思わず由真は声のした方に顔を向けた

見ると、麻友が1DKの狭い台所に申し訳程度に設けられた作業台に置かれたボウルを指差して肩を震わせている。


「いやね、夢の通りに卵を割ったら、やっぱり双子だったのよ。やっぱりスゴイや。百発百中!」


麻友は口元を震わせ、笑いをこらえきれない様子だ。


「え、……それって、もしかして」


「そうだよ、昨日の夜、言ったじゃん。『夢』を叶える枕だって。

見た『夢』の通りになるの。かなり当たる。

なんというか、日常のちょっとした出来事とか、あ、でも、この間なんかあわや交通事故になりそうなところを…」


 上機嫌で話す麻友を尻目に、由真はくるりと踵を返すと寝乱れたベットに近寄り枕を掴み上げた。


「『これ』の力…?」


「まあ、多分…?」


「マジなんだ」


「由真?」


「…だって、」


枕を掴んだユイの手はわなわなと震えていた。


「だって、昨日!夢で『さっちん』とキスしたんだよ!

この枕で寝ていたら、もしかして叶うかも、ってことじゃん


言いながら枕をぎゅっと抱きしめる。

まるでさっちんを抱きしめるかのように愛おしげに。


…ねえ、この枕ちょうだいよ。買い取るよ、いや、今まで

さっちんに貢いだ分と同じだけ、全部あげるから!」


「由真、おちついて」


「これが落ち着いていられるかーーっ!」


「やだよ、これは私の枕だよ。たとえユイにだって渡せないよ。返して!」


「やだ、私のものにする。そしてまた夢をみて今度こそ本当に『さっちん』とキスするんだ」


そして、

昨晩あんなに仲良く談笑していた二人の女子は、今や二つの枕を取り合って激しい奪い合いをしていた。


「やめて、返して!ああ、もう喋らなきゃよかった!」


ビリリリ!


麻友が叫んだその瞬間、枕が裂けた。

詰め物の羽毛がパッと散り、反動で尻餅をつく二人の上に季節外れの淡雪のように舞い乱れ降り注いだ。


全身の力を振り絞って格闘していた二人は、息を乱して床にヘタリ込みその様子を呆然と眺め、そして見た。


乱れ飛ぶ羽毛の中に青い黒い影を。


それは、鳥だった。しかしなぜ、鳥がいつ、部屋の中に紛れ込んだのか。

いや、その鳥は紛れもなく枕の中から現れ出て来たのに違いなかった。


「青い…鳥?」


「なせ鳥が…?」


唖然とする麻友と由真は目を合わせた。


そして、由真が一足早く気がついて叫んだ。


「だめ、麻友、ま、窓閉めて!!」


しかし、時すでに遅し。


開け放たれた窓から、青い鳥は青い青い空の中へと飛んで行ってしまった後だった。


(了)

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あくる朝 青山天音 @amane2018

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