全国高校トイレの花子さん選手権

ポテろんぐ

第1話 県予選一回戦


「なぁ、トイレの花子さんって全国の学校におるんだよな?」


 そこから「なら、全国の花子さん同士を闘わせたら面白くねぇ?」と話がどんどん盛り上がり、それがウワサで全国に広まっていった。


 そんで、


『全国高校花子さん選手権』という大会がいつの間にか出来上がっていた。

 誰が作ったのかも、いつからできたのかもわからない。検索してもホームページすら出てこない。

 この大会自体が都市伝説のようなものだが、毎年夏になると当たり前のように開催されている。



 うちの高校の三階の女子トイレにも幸い花子さんが住んでいた。弱小ながらも我が花子部もこの日のために準備をしてきた。


 今年こそ、一回戦突破。


 だけど……私の目から見ても、うちの学校の花子さんは、正直怖くない。


 もともと、うちはお金のある私立校だ。

 校舎もつい五年前に建て直されたばかり、一階の入り口から入ると最上階の5階までが吹き抜けになっていて、凄くオシャレだ。

 夜になれば、人感センサーで自動で灯りがつくので、女子が一人で忘れ物を取りに来ても、安心して教室まで行ける。


 要するに、怖くないのだ。


 そんなウチの校舎の三階女子トイレに住み着いた花子さん。

 あまりに怖くなさすぎて、夜中に見つけた警備員が迷子だと勘違いし、「これ、花子さんですよ」と警官に言われるまで気付かなかったという逸話まである。


 そもそも幽霊としてのハングリーさがなく、人を恨み、呪う気概すら見えない。千利休よろしく、トイレの個室で生徒の悩み相談に乗っているという噂すらある。

 愛されてどうする。


 だけど、子供が親を選べないように、私たち花子部にはこの花子さんしかいない。

 最後の夏。

 せめて……せめて一回戦は突破したかったけど相手が悪かった。


 よりによって一回戦の相手が去年の全国ベスト4なんて。


「よろしくお願いします」


 うちの校舎にやってきた対戦校の部員三名が、迎え撃つ我々花子部の私を含めた三名と挨拶と握手を交わす。


『花子さん』は基本、オフェンス3人、ディフェンス3人の計6人で争う。

 オフェンスは対戦校に赴き、その学校の花子さんと対峙し、怖がらないようにする。

 ディフェンスは、やってきた対戦校を怖がらせるために、あらゆる手段を尽くす。

 これが基本ルール。


 我々が相手校を迎え入れている今頃、彼らの学校にはウチのオフェンス陣の3人が到着しているだろう。

 オフェンス陣の三人にはこの一週間ホラー映画漬けにし、恐怖の耐性を極限まで鍛え上げた状態にしているが……


「さっき、駅員さんに聞いたら、『その学校なら十年前に廃校になって、ダムの底に沈んだよ』って言われたんだけど、どうなってんだよ!」


 と、戦う前からすでに怯えた声を発していた。「帰りたいよ」と泣きながら電話しきて、もう競技どころじゃなさそうだった。


 さすが全国レベル。レベルが違う。


 我々デフェンス陣で、何とか相手を怖がらせるしかない。

 だけど……敵の情報を調べると、なんと相手高校の花子部員全員、二十年前に事故で亡くなっているそうだ。


 相手校の生徒と握手した私の手はガクガクと震えていた。

 すごい冷たい手だった……二十年連続18歳の彼らがどうやったら、怖がるんだよ。


 時刻は夜の九時。


 警備員さんにお願いして、この日は人感センサーを切ってもらった。リモコンももらったので、私たちが手動で電気をつけることができる。


 誰も見ていない私たちの夏が始まる。


「試合開始!」


 審判の笛で相手校が薄暗いうちの学校に入って行った。電気は全て切っており、フロアの隅の非常口の案内だけが緑色の光をボヤーッとあげている。


 全く怖がるそぶりもなく、中央の大階段を上って、三階へ上がっていく。


 ドンッ!


 その時、相手校の一人の肩が向かいから歩いてきた誰かとぶつかる。


 ガシャン!


 床に何かが落ちて割れる音がフロアに響いた。


「どこに目つけとんじゃ、こるぁ!」


 その瞬間、私たちはリモコンで一斉に建物内の電気をつけた。


 相手校の一人が、ヤクザの風貌をしたイカツイ男に胸ぐらを掴まれている。「なぜ、夜の学校にヤクザが?」という疑問は置いといて、ヤクザの脅しは続く。


「おい! お前のせいで壺が割れちまったじゃねぇか!」


 このヤクザさんは柔道部の人に頭を下げてお願いした、我々の仕込みだ。ホラーでは絶対に勝てないので、別の角度の恐さで勝負することにしたのだ。


「す、すいません」


 敵さんの声が震えている。私たちは離れた位置から、それを確認してガッツポーズ。


「弁償してくれんだろうな? おい、事務所行くぞ、事務所」


 と、柔道部の人は相手校を無理やり、事務所という名の三階の女子トイレへ連れて行く。



 うちのトイレは広い。高級なデパートのトイレくらい広い。

 女子トイレの個室前の広いスペースに校長室から借りてきた革張りのソファを二つ向かい合わせにおいて、テーブルを置き、ヤクザの事務所っぽくした。


「座れや」


 柔道部さんが投げ飛ばすようにソファに座らせ、自分は向かいのソファにどんと腰掛け、テーブルに足を乗せる。


「とりあえず、三百万、弁償してもらおか?」

「さ、三百万って!」


 言い返した瞬間、柔道部さんは革靴でテーブルを蹴り飛ばした。敵さんは恐怖で「ヒィ!」とおびえた声を出した。


「ちょっと話にならんからな、組長呼ぶは、組長」


 と、柔道部さんは立ち上がり、トイレの個室を手前から一つづつノックして行く。

 勝負はここだ! 怖がれ、怖がれ!


「花子さん?」


 柔道部員が、三番目のトイレをノック。


「花子さん? いますか?」


 三番目のトイレのドアがゆっくりと開いた。そして、トイレからサングラスをかけ、木刀を持ったちんちくりんの花子さんが現れた。


「ぷっ!」


 それを見た相手校の選手が全員吹き出してしまった。


「なに笑っとんじゃこらぁ!」


 柔道部員さんがその後も頑張ったが、もう何を言っても相手さんはヤクザのコスプレの花子さんを見て笑うばかり……やっぱり、ダメだったかぁ。


 結局、私たちは一人の生徒も怖がらせることはできなかった。


 オフェンス陣に電話をすると「ごめんなさい、ごめんなさい!」と泣きベソをかきながら、山道を走って逃げている最中であった。


 我が花子部の結果は言わずもがな、今年も一回戦敗退だった。


 

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