第13話 行くみゅ
奥には三羽の雛が親と同様に眠っており、その奥に餌置き場だろうか、雑に藁が積み上げられた箇所がある。
いた。藁の中に半ばまで潜って息をひそめているネズミの耳をソウシはすぐに発見する。ピクピクと耳が動いていることから、亜人がまだ生存していることが見て取れた。
ソウシは音を立てずスルスルと亜人の傍までにじり寄ると、声が漏れぬよう注視しつつ囁く。
「『人命救助保険』をやっているソウシだ」
「みゅ?」
ソウシの声に反応した亜人が驚きの声をあげた。
「声が大きい、起きるぞ」
「し、失礼したみゅ。あなたも捕まったのかみゅ?」
亜人は藁にうまったまま、ソウシへ問いかける。
「そう見えるか?」
この亜人はロック鳥に捉えられここまで運ばれて来たのだろう。恐らく餌として。
自分もそうなのかとソウシに問うたことは理解できるが……それでもソウシにとって気分のいい物ではない。
「ま、まさか、助けに来てくれたみゅ?」
ソウシの憮然とした態度を察した亜人は声のトーンを一段高く聞き返した。
「助けることはやぶさかではないのだが、さっき言った通りだ。俺は契約者を助ける」
「契約……お金なんてもってないみゅ」
「そうか、それなら……そのままそこにいろ」
ソウシは冷たく亜人へそう言い放つも、顔は彼へ向けたまま動こうとしない。
「そ、それなら、母さんにこれを」
藁の中から亜人の手だけが出てくる。彼の手には泥で汚れた布の袋が収まっていた。
中に入っているのは薬草。彼が必至で母のために集めたものに間違いない。
「……お前さん、名前は?」
「ユウと言うみゅ」
「ユウ。金は確かに受け取った」
「え……でも、ボクは」
言葉を続けようとするユウを手で制し、ソウシは彼を注意するように囁く。
「声が大きい……起きるぞ」
「ご、ごめんみゅ」
ユウの態度に満足気な顔を浮かべ、ソウシは懐から契約書を取り出す。そのまま彼はユウの手に持つ布袋にそれを突っ込んだ。
「働いて返せ。いいな……」
ソウシはユウから目をそらし、顎をあげる。
「あ、ありがとうみゅ!」
だから、声が大きいとソウシが再び苦言を呈そうとした時――
――グエエエエエエ!
地鳴りのような叫び声が巣全体に響き渡る。
「ひいいいい」
「っち、起きたか」
仕方ない。起きたばかりで悪いが、眠ってもらうとするか。ソウシは首を回し、両手を合わせてゴキリゴキリと音を鳴らす。
「そこでそのまま隠れていろ、ユウ」
ソウシは振り向かずにユウへ告げる。
ロック鳥は不届きな侵入者を睨みつけると再び鼓膜が破れんばかりの大音量で咆哮をあげた。
対するソウシは、眉一つ動かさず一歩一歩踏みしめるようにロック鳥へと歩みをすすめる。
ソウシが進むも、ロック鳥は彼を睨みつけ威嚇するばかりで襲い掛かろうとはしなかった。
巣を死守しようとする動物は偏執的なまでに、侵入者を排除しようとするものだが……ましてやここには雛までいる。ソウシはロック鳥が迫ってこないことへ首を傾ける。
しかし、彼はすぐに何故、ロック鳥がこちらを睨みつけるだけだったのか気が付く。
そうか、睨みつける「だけ」じゃなく、睨みつける「しか」できなかったのか。
ロック鳥とソウシの位置取りが問題だったのだ。二者の間には雛の巣がある。ここは横穴の中で充分に広いとはいえ、ロック鳥ほどの巨体が一息にソウシの元へかぎ爪を向けようとするならば、雛もただではすむまい。
それなら駆けてソウシの元まで来ればいいのでは? と考えるかもしれない。しかし、ロック鳥は走ることが得意ではない。下手すると雛を押しつぶしてしまう可能性があるのだ。
