自販機の都市伝説

日高 森

自販機の中

 数十年前、ある噂を聞いてそれ以来意識していることがある。その噂とは、自販機の取り出し口で缶が直立していたら、もうすぐ雨が降るというもの。

 小学生らしい他愛ない噂だと、微笑ましく思ったものだ。その後、自販機を使うたびにそれを意識するようになり、直立する確率が意外と高いことに気づいた。そして確かに、直立すると雨が降ることが割合多く感じられる。すこし理系をかじった身としては、気圧で缶やペットボトル内の体積が変わり、落ちづらくなって直立したのかも……と考えてみた。雨の予兆の湿った空気のせいかな、と。

 けれどそれでは何か面白みがない気がする。小学生たちが、単なる経験だけで導きだしたのはすごい。が、面白がって広げる遊び心が、ちょい足りない。

 そんなことをつらつら考えて、雨の中を歩く。するとライトに照らされた雨を見て、ふと思いついた。富嶽三十六景の雨の景色。雨は無数の長い線で、表現されていた。ライトに照らされた雨も、幾筋もの白い線だ。直立した缶やペットボトルも、その線にならって出てくるのでは、と最初に思いついた者がいそうな気がしてくる。

 中身は水分だし、これから降る雨に合わせて缶も直立するのだと、雨になぞらえて考えた者がいたら楽しい。

 だから雨の中、自販機の麦茶を買った。案の定、麦茶はまっすぐに直立していた。

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自販機の都市伝説 日高 森 @miyamoritenne

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