

ミキはなにがなにやら理解できずにいたが、逃走のチャンスだと思った。全員が戦闘に集中している隙に、その場から逃げた。

「お待ちっ! シク! ミソッド! ドマット! あんた達はあの子を追いかけてっ!」

 背後からアクーの大声が聞こえてきた。追手が来る。ミキは後ろを確認しなくてもそれを感じ取った。捕まりたくない一心で、真っ直ぐ前を向いて逃げた。

 そして、キングに偶然、助けられたのである。


  〇


 ミキの話を聞いて、ヴァニーガールは顎(あご)をさする。

「魔眼を移植された経緯(いきさつ)どころか、どうやって逃走できたのかもを話してくれてありがとう。大体の話が見えたわ。正直、私はもう外に出たくないわ・・・」

「どうして? ヴァニー」

「うん。キングちゃん。順を追って説明するわね」

 ヴァニーガールは一呼吸おいて、ミキの話してくれた情報から構築した推理を話す。


アクーとスヤという魔法使いは夫婦。おそらくなにかしらの理由で娘を亡くしている。その娘を蘇らしたいために自力で調べたのか、それとも偶然に作成方法を知って欲が出たのかは分からないが、とにかく二人は黄泉替えの魔眼の作り方を知った。

黄泉替えの魔眼を移植する肉体は多く必要になる。なぜなら、適合率が極めて低いからである。適合しなかった場合は脳が魔力にやられて死亡する。連れていかれた女の子達が二度と戻ってこなかったのは、そういうことである。

その肉体を多く確保するのに、平気で非合法な方法をとるマフィアが都合よかったのだろう。アクーとスヤの二人は、偶然スモモファミリーに目を付けて、良いように利用するため強引に乗っ取った。そして、構成員に娘と同じ性別で、近い体格と年齢の子供を攫(さら)ってこいと命令し、ミキを含め多くの女の子が拉致された。

ミキに逃走のチャンスを作るきっかけとなった騎士団は、服装の特徴や魔法を使えることから、魔法政府六芒字架(ろくぼうじか)直属の騎士団シックスタークロスだろう。禁術を使って人を蘇らせようとし、多くの子供を犠牲にした罪か、それとも別の罪状かは分からないし、どこで情報を掴んだのかも不明だが、アクーとスヤを逮捕するためにこの王国へやってきたのだろう。


 推理を語り終えたヴァニーガールはため息をついた。

「シックスタークロスがこの王国に来ているのなら、私は見つかるわけにはいかない。ある件で重要参考人として狙われているから」

「またなにかしたの?」

「この前、知り合いに頼まれてルイドッブスの懐中時計というヤバい代物を裏の魔法市に流したんだけど、その商人がヘマをやらかしてね。シックスタークロスの連中に逮捕されたのよ。そいつが黙っていれば、そこで終わるはずだったんだけど、ふざけたことに減刑に釣られて私のことをバラしたそうよ。まったく頭に来ちゃうわ」

 ヴァニーガールはプンプンと怒っている。裏の魔法市には暗黙のルールとして、第三者に取引相手を喋ってはいけないというのがある。もちろん暗黙なので律義に守る必要はない。実際金を積まれて簡単に喋る商人や客もいるぐらいだ。しかし、殺される覚悟はしておかなければならない。ヴァニーガールを売った商人は、いずれ彼女に惨たらしく殺害されるだろう。

「それにしても、その夫婦、許せないっ。たとえ、自分の娘を蘇らせるためだとしても、平和に暮らしていた女の子達を犠牲にするなんてっ」

 キングが怒りで震えている。彼は人一倍正義感に厚く、よく事件に首を突っ込む癖がある。母親のピノには、『青臭いから直せ』と言われているが、反抗して直そうとしない。

 ヴァニーガールは、彼のセリフを聞いて、今回も首を突っ込む気だなと察した。

 キングはミキに移植された魔眼を摘出してもらえないかと、ヴァニーガールに頼んだ。

「無理ね。たとえお金を高く積まれても、道具を揃えてもらっても無理」

「どうして?」

「適合率が高い魔眼なら、道具さえ揃っていれば簡単に摘出はできるわ。でも、適合率が低い魔眼は摘出が難しいの。精神や脳にガッチリと嵌まっちゃっているから。失敗したら精神や脳に多大なダメージを与えちゃって、なにかしらの障害が残るし、最悪の場合死ぬわ。黄泉替えの魔眼を、ミキちゃんにダメージなく無事に摘出するほどの技術が、私にはないの。だから無理。ごめんなさいね」

「じゃあ、ミキちゃんはこのまま肉体を乗っ取られちゃうの? そんなの可哀想だよ。ミキちゃんにだって家族がいて、今も無事に帰ってきてくれるように祈っているはずだよ。助けてあげたいんだ」

「う~ん。私の知人で摘出に長けた人は・・・。あいつぐらいね。でも、あいつに手を借りたくないのよね・・・。無償で受けてくれるとしたら、シックスタークロス騎士団かな。ミキちゃんは被害者だし、話せば助けてくれるかも」

「本当!? 分かった! シックスタークロスを捜してくる!」

「あっ。ちょっと待って。キングちゃん。シックスタークロスの連中に、私がこの国に来ていることは内緒にしてね」

「うん! 行こうミキちゃん!」

 キングはミキの手を掴んで、部屋を飛び出していった。

 それを見て、ヴァニーガールは、影から主であるピノを解放した。

 ピノはギロリと、ヴァニーガールを睨みつける。

「おうコラ。ヴァニーよぉ。主を影の中に閉じ込めるなてぇ、ええ度胸しとっなぁ?」

「うふふ。ごめんなさい。あの子に興味があったから話したくて、つい」

「ったくよぉ。ん? キングはどこぉ行ったんじゃ?」

「事件に首を突っ込みに行ったわ」

「まったく。あのバカたれはのぅ。家族よりも今日知り合った赤の他人を優先かや。ふざけやがってぇよ。ヴァニー。あのバカたれは放ってワシらだけで歩きに行くかや」

「ごめんなさい。シックスタークロスの連中に見つかりたくないから、今日はずっと部屋にいるわ」

 ヴァニーが苦笑いを浮かべながら、ピノの誘いを断った。

 ピノの額に青筋がクッキリと浮かび上がり

「旅行が台無しじゃあ! 泣くぞワシぁ! うわああああん!」

 子供のように大泣きし始めた。

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コロし屋シリーズ 暗殺ライオンと黄泉替えの魔眼 @Gosakuri

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