ソウシがあと数歩……進めば必ずロック鳥は「駆ける」だろうと彼は確信している。ロック鳥は雛の安全を考え戸惑っているに過ぎない。雛に近寄り過ぎればなりふり構わず駆けてくることだろう。
「ユウ、そこから出てきてくれ。大丈夫だ」
ソウシは前を向いたまま後ろ向きに進み、ユウの元まで戻る。
「みゅ?」
ユウはソウシの言葉に素直に頷き、のそのそと体を藁から出した。
「エム。転移だ。村まで頼む。ロック鳥は来ない」
「やっつけないのー? ソウシさまー?」
エムは脚をぶらぶらさせながら、コテンと首を傾ける。
「ロック鳥は危険みゅ……ソウシ様はあれを倒すことができるのかみゅ?」
ユウもエムに続く。
「必要ないと言っている。ユウ、お前さんを救助するのと同じだ。アレも親子なのだろう?」
ソウシの発言にユウはハッとなり、言葉が出なくなった。そして彼は気が付く。ロック鳥だとて、自分たちと同じ生きるために、子を生かすために必死なのだと。
「ソウシさま……」
ユウは何とかソウシの名前だけを絞り出すように紡いだ。
「ロック鳥は動物だ。魔獣ではない」
「それってどういうことみゅ?」
「転移の後だ。エム」
「はあい」
エムが右手をブンブン振るう。すると、鱗粉がソウシとユウの体を包み、彼らの姿がこの場から消失したのだった。
◆◆◆
ソウシは切り替わった視界へ即順応し周囲の確認を行う。どうやらここはネズミ頭の亜人の村からほど近い森の中のようだな。
彼の優れた視力は、遠くに薄っすらと見える村を的確に捉えていた。
エムにしては気が利くじゃないか。彼はそう心の中で独白し、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。
一方のユウは初めての転移魔法の「揺れ」に鼻をヒクヒクさせ少し混乱した様子だ。
「ユウ」
「だ、大丈夫みゅ。ビ、ビックリしたみゅう」
「えむりんー、頑張ったのー」
エムは自分が魔法を使ったんだぞと主張するようにユウのふさふさした耳と耳の間をぺしぺしと叩く。彼女の手の動きに合わせユウの体毛がへこみ、それが面白いのかエムはユウの頭へ手をやることをやめようとしなかった。
「くすぐったいみゅー」
ユウはユウで、特にエムを咎めるわけではなく、彼女にされるがままになっている。
「ユウ、このままこっちを進めば村に着く」
ソウシは顎でユウの向かうべき方向を指し示した。
「あ、ありがとうみゅ。で、でも、ボク……」
「ああ。そうだったな。動物と魔獣のことだろう?」
確かに、転移の後で説明するとソウシは言っていたが、ユウにとってそのことは聞いても聞かずともどちらでもいい。彼が聞きたかったのは別の事なのだ。
「え、ええと……」
口ごもるユウに構わずソウシは腕を組み、淡々と彼へ講釈をはじめてしまう。
「いいか、動物とは交配して子を成す。お前さんら亜人や人間と同じだな。しかし、魔獣というのはだな、魔力から自然発生するのだ。魔獣によって発生する条件は違うがな」
先ほど、ソウシが何故ロック鳥を見逃したのかよく理解できたユウだったが、そうじゃないそうじゃないとかぶりを振る。
「そ、そうかみゅ……。で、でも。ソウシさま、え、ええと」
「まだ何かあるのか?」
この言葉でようやくユウはソウシの意図を察することができた。彼は、お金の件をこのままうやむやにし自身を村へ返そうとしているのだ。
ユウにとってはこの上なく有難いことではあるが、彼は恩に対しては必ず恩か対価で報いねばならぬと思っている。だから、このまま帰るというのは彼の信念に反する。
