幸せになれる場所

現夢いつき

幸せになれる場所

バーチャルアイというものが生まれてから、世の中は飛躍的に進歩を遂げた。まず、道に迷うことがなくなった。バーチャルアイは私たちの目に仮想的に展開された現実を映し出し、道を案内してくれるのだ。


他にも恩恵おんけいはあるのだが、これにより人類はどこにでもすぐに行けるようになった。面白いように最短ルートが示された。

私もこれなしでは生きていけないと思うほど、バーチャルアイに骨抜きにされていた。

現に私は今、仕事先へ行くためにコンクリートの上を歩いているのだが、何度も通っているはずなのに、ここがどこであるか記憶にない。記憶する必要はないのだ。


私は悠々と歩き、指定していた時間の五分前、詰まる所、私が想定していた時間に1秒の狂いもなく辿り着く。


実に素晴らしい発明である!


いつものように仕事をこなす。まるで、自分が社会の歯車にされてしまったかのような無機質な行為。あまり好きな時間ではないのだが、今日だけはその時間すら愛しく思えた。それほどまでに明日から始まる連休が楽しみなのである。

久しぶりに、羽を伸ばして旅行へ行くのも悪くない。具体的なプランはなかったが、些細なことである。バーチャルアイさえあれば何処へでも行けるのだから。


しかし、当日になって具体的な場所を想定していなかったことが仇となった。

私が思いつく限り、日本の名所という名所は全て回っていたのだ。旅行が趣味ということもあったが、バーチャルアイの台頭により国内旅行のハードルは酷く下がったのだ。

私には新しく行ける場所がなかった。


無論、名所でない場所ならいくらでも行けるだろうが、わざわざ金と時間をかけてまで行こうとは思えなかった。

だが、このままではただただ時間を消費してしまうのも事実。苦悩の末、以前行った場所を回ろうと思ったが、だが、その前に一つの妙案を思いついた。

我ながら面白い試みに、自然と口角が上がった。


私は早速、バーチャルアイに目的地を設定した。そこには、『幸せを味わえる場所』と表示されている。

ほとんど遊び半分の試みであったが、結果的には無数の場所が対象とされた。私は目を疑った。そういう名前のチェーン店があるのかと思ったが、そこに映し出されたのは様々なコンビニであった。


思わず目を細めた。これは一体どういうことであろうか? バーチャルアイの故障だろうか。

その疑念はしかし、コンビニのイメージ画像に写っていたキンキンに冷えたビールの映像を見ることで、氷解した。


ああ、なるほど! 思わずそんな言葉が漏れた。

確かに私は常日頃、仕事終わりにビールを買い、冷やして風呂上がりに飲んでは幸せだと言っていた。面白くもない仕事と人間関係のストレスを数パーセントのアルコールと、喉ごしの良さに任せて飲み込み、それから悪態をいくつも吐いて幸せを感じていたのである。

そう考えると、幸せを味わえる場所としてコンビニというのは最適解であった。私はバーチャルアイのあまりの手腕に舌を巻く他なかった。


あまりにも感服したので、そのままコンビニに行って数本のビールを買ってきて飲んだ。

至福の時間であった。味も酔いもいつもと同じはずなのだが、心持ちが違うせいかたいそう美味しく感じた。今まで食した全てのものを凌駕してあまりあるほど美味かった。

なるほど、確かに幸せを味わえる場所であった。


ふと思う。幸せを味わえる場所としてコンビニが出たということは、この機械は、仕組みこそは分からないものの、私の主観を少なからず反映している。ということは、私が無意識的に思っているあれやこれやを知るいい機会になるのではないだろうか。


手元が寂しくなったので、私はつまみとしてスイカを切った。みずみずしく甘い果肉は、ビールの苦味と非常に相性がよい。初めて一緒に食べたが、こういうチャレンジ精神が新たな発見に繋がるのだろうと思った。


これで完全に出来上がってしまった私は、今度はバーチャルアイに『幸せになれる場所』と設定した。

これで私が幸せをどういうものと捉えているのか分かる。


検索結果がどこであるのか、意図的に見ないようにして足を進めた。たった二本しか開けていないのだが、私の足はひどくふらふらしていた。おそらく、純粋なビールの酔いだけでなく、幸せの味にも酔っているのかもしれない。

見慣れた道を歩くこと 半刻はんとき、私はそこで異様な列を見つけた。丁度幸せになれる場所へと向かうように並んでいるのである。

私は最後尾に並んでいた人へ訊いた。


「これは、何の列でしょうか?」

「ここは、幸せになれる場所へと続く列でございます。仕事仕事と追い回されるこのご時世ですから、皆一様に幸せを追い求めているのです。貴方もその口でしょう?」


私は頷いて彼の後ろに並んだ。

私の追い求める幸せが、特別なものでなく世間に伍するものであったことに、少しばかりの失望を覚えたが、これで裏は取れたわけである。

私は自信を持って並んだ。


そこは山へと続く道であった。今時かなり珍しい場所であったが、陽が落ちてしまっているため、青々とした爽やかな緑を目にすることはできなかった。

にわかに人の列が進んで行った。

幸せになれる場所だというのに、誰も感慨に浸からず去って行くというのか。私は不審に思って彼に訊いた。


「幸せになれる場所だというのに、どうして列はこうも速く進むのでしょうか? 皆、幸せを噛み締めないのでしょうか?」

「いえいえ、皆、幸せを噛み締めておりますよ。御覧なさい、現に誰も引き返しては来てないではありませんか。皆、幸せを掴み取っているのですよ」


何か巨大な建築物にでも収容されているのだろう。私はそう思った。

しばらくすると、彼の番が回って来た。彼は最後に私に、


「貴方は僕が入って行ったあと、30秒開けてやってきてください。そうすれば良い時間でしょう。貴方も入る前に後ろの方にそうお伝えください」


そう言って暗闇の中に消えて行った。

私は彼に言われた通り、30秒を数えて後ろの人に同じようなことを伝えた後、奥へ奥へと進んで行った。


足はひどくふらふらしていた。視界も歪み揺れている。けれども、私は幸せのために足を動かした。30秒といわず、1分と言ってくればよかったと少し後悔した。

しばらく行くと、そこには崖があった。


私は遅まきながら、ハッとした。バーチャルアイが示すそこは死後の世界であったのだ。

死こそが私の思う幸せであった。

ゾッとして、背筋が寒くなった。ふわふわとしていた頭が急速に冷やされていった。私はここから離れるべく足を上げた。

が、その瞬間、世界がぐるりと回転した。

視界にはいくつもの星がある。街の光の眩さで数えるほどしか目視できない。

直後感じたのは浮遊感であった。

ああ、そういえば酒とスイカって食い合わせが悪いんだっけ? 今更のようにそんなことを思い出した。


私は全てを悟った。

私は幸せになったようである。が、それを知る術を私は持たない。

ただ、バーチャルアイから目的地に到着しました、と電子音が聞こえたのみである。


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