第12話 すいかー

――三年前

 ソウシは王国の勢力圏外にある鄙びた村の前に立っていた。

 王国からは山と深い渓谷を超えねばならぬこの地域を訪れる人間は皆無と言っていいだろう。もし、この地に財宝が眠っているとなれば話は別だが、そのようなものはここにはない。

 訪れるとすれば、未踏の地を旅することが趣味だと言い切れる滑稽な者くらいだ。

 

 ソウシ自身、この地を訪れる気は無かった。正直なところ、ここに村があることさえ知らなかったのだが……。

 

「ソウシさまー、スイカー、えむりん、スイカが食べたいのー」

「全く……」


 そう、彼がここを訪れた理由はエムだった。彼女はにぱーと満面の笑みを浮かべソウシの肩で脚をぶらぶらと揺らしている。

 彼女はよほどご機嫌なようで、背中のトンボのような羽をパタパタさせ鱗粉をまき散らしていた。

 

「ここに、その『スイカ』というものがあるんだな?」

「うんー。村の中へいこー、ソウシさまー」


 やれやれだ。ソウシは肩を竦め、村へと足を踏み入れる。彼はめんどくさそうにしているが、この村を訪れるために労力は一切払っていない。

 自身の館でワインを飲もうとしいたソウシは、エムにねだられ彼女の転移魔法でここまでやってきたからだ。

 

 スイカ、スイカか…ソウシだとて長い時を無為に過ごしてきたわけではない。彼は動植物のことに造詣ぞうけいが深い。

 しかし、スイカという食べ物についてこれまで聞いたことが無かった。そこでソウシはエムへ「スイカとはどのようなものか」と問うと、彼女は「甘くて―、おいしいの」と要領を得ない回答をするのだ。

 

 詳細は不明であるが、スイカは特段目を引くような効果があるマジックアイテムというわけではなさそうだ。彼は未知の物を調べることを好む。しかし、既にソウシのスイカに対する興味はまるでなくなっていた。

 それ故、彼は先ほどから気が進まぬ態度を取っているというわけだ。

 

 村に入ると、旅人が珍しいのかネズミ頭をした亜人の村人がトコトコとこちらに歩いてきた。


「この村へ何か御用ですか? 旅の人」

「スイカはあるか……?」

「スイカですか、ありますが……わざわざそれだけのためにここまで……?」


 驚く村人にソウシは無言で首を縦に振る。

 今のソウシの見た目は人間だ。この村へ来るためには長い過酷な旅を敢行する必要がある。この村人があっけにとられた様子なのはソウシにも充分過ぎるほど理解できた。

 長い旅路の果てがスイカなのだから……。


「他に何かをしようとする気もない。村に迷惑はかけるつもりはない。ちゃんと金は支払おう」

「それなら、まあ……、持ってきます。ここで待ってていただけますか?」

「悪いが頼む」


 速足で村の奥に引っ込んで行く村人の後ろ姿を眺めながら、ソウシはふうと息を吐く。


「えむりん、スイカが食べたいのー」


 全く……エムはこれしかないのか。とソウシが眉間にしわを寄せた時、右足をズリズリと引きずった村人が顔をしかめながらやって来るではないか。

 時折、右足が痛むのかうめき声を出しながら必死の形相で進む村人の姿にソウシはニヤリと口元を歪めた。


「そこでいい。こちらから向かおう」


 ソウシは村人へ向けて声を出すと、一息に彼女の目前へ歩み寄る。


「あ、あの……旅の方。息子が息子が戻らないのです」

「ほう」

「危険な森を抜けてきたあなたなら、きっと」


 彼女は涙ながらに訴える。足を怪我した自身の代わりにまだ小さい息子が森に採集に向かってしまったと。

 昨日の昼過ぎには戻るはずが、今日になっても未だに息子は未だ戻ってきていない。森には凶暴なモンスターもいるというのに……。

 彼女は矢継ぎ早に息子の置かれた状況を述べるが、著しい動揺のため極圏状態におかれているのかソウシには状況がイマイチつかめない。だが……ソウシは顎に手をやり彼女へ告げる。  


