この愛すべき日常を。

藤猫くする

この愛すべき日常を。


 届きそうで届かない何かがあった、と言ったら、揃って露骨に渋い顔をされた。

「ないわー」

「ないね」

「あまりに罵詈雑言が過ぎないかお前たち。断言否定する前に『どうしたの』くらい訊くのが礼儀だろうせめて」

 そっくり同じ顔を見合わせて、二人は同時にため息を吐く。何か意思疎通があったらしいが、当然俺には伝わってこなかった。

「こ~ら、二人の世界で終始するな~。ちゃんと他者に伝わる形で言語化しなさいって、博士いつも言ってるでしょ!」

「唐突におかんにキャラ転換しないでよ気持ち悪い」

「あと必要以上に作り手目線を入れてくるのも減点」

 手厳しい。作り手に対してあまりにも対応が塩だ。博士泣いちゃうんだからね、とか言うとさらなる塩をくらってナメクジのごとく水分を抜かれてしまうので、冷静に口をつぐんだ。

「これはナメクジみたいに涙が出る、塩対応だけに!とか考えてる顔」

「我ながら上手いこと言ったぜ、とも思ってるね」

 そういうところだけ感情読み取り型アンドロイドの真骨頂を遺憾なく発揮するのはやめないか。いたたまれなさで涙腺が緩む。

 涙目の俺を前に、再び目を見交わしてから、二人は生温い微笑みをこちらに向けた。

「「で? どうしたの?」」

 最終的には優しさを見せてくる。見事な飴と鞭。さすが俺の開発した人心掌握術だ。この手のひらを転がされる感覚に愛しさすら覚える。

「いや、お前たちを開発してる時に、どうしても作れなかった機能があってな」

 連邦国家直属の研究所で、潤沢な費用を受け取っておきながら『できない』と口にするのは、なかなかの強心臓が必要とされる。まあ俺の場合、現状この分野で一番進んだ研究をしていることになっているから、多少うぶな心臓でもなんとか無理はきく。引き続き研究開発を進めると押し通し、プロトタイプとして二人を起動させた。それから今日で二年十ヶ月と六日。

「へえ、博士にもできないことなんてあるんだ」

「他のことはともかく、アンドロイドの分野では天才なんだと思ってた」

「微妙にトゲを感じる気もするけど褒められたことにしておこう。

 ま、クライアントの要求なんていつでも少し先を行くもんさ。高みを目指す理由がないと、技術の進歩はない」

 目をまるくして驚かれる。たまにいいこと言うとこれだよ、最高傑作どもめ。

 ……そう、二人は間違いなく、俺の最高傑作だ。たとえ、政府に要求された機能が付いていなくても。

「ちなみに、その作れなかった機能って何?」

「あ、知りたい知りたい」

「ん~、秘密」

 怪訝そうな視線の追及を、曖昧に笑って濁す。今まで、自分たちに関する情報は、全て二人に与えてきた。搭載した自立思考型AIは、もはや俺に勝るとも劣らない専門知識を有しているだろう。

 いつ誰に、どんな機能追加やアップデートをされても、その意味をきちんと理解し、対応できる。そういう風に、俺は二人を教育した。

「もう少ししたら追加するよ。そしたら解析してみな」

 けれど、だからこそ。今はまだ言えない。俺が作らなかった、作りたくなかった機能のことは。

「先に解析できた方には、博士を好きにしていい権利をプレゼント!」

「えっ魅力ひっく」

「頑張る気にならない」

「ひどいからな!?」

 そう言いつつも、楽しそうに他愛ない作戦をたてる二人に。

 俺は、一ヶ月と二十四日後、『人を平然と殺す機能』をつけなければならない。

 技術進歩の最先端は、いつだって戦争が導いてきた。あまたの歴史を裏切ることなく、この国家もまた、泥沼と化した前線に最新技術をつぎ込もうとしている。

 人間によって立てられた作戦を正確に理解し、人間によって変化する戦況に柔軟に対応する、殺戮機械。人口減少による兵力不足に窮した首脳陣が思いついたのは、そんな夢物語じみた策だった。

 それを、俺は開発できると思った。その分野の天才と褒めそやされてきた研究者が、十分な資金と研究設備を用意されて、その栄誉と利権に目がくらまないわけがなかった。事実、人間の考えや感情を理解し応じる機能を、俺は開発することができた。だが、それはどうしてもあと一歩のところで完全ではなくて、膨らみきった自尊心がひどく焦ったのだ。理論だけで駄目なら臨床実験だと、これで完成するに違いないと高をくくった俺は、殺戮に関するプログラムを後付けすることにして、その機能を起動させた。

 それを心と呼ぶのだと、気づいた時には遅かったのだ。

 最初はぎこちなかった言葉が、仕草が、表情が。少しずつ、完成に近づいて自然なものになっていくのを、見つめ続けたらどうなるのか。そんなこともわからないまま、届かないはずだった何かを無理やり手元に引き寄せた俺への、これはきっと何かの罰だ。

「博士~、解析できたら本当に何してもいいの?」

「分の悪い賭けだと思うけど」

 三年以内に、殺戮機械として完成させる。それは起動時からの決定事項だ。躊躇なく人を殺せる機能は、今ある二人の心を不可逆に変容させるだろう。

 けれど、こうして笑っている二人を。自分が作り上げ、育ててきた二人のことを、大切だと思ってしまったから。その時間を終わらせるのが他でもない自分だと、知っているから。

「ああ、男に二言はないぜ!」


 だから、もう少しだけ、

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