新病”ラッキースケベ”の蔓延した桃色世界で、キモオタ患者の俺はアンラッキースケベを患うのであった!

大槻かずや

プロローグ


『―――須藤県知事は、新病『ラッキースケベ』に対する処置として、患者を県の中に隔離するという暴挙に出ましたが、依然として批判などは聞こえておらず、今も、県民すらも須藤県知事を称えている現状です』


―――テレビでは、まことしやかに報道され続ける話題があった。


アナウンサーは顔色一つ変えず、書かれた文章をただ読み上げるだけで、そのあとは会見場などに移り、一人の男を写し出す。


灰色に近い髪をオールバックにし、ひげを携え、獣のような鋭い目つきをする男。


『―――今回の『隔離法案』、それは差別のようなものだと少なからず声が上がっていましたが、どうお考えでしょうか!』


『…………差別、などと』


記者の質問に、その男……須藤は、飄々と答える。


『―――これもまた、彼らのための、法案に相違ないですよ』



「…………まぁだこんな報道してんだねぇ……ね、兄ぃ?」


ピッ、とテレビの電源を落として、話しかけてきた妹の方に視線を移す。

朝の食卓。

春の日差しが差し込みほのかに暖かい。


「現実味がないよなぁ……まあ、そりゃ……現実ではあるし、今も”ソレ”が起こってるんだろうけど……どこか夢みたいな話だよ」


あっけらかんとしてそう答えた。


「どぅえぇぇぇ……夢だったら、って言ってさぁーあ? ……その方が、良いに決まってるじゃんかよぉ」


「おいおい……食事中だっていうのに、お行儀が悪いぞ『るいちゃん』」


「いやもうホントこのまま眠って朝起きたらまた別の世界線でこれは現実ではなくてというか夢落ちになってくれたらもう言うことはないのにぃ~兄ぃ外が怖いよぉ……」


「…………兄離れしてほしいものなのにな愛しの妹よ」


それでも甘やかしてしまうものなんだけど!


「……『ラッキースケベ』、かぁ」


やっぱり、現実味がない。


―――ある日突如として感染が始まった新病、ラッキースケベ。

その馬鹿にしているような名前の通り、ラッキースケベとは、すなわち、ラッキースケベが起こる病気である。


…………。

……………………。


本当だよ?

……過去の自分だったら一蹴にするどころか、笑って馬鹿にしたであろうものなのに。


「…………」


それが―――


「―――それが、俺が当事者になるだなんてなぁ……」


嘘である、ってことはない。

今こうして直面している、まぎれもない真実なのだ。


「…………るいちゃん?」


テーブルに伏せる、『瑠衣』という俺の妹に声をかける。

……反応はない。


「…………やっぱり、外は怖いか?」


出来るだけ優しく、聞いてみる。


「…………」


「…………兄ぃは、さ」


「ん?」


「…………怖くは、ないの?」


「!」


声のトーンを落として、質問を返される。

怖くはないか……裏を返せば、彼女とて怖がっているっていうことだろうか。


少なくとも、恐怖を感じるであろう事柄であることを、どうにか繋ぎ止めた常識で考えることができるのだから……。


「……慣れていくしかないさ」


気休め程度の言葉。

それでも瑠衣は―――


「…………ん。兄ぃがいるなら……ま、囮がいるから安心かなぁ…………」


「ハハハテメェこの野郎言うに事を欠いてぶっ飛ばすぞ」


「でへへぇ……」


俺の妹は強い。

だから安心……だとか、そういう話ではないことは、分かってる。



『ラッキースケベ』。

病を患った人間たちを押し込むように出来た隔離するためだけの街、『加倉井』。


俺たちも同じように検査で引っかかったみたく、ここに連れてこられた。

昔住んでいて、この前まで祖父母の住まいとなっていたこの家に引っ越してくることになった。


「…………」


俺が懸念するのは……病を盾にした、セクハラの正当化。

強姦、あるいは暴力的行為も……重症のラッキースケベと言えば、許される。


加倉井は無法地帯、そして行政は黙認している。

この狂った街のすべてを、……掃き溜めとして、罪人を押しとどめている。


…………最果ての街。


「……今日は入学式だね、兄ぃ?」


俺……黒葛原つつらはら零哉れいやは、そんな街に―――



「…………共に、無事に生きようぜ?」



―――そんな街でこそ、俺は、人として生きていく。


犯罪の蔓延したこの街で、俺は、俺たちだけは、矜持を持って。



「…………」



ああ、生きて見せるのだ。


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