"樽谷常陽学園"



加倉井という街は、普通の街と大きく違い、まずせり立つ壁に囲まれている。

城塞だとか呼ばれ方は様々だが……『感染者』の逃亡を防ぐものだという。


俺の家は、そんな壁のすぐ近く、郊外と呼ばれる場所にあった。

玄関の扉を開け、一歩外に出てみれば、煙のようなにおいとともに、警備兵のような人間の姿を認めることができる。


「―――本当に、"飼われてる"って感じだな、おい」


首から下げた一丁のサブマシンガン。

正式名称『Riot』。暴徒鎮圧用の、非殺傷性の弾丸を用いる火器だ。


「少しでも怪しい動きをすれば、すぐさま発砲許可が下りるってね。

この辺の郊外地区は、更に殺気立っていうようにも見えるから、気を付けないと」


「逃亡は即射殺、だったか? 法螺話のようなものだと思っていたが……」


―――現に俺自身、"有り得ないこと"の当事者なのだから、嘘も真ととらえたほうが良いだろう。


「普段通りに生きていれば問題ないってさ。

これだったら、治安が良いんだって、楽観視もできるし」


「…………管理されている、ということでな」


「仕方ないよ。健常者からすれば、目の上のたん瘤。良くあるB級映画で言うところのゾンビなんだからさ。四の五の言ってられないよ」


別に反乱を起こす気はないでしょ、兄? と瑠衣が振り向き口を開く。


「まぁ、な……」


壁を見上げる。

堅牢なそれは、確実に外界と加倉井を遮断し、隔離する。


圧倒的なまでの現実に、反抗心など芽生えるはずもなかった。



□■□■□■



―――この街に学園は、一つしかない。

理由はさまざまあるだろうが、その施設が、国からの援助で成り立っているからだろう。


初等部、中等部、高等部と分かれ、各々、5クラス程度に分類される。

この街は、子供の数が比較的に少ない。


中途半端な数になるのを防ぐため、一校に押し込んだのだろう。

おかげでその学園は、今やこの街のトレードマークだ。


注目を浴びているから―――これも、それなりの理由があるのだが―――いつしか有名になっていったのだという。


俺は高等部一年。妹は中等部二年だ。


「…………」


正直……ブルってる。


「あ、あー……るいちゃん急におなか痛くなってきたなぁ生理かなぁ早く帰らないと―――ぐぇ」


「二週間後だろ嘘をついちゃダーメ!」


「なんで妹の生理周期を知っているの!? 変態シスコンめ、これはもう責任を取って結婚するしかないのでは―――!?」


首襟をつかむが、ギャーギャーと騒ぎ立てる瑠衣。

無理もない……というより、俺たち兄妹は『学園』が嫌いだった。


トラウマだとか、そういうのではない。


―――単純に、コミュ障なのである。


「やべぇよ生徒数の多いところは大体コミュ力たけぇ奴しかいないのによそれになんだよ初等部中等部とかいう制度マジそれのせいでるいちゃん以外のグループ出来上がってて教師が『はーい二人組組んでー』つって誰も組んでくれなくてそのまま教師と組むことになる死にたくなるようなことが起きるじゃんかよぉ!!」


「うぐ……やめろ……それは俺に効く」


その時の教師の生暖かい目ほどつらいものは無いんだからなぁ!?


「声をかけることすら断腸の想いでやっとこなせる程度のコミュ力でどうやってグループに入っていけばいいんだよというかそれで拒絶されたら一生ものの傷を付けられるんだぞどうするんだ兄ぃ愛しの妹が傷物になっちまうぞ!!」


「い、いや待て! こういうのはだな……そう! 共通の話題を―――」


「エロゲしかないよ! ああもうダメだ助けてどら〇もーん―――!!!」


……言ってしまえば、妹はどうにかなりそうではある。

贔屓目に見ても、そりゃ美人だし、不健康そうな出不精ではあるが、ノリは良い。


―――しかし俺はと言うと。

の〇太くんもびっくりなほど陰湿で、ジャイアンもたまげるクソデブだ。


救いがない。

相手にされないどころか、これじゃあいじめのターゲットに―――



「―――……何を……しているのかしら?」


「「うわぁぁぁああああああああっ!?」」


「…………そんな声上げなくても良いじゃない」


凛とした声が、背後より唐突に聞こえる。


「なっ、なぜこんなところに人!?」


「はぁ? なぜってそりゃ……私が通う学園の前で、しかも不審者がいれば普通声を掛けるでしょう?」


「ふ、不審者がいたら通報しろよぉ!!」


「…………」


「……いや兄ぃ、『その不審者がお前らなんだろうが汚い口を噤めよ豚箱にぶち込むぞクソ家畜共』って目をしていらっしゃるよ!」


「そ、そんな下品な思いは抱かないわよ……」


そこに立っていたのは、黒髪ロングの美少女。

呆れた顔で、『樽谷常陽学園』と書かれた看板を指さす。


そのお淑やかに露出する特徴的な制服は、学園の生徒のもの。

黒タイツは妖艶に、深紅の瞳は妖しく、吸い込まれそうな姿だった。


ポンポン、と肩に乗った桜を払う。


「えっと……ごめんなさい。あなたたちの顔に見覚えはなくて……新入生、なのかしら? 驚かせてしまってごめんなさい」


「い、いえいえそんな謝られることなんて何もありませぐへへへ」


「気持ち悪い顔をするなるいちゃん。……えー、ああ、その……お、驚いたのは、俺たちが勝手に……だから、気にしなくていいぞ?」


「…………?」


「お、俺は『黒葛原零哉』……こっちは俺の妹の『瑠衣』……」


「黒葛原くん……目を合わせてはくれないの?」


…………察してほしい。

そんな胆力はない。声をかけられただけで心臓が破裂しそうなのだ。


「……あ、その、顔、怖かったかしら? そ、それなら謝るわ……威圧するつもりはなかったの…………」


「え?」


「えっと……良く怖がられてしまうから……その気は無いのだけれど……」


「い、いや別にそういうことじゃ―――」


それはさすがに悪い―――と、思い立ち、顔をあげたその時。


一際強い風が、吹いた。



「…………あ」



黒髪の少女の短めのスカートが、簡単に捲れる。


「うほぉ!?」


童貞臭い妹はさておき、当の本人は意にも介していなかったが。

…………意外にも、白であった。


「――――――」


いや、動きを止めてしまった?

―――じゃない! 


「―――ッ!!!」


「わっ!? あ、兄!?」


近くにいた妹を突き飛ばす。

不意の衝撃に、瑠衣は少女の方へとたたらを踏んだ。



「きゃっ……ちょ、ちょっとあなた―――……ぇ?」


少女が瑠衣を受け止める。

同時、『樽谷常陽学園入学式』と大きく書かれたアーチ状の看板が、ガコン! と音を立てて外れた。


「兄―――!!」



5mぐらいの建築物が、風に乗り、重力のままに、落下する。


「―――ああ、クソ…………」



…………何がラッキースケベか。


不可避の不幸。

時間の流れが遅くなったように、ただその重量物を見上げる。



―――油断した。



―――"アンラッキースケベ"の発作が、ここで出たのかッ!!!!



「―――!!!」




誰かの悲鳴を聞きながら、俺は諦めたように目を閉じた。


―――……記憶は一時、途絶える。



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新病”ラッキースケベ”の蔓延した桃色世界で、キモオタ患者の俺はアンラッキースケベを患うのであった! 大槻かずや @iruirurui

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