家族が看取る街

梧桐 彰

家族が看取る街

 僕は霊感の類は全く信じていないし、それ以外のスピリチュアルなものも信じてません。加えて、この話は面白がらせようと盛ってないので、ふつうに退屈かもしれません。ただ、一つだけその手の実体験があるので、備忘がてら書いておきます。怖くもないし泣けもしない話なんで、気が向かなければブラバしてくださいね。


 まあ前置きはここまで。


 僕の故郷は北海道の片田舎で、人口千人ほどの街で育ちました。で、この地方では昔から言い伝えがあって「死は必ず家族が看取ることができる」というのがあるんです。


 科学的な理屈は何もありません。まあ今はともかく戦前とかは、北海道に来る人って、何かしらの事情がある人が結構いたんで、そのせいじゃないですかね。借金あったとか泥棒だったとか、駆け落ち夫婦とかね。そしてタコツボ労働者とか売春婦とかになるわけ。屯田兵で堂々と来た人もいましたけど、そうでない人のほうが多いんじゃないかなあ。『敗北』っていうくらいでね。北に来るのは負け犬なんですよ。


 で、そういう人たちは親の死に目に会えなかったり、子供に会えない事情があったり、そんな人が多かったんでしょうね。でなくてもたとえば東京から来た人が帰るとして、津軽海峡渡るのに六時間、それから寝台で半日以上。長いですよ。家族に会えないのは悲しいですから、そんな言い伝えができたんだろうと。僕はそう思ってます。


 それでね。


 僕の本家は淡水魚の加工と販売をやってまして。親は漁師から買った魚に味をつけて売る仕事をしてるんです。


 それに関係する話で、二〇年くらい前ですね。沼の魚をとる漁師さんの一人が朝、漁に行って戻ってこなくて。ボートと長靴だけ岸に打ち上げられたことがありまして。まあ死んだんだろうと。浅い沼なんですけどね。やっぱり落ちると死ぬんですね。服を着てて冬に近いとね。


 救命胴衣? いやあ、着ないですね。面倒ですから。ロープ? つけませんよ。邪魔だからね。危ない? そうですね。でもそういうもんなんです。会社じゃないから。自営業だからね。全部自分で決めるんです。危ないって嫁さんや子供に言われてもね。最後は自分で決める。


 誰だって死にたくはないですよ。その漁師さんもね。でも何十年もやってるとベテランだからね。もう大丈夫だってね。そう思って死ぬんですよ。


 バカだねって? さあ、どうでしょう。バカっていえばそうかもね。でもね、僕は悲しかったね。ボートと長靴見てね。嫁さん子供さんわんわん泣くんですね。やっぱりそれ見て同じこと言えるかってね。可哀そうでね。


 でね、遺体を探すわけですわ。みんなで。町中のボート出して。僕と親父も出しましたね。長い竿で沼のあちこちをひっかけようとして動かすわけ。結構広いんですよ。漁に行くのもどこかわからないしね。一周十何キロあるからね。朝から何時間探しても見つからない。


 それで、僕は親父と同じボートに乗ってたんだけどね。死んだ漁師の弟さんがね。僕たちの隣を漕いでるんですよ。彼だけ竿をおろさない。ただ、じーっと水面を見つめてね。水草だらけで透明度なんかひどいもんなんです。一メートル下も見えない。それなのに、突っつかないでじーっとみてる。悲しいのかな、辛いのかなと思って、声はかけられなかったですね。


 夕方になってね。町議会の議員さんがボートを寄せて「もう明日にするべか」と声かけて。言ったその直後にね。その弟さんがね。親父に竿貸せって言うんです。


 そしてばしゃっと突っ込んでね。沼中に聞こえる大声出してね。


「かかった! かかった!」


 先に鉤がついてるんですよ。それを一人で引っ張ってね。手伝うかっていうと、邪魔するなって言う。弟さんのじーっと水の中を見つめてる目が細くなっていく。オレンジのジャケットがね。その漁師さんがいつも着てたやつがね。ゆっくりと上がってきたんですよ。


 すぐに葬式になって。溺死は死に化粧がうまくいかないってんで、時間かかりましたけど、なんとかお通夜して。四時で閉まったはずの郵便局に頼み込んでみんなで香典の金おろして。


 そこで参列した人が言うんですよ。


「家族が見つけたね」


「やっぱり北海道の人なんだねえ」


 非科学的でしょう。僕も非科学的だと思うよ。


 でもね。説明できないんです。僕のいろいろ聞いた話の中で、これだけは理屈の通る説明ができないんです。漁をする場所は毎日違うし、そもそも弟さんは漁師でない。不思議でね。


 そのうち忘れてしまうかもしれないんで、ネットにあげておくことにします。大して面白い話でなくてすいませんね。でもね、僕にはとても印象に残った出来事だったんですよ。


               梧桐彰 拝

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