第11話 冒険者特約
「話し中だったかな、すまん」
スキンヘッドの男は見た目からは信じられないくらい高い声を出し、頭を下げる。
「いや、問題ない」
ソウシは
「初めてお目にかかる。俺はここのギルドマスターのヨハンネスってもんだ。よろしくな、兄ちゃん!」
「俺はソウシ、人命救助保険をやっている」
ソウシは立ち上がり、ヨハンネスと握手を交わす。手を離した二人は椅子へと腰かけた。
「さっそくだが、先に言わせてくれ。あんたの『人命救助保険』、一部だが冒険者に好評だ。ありがとな」
「そいつはよかった」
ガハハと豪快な笑い声をあげるヨハンネスとニヤリと口元に笑みを浮かべるソウシ。
対称的な二人であったが、思うところは似た感じであった。
「俺としても、冒険者の死亡や再起不能になる者が減るのは大歓迎なんだぜ」
「こちらも似たようなものだ」
だが……、このままではいただけないとソウシは考えている。彼が口を開こうすると、先んじてヨハンネスが言葉を被せてきた。
「しっかし、ちょいとやりたいことがあるんだ」
「ほう。俺も同じだ」
気が合うじゃないかといった感じで同時に飲み物を口に含む二人。
「兄ちゃん、気が合うな。俺は保険内容について相談したいんだが、同じか?」
「その通りだ」
ソウシは冒険者たちの無謀さを少しでも抑えることはできないだろうかとここに来る前から考えを巡らせていた。
保険があるからと言って、危険を顧みずに突撃されては困るのだ。人命救助保険の目的はそこにはない。商人たちのように自身の安全には十全に気を払ってもらいたいのだ。
保険とは本来万が一への備えであって、便利な魔法ではない。
ソウシはこのことをヨハンネスへつらつらと説明する。彼は時折唸り声をあげながら、「確かに……」と何度か呟いていた。
「なるほどな。兄ちゃん。その考えは俺にとっても好ましい。俺の思うところも聞いてくれるか」
「もちろんだ」
対するヨハンネスの意見は多分に経営的なことが含まれていた。人命救助保険そのものは素晴らしいものなのだが、利用者が一部冒険者にとどまっている。
実際に救助された者からは殊の外好評で、彼らから少しづつ人命救助保険の利用者が増えていくことは予想される。
だが、人命救助保険は基本契約はともかくとして特約が複雑すぎるのだ。一つ一つある特約を熟読し、人命救助保険のことを把握してから申し込む者は皆無であるとヨハンネスは言い切る。
だから、よりシンプルに分かりやすく、かつ冒険者の利用用途に合致した保険メニューを提供したい。
「特約か……」
ソウシも特約のことを突っ込まれ、頭を抱える。特約の項目数は増え続け、全て完全に把握しているのはユウだけだろうとソウシは思う。
商人たちは契約ごとに慣れているから、分厚い説明資料を的確に読み込み契約を交わしてくれる。一方、冒険者は契約ごとに慣れていない。
「おう、特約だよ。俺なりに冒険者に必要だろう特約はピックアップしているんだ」
「俺は基本契約の内容を変えたいと思っている。ユウ、メモを頼めるか」
「はいみゅ」
急に話を振られたユウは耳をびくりとさせ、肩を縮こまらせた。
ソウシとヨハンネスはお互いの意見を交わし始める。白熱するかと思われた議論であったが、意外にも彼らはお互いに妥協を探るといったことなど無くあっさりと内容が決定した。
これは、ソウシが特約についてあまり頓着がなく、ヨハンネスはソウシの言う「冒険者の無謀を低減する」ことについては賛成だったからに他ならないだろう。
決まった内容とはこうである。
<基本契約>
有効期限は一年間であるが、一度救助を行うと契約は失効する。また、一年間満了した場合(一年間一度も救助対象にならなかった場合)は、次回の契約金を割引する。
<特約>
保険保障範囲は代表一人に対し、パーティメンバー三人までに適用する。
ダンジョンなどでパーティメンバーがバラバラになることを考慮し、メンバーそれぞれにハザードを持たせる。
基本契約の内容は大幅に変わった。元は有効期限一年間で何度でも救助を行うといったものだった。それが、一回ごとの契約に変わる。その分、一回の契約金を相当額値引きすることになった。
そして、ソロ以外の冒険者には特約も締結してもらう。特約を結んだ場合でも、以前の基本契約のみの料金より安い。
金額を安くすることで冒険者は今より手軽に契約を結ぶことができ、内容も至ってシンプルで分かりやすい。ソウシにとっても救助されるごとに再契約を結ぶ形にすることで、冒険者は今より慎重に行動してくれることになるだろうと思っている。
「ユウ、内容は把握できたか?」
「はいみゅ。バッチリみゅ!」
ソウシは鷹揚に頷くと、言葉を続ける。
「金額的にはどうだ? ユウ、ヨハンネス」
「ボクはソウシさまがよいと言えばそれで」
「おう、この金額なら、本物の初心者にはちと辛いかもしれねえが、問題ねえと思うぜ。余り安くしたら中級以上の奴らが無謀に走る」
ヨハンネスは腕を組み首を縦に振った。
「ヨハンネス。細かい調整はそこのユウとやってくれ。彼はいつもウィルソン商会に詰めているからな」
「おう、ユウ、よろしくな。これからはより付き合いが増える」
「はいみゅ!」
話がまとまったところで、ヨハンネスがウェイトレスを大声で呼ぶ。
すぐにウェイトレスがやって来て、ヨハンネスが二人に尋ねる。
「時間はまだあるか? 食事でもどうだ?」
「問題ない。ユウも大丈夫か?」
「はいみゅ」
ヨハンネスはウェイトレスへ適当に注文を行うと、ウェイトレスは彼の注文を復唱しペコリと頭を下げ引っ込んで行く。
「金は払うぞ。ヨハンネス」
「ここは俺に奢らせてくれって! なあ、ユウ」
「え? え?」
無茶振りされたユウはオロオロと首を左右に振る。
そんなユウに落ち着けとばかりにソウシは彼の肩に手をやると、ヨハンネスへ「ではありがたく」と了承の意を示した。
「ところでソウシ、金の管理は全てユウがやっているのか?」
「そうだ」
「やっぱりそうかあ。あんた、金には無頓着そうだからな。ちゃんとユウに給料を払っているのか?」
ヨハンネスの冗談めいた声にソウシは顔をしかめる。
「おいおい、ひょっとして……」
「そ、その話はいいんだみゅ!」
珍しく強い口調でユウがヨハンネスの言葉を遮った。
「ユウ、給料とは……」
言いかけるソウシへまたしてもユウが口を挟む。
「ちゃんと食べる分はいただいているから心配しなくていいみゅ! 大丈夫みゅ!」
ヨハンネスはソウシの態度を見て確信する。こいつ……給料ってもん自体知らないんじゃないかと。
「ソウシ、ユウ、俺が言うことじゃねえけど、そこはしっかりと決めておいた方がいいぜ」
「そうだな。ユウ、後でどういうことか教えてくれないか?」
イマイチよくわかっていないといった風にソウシがユウへ問いかけた。
「ソウシさまからは既にたくさんいただいているみゅ。『あの日』、約束したじゃないかみゅ」
「あの日か……」
ソウシはユウとの出会いへ思いをはせる。そうか、もう三年にもなるのか……。
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