「俺は『人命救助保険』をやっている」

「そ、それはどういうものなのですか?」


 彼の言葉へ前のめりになって喰いついてくる村人。


「一言でいうと、危機に陥る契約者を救いに行く仕事だ」


 焦る彼女に対しソウシは淡々と説明を行う。


「で、では。息子を息子を探していただけませんか? 採集に向かったまま戻らないのです! 私の代わりに行かせるのじゃなかった……ああ、ユウ!」


 村人は自身の息子を案じ、涙ながらにソウシへ訴える。しかし、ソウシは表情を欠片ほども変えず一言。


「俺は契約者以外、救わない。金はあるのか?」

「い、いえ……私は人間が使うようなお金は……」

「そうか、ならばお引き取り願おうか」


 迫る村人をソウシは冷たくあしらう。


「そ、そんな……息子は、息子はどうなるのです!」


 必至の村人へ対し、ソウシはあきれたように肩を竦める。


「お前さんらは、こういう時はどうするのだ? 稀にしか来ることのない旅人を待っているのか?」

「もう村の人に探してもらっているのです! でも、まだ見つからなくて! ユウ、ユウ!」


 ますますヒートアップする村人に対し、ソウシは腕を組み表情一つ変えずに言い放つ。


「ならば、待って祈るがいい。お前さんの神にな」


 この発言に村人はこれ以上の会話は無駄だと悟った様子で痛む右足を引きずりながら元来た道を戻って行った。


 彼女の姿が見えなくなったところで、ソウシは踵を返す。


「ソウシさまー、どこに行くのー?」

「契約を取りにいくのさ。スイカは後だ。いいな、エム」

「はあい」


 ソウシはブツブツと呪文を唱える。すると、彼の体がふわりと浮き上がり空へと舞い上がった。

 

 ◆◆◆

 

 村の周囲に開けた場所はなく、うっそうとした森林となっている。森林は傾斜しており、山へと繋がっていた。

 山の中腹辺りになると木々がまばらになり、山頂付近ははげ山になっているようだ。


 この広い場所から目的の亜人を探すには……砂漠の砂から一粒のダイヤを探すようなものである。普通に探していてはまず見つからないと言える。

 ソウシは探し人を発見するような魔法は使うことができない。しかし……ここにはエムがいるのだ。彼女ならば大雑把な位置を特定することは容易い。ただ一つだけ条件があるのだが……。

 その条件とは探し人の臭いを感じることができるものとなる。


「エム、あの母親の体毛をこっそり拝借した。これで、息子の位置を特定できるか?」


 ソウシの声にエムの反応は鈍い。彼女は虚ろな目をして口が半開きになっているではないか。

 ま、まずい。我慢させすぎたか。ソウシはエムへの配慮をいささか欠いていたことを悔いる。


「すまん。エム」


 ソウシはエムへ謝罪すると、懐からリンゴを取り出し彼女へ手渡す。


「リンゴー。えむりん、嬉しいなー」


 途端に目を光らせリンゴに張り付くエムは、満面の笑みを見せリンゴに抱き着いた。

 ソウシはそんなエムへ僅かに笑みを見せると、そのまま地面に降り立つ。

 彼女が食べ終わるのを待ってから、ソウシは改めてエムへ先ほどと同じ言葉で問いかけた。


「これなら、大丈夫ー。えい」


 鱗粉をまき散らしながら、右手をえいやと振るうエム。

 すると、ソウシの視界が一瞬にして切り替わる。

 

 む。エムの転移魔法で出現した場所は空中だった。ソウシは急ぎ浮遊魔法をかけると事なきを得る。

 どこだ? ここは? ソウシは体が安定したことを確認しつつ、目を前に向けた。


 彼の目に映ったのは、傾斜がきつく崖のようになっている岩肌だった。どうやら、山の山頂付近に出現したようで、目立つ物といえば切り立つ岩肌に大きな横穴があることだろうか。

 これは分かりやすい。ソウシはニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 見たところ、動く生物は無し。木の一本も生えておらず視界を遮るものはない。となれば、あの横穴以外探すところはないだろう。


「行くぞ、エム」

「はあい」


 ソウシと彼の肩に乗っかったエムは横穴へと向かった。


 ◆◆◆

 

 近くまで来ると、横穴が予想以上に広いことが分かる。入口は円形になっているが、なんと直径にして二十メートル以上のサイズがあるのだ。

 これだけの広さがあれば、巨大な体躯を誇るドラゴンであれど軽々と中にはいることができるだろう。


「エム、ここは巨大生物の縄張りかもしれん」

「じゃあ、えむりん、背中に隠れるねー」

「そうしてくれ」


 エムはきゃっきゃとご機嫌な様子で、ソウシの背中にしかと張り付く。

 さて、蛇が出るかドラゴンが出るか……ソウシは歯ごたえのある魔物へ思いをはせる。

 ひょっとしたら、古代龍や天空王かもしれぬ……彼はぶるると体を震わしゆっくりと横穴の中へ入っていった。


 しかし、ソウシの思いとは裏腹に横穴は彼の期待外れのモンスターがすやすやと眠っている。


 そのモンスターとは巨大な怪鳥――ロック鳥だった。ロック鳥は体長こそドラゴンを凌ぐ二十メートル近くあるものの、所詮は巨大化しただけの鳥。

 魔法も使えなければ、知性も動物と変わらない。


 それに……ソウシは思わず肩を竦める。いくら音を立てぬように侵入したとはいえ、自らの巣に侵入した者を感知するくらいはできないものか。

 彼は藁の上に横たわる間抜けなロック鳥に目をやりふうと息を吐く。

 まあいい、楽になるのは悪い事ではない。彼はそう思い直し、亜人の子供を探すべく巣の奥へと進んでいく。

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