第3話 僕はこの日を死ぬまでずっと忘れない
「· · · · ·」
ゆっくりと目を開けた。
僕はいつまでこうしていたのだろうか。
真っ赤な夕日が見える。
涼しげな風を肌で感じてると、ひょこっと。
仰向けになった僕の顔を、黒い双眸が覗き込んできた。
「やっと起きた」
「· · · · · · ·んなっ!」
僕は驚きの声を上げ、すぐさま立ち上がろうと体を起こすと柔らかい何かが勢いよく顔にあたる。
「きゃっ!?」
彼女は驚きのあまり甘い声を出し、顔を真っ赤にして、自らの胸を抱くようにして僕を睨みつけた。
―もう、えっち―
僕はすぐさま立ち上がり、弁明する。
「ごめん、わざとじゃないんだ」
「わざとじゃないのは当たり前よ」
ぷくーと怒ったような態度で正座をしていた彼女は同じクラスの藍原月夜。なぜ彼女がこんなところにいるのだろうか。
正座をしていた藍原が立ち上がる。
「藍原さんはなんでここにいるの?」
藍原は少し間をおくと。
「奏に会いきたの」
ん?ちょっと待て。会いにきた、僕に?思考がフリーズする。
「私、奏のことが好きになったの」
いきなり何の冗談だ、全く笑えない。
「そんなこと言われても信じられないし、第一僕は他人に興味がないんだ」
「そう、だから人の心の声が聞こえるの?」
藍原が首を傾げる。なぜ、そのことを知っている?誰にも言った覚えはないはずだ。
「どうしてそれを!お前はエスパーなのか?」
「教えてあーげないっ」
藍原は可愛らしい笑顔を見せて答えた。
彼女が心の声のことを知っているならチャンスだ。完璧な言い訳を思いついた。
「僕はその謎を解決することで忙しい、じゃあな」
そう言って彼女の横を通り過ぎる。
「待って」
藍原が僕の制服の裾をぐいっと引っ張った。
「なんだよ」
「私がその謎を解決してあげる」
藍原はそう言って、僕のブレザーの右ポケットに左手を突っ込み何かを取り出している。自然と距離が近づくので彼女の清潔感漂ういい香りがする。
彼女が取り出したのは返しそびれてた中嶋の消しゴムだ。
「えいっ!」
藍原はそれを強く握り、屋上からグランドに向かって思いっきり投げた。
「ちょっと、何を· · ·」
「もう心の声は聞こえないよ。私で試してみなよ」
藍原がちょっとだけ実った胸張って言うので、試してみたが、
何も聞こえない。
「ほんとうだ」
「ね、じゃあ約束通り私と付き合ってよ」
「僕がいつそんな約束したんですか!」
忘れちゃったの?キョトンと首を傾げている。ちょっと可愛い。
「謎は解決、なら何にも問題はないでしょ」
「それはそうだけど、それ以前に僕は他人興味がないとさっき話したばかりじゃん」
僕は他人には興味がない。誰がなんと言おうとそれは今もこれから先も変わらない。
「それは違うわ」
藍原は平然と言ってきた。
「奏は他人に興味がないんじゃなくて、自分が傷つくことが怖いだけ。臆病になっているのよ」
僕の鼓動が早くなる。僕が傷つくことを畏れている?僕はいつも一人だった。他のやつに哀れんだ目で見られ、傷つくことには慣れている。なのに、どうして僕の胸はこんなにもざわざわして苦しいのだろう。
「奏は人と深く関わり、裏切られることが怖いだけ。もう二度とあんな思いはしたくない。その想いがあなたと本当の気持ちを縛りつけているのよ」
「お前に何がわかるんだ」
親友だと思ってた人に裏切られる気持ちを彼女は知らない。
だけど藍原は真っ直ぐ逸らさずに僕の目を見て口を開く。
「確かに、奏が過去にどんな思いをしたのかなんて私にはわからないけれど、これだけは言える」
「私はあなたが好き」
カチャ。胸の奥で何かが外れた音がした。きっと彼女の心からの言葉にずっと僕を縛り続けていた枷が外れたのだ。
「あなたが自分で動きださなきゃ、本当に欲しいものを手に入れることなんてできないのよ」
目から一筋の雫が流れた。
「奏、あなたが本当に欲しいものは何?」
藍原は僕の胸に手をあてて聞いてくる。
喉に小石が詰まった感じがして、なかなか思うように言葉が出ない。
「僕が欲しいのは.........、切れることのない、硬い鎖で繋がれた.........、本物の絆」
「よく言えました」
そう言って藍原は両手を僕の頬に添えてキスをした。
それは一瞬の出来事だったがとても長く感じられた。夕日のせいだろうか、彼女の顔が少し赤い気がする。
「僕、キスしたの初めてなんだけど.........。」
すると、彼女は小さく微笑んだ。
「奇遇ね、私もよ」
僕はこのとき不意をつかれた気がしてドキッとしてしまった。
「それにしてもさっきの背負い投げファイヤはないわ」
「まさか、聞いていたのか」
「まぁね」
俺の黒歴史確定だ.........。
「なぁ、藍は.........」
「月夜」
「え?」
彼女に言葉を遮られてしまった。
「私は彼女なんだから月夜って呼んで、奏」
ねぇ、お願いと上目遣いでこちらの様子をうかがっている。
どうして僕の彼女はこんなにも可愛いのだろう。こんなの断れる訳がなかった。
「わかったよ。月夜」
彼女の名前を呼ぶと、月夜は嬉しそうに微笑んだ。
――彼女ともっと一緒にいたい。
もう心の声が聞こえた理由など、どうでもいい。
最後に、これだけは言いたい。
僕はこの日を死ぬまでずっと忘れないだろう.........。
水樹奏の事象 水瀬 綾人 @shibariku
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