ネズミ族は受けた恩は忘れないんだみゅ。彼は決意の籠った目でソウシを見上げた。
「ソウシさまはなんとか保険という仕事をやっているんだみゅ? それで、ボクを助けてくれたんだみゅ?」
「……」
黙っているソウシへエムが欲望のまま口を挟む。
「えむりん、スイカを食べにきたのー。後でソウシさまがー」
「エム、このまま館に帰るつもりだ。洋ナシを買ってやるから我慢しろ」
ソウシはユウの母親を突き放した手前、ユウを連れて村へ帰ることをするつもりはなかった。だって気恥ずかしいではないか。
「ま、待ってくれみゅ。スイカは村からボクが持ってくるみゅ。だから、待ってて欲しいみゅ」
「わーい」
全く余計なことを……ソウシは表情には出さず二人に悟られぬくらい僅かに息を吐く。
エムがこうなってしまえば、何を言っても転移魔法を使うことがないだろう。悟ったソウシは、その場でドカリと腰を降ろす。
「では、ユウ。急ぎで頼む。それが対価でいい」
「はいみゅ」
「えむりん、スイカ―」
エムはばんざーいと両手を広げてぴょんぴょん飛び跳ねる。
ユウはエムへ笑顔を見せ、ソウシに向けコクリと首を一度だけ縦に振った。そのまま彼は踵を返し、村へ向け一目散に駆けて行く。
◆◆◆
時は二時間ほど経過する。
息を切らしたユウが約束通りスイカを胸に抱えソウシの元へと戻ってきたのだった。
「やったー、スイカ―」
エムはひまわりのような笑みを浮かべ、ユウが抱えるスイカへ張り付く。エムの体積とそう変わらないスイカを彼女は一度で食べてしまうのだろうか……ソウシはそんな益体もないことを考え肩を竦めた。
ユウはエムが張り付くスイカをそっと地面に置くと、姿勢を正しソウシへ向き直る。
「ソウシさま、助けてくれてありがとうみゅ」
「礼はもう聞いた。何度も言わずともいい。こちらからも礼を言わせてくれ。スイカの提供感謝する」
ソウシは立ち上がると、すくい上げるようにスイカをエムごと手の平の上に乗せ芝居がかった会釈をした。もうこれで話は終わりだと言わんばかりに。
「ま、待ってくださいみゅ。ソウシ様は『働いて返せ』って言ったみゅ」
「……」
確かに言ったが……。ソウシはふむともう一方の手を顎にやる。
「ボクにソウシ様のお手伝いをさせてもらえないかみゅ? ちゃんと働いて返したいんだみゅ」
「だが……」
眉間にしわを寄せ、気が乗らないといったソウシへユウは畳みかけるように矢継ぎ早に言葉を連ねる。
「お母さんはボクを助けてくれたソウシさまへ涙を流して感謝していたみゅ。ボクが行くというと、お母さんは喜んで賛成してくれたみゅ!」
「ふむ……まあいいだろう。自分で何をすべきか考え、俺に報告しろ。いいな?」
ユウの勢いに押されたソウシは、渋々ながらも彼の参加を了承するのだった。だが、ソウシはあれやこれやとユウへ命令する気は毛頭ない。
自ら動けるくらいの気概を持ってもらわねば連れて行く意味がないと彼は思うからだ。
「あ、ありがとうみゅ! 頑張るみゅ!」
喜色を浮かべるユウへソウシは手を差し出す。ただ、視線はユウから逸らしてはいたが……。
伸ばされた手をユウは両手で掴みギュッっと彼の手を握りしめる。
こうして、ソウシの元にユウが来ることになったのだった。
※書いていた分はここまでとなります。今後これを元にして、ガラリと変えた作風でリニューアルするつもりです。お待ちください!
※ここまでお読みいただきありがとうございました!
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