途中で気付いてよかったね

告井 凪

途中で気付いてよかったね


「これは友だちのお姉ちゃんの友だちの本当にあった話なんだけどね~」


 そんなお決まりの文句で、友だちは怖い話を始める。



                  ◇



 学校から帰る途中でゲリラ豪雨にあってね。雷もすっごく鳴ってるし、駅に駆け込んだんだって。

 傘もなかったから結構濡れちゃって、気持ち悪いから早く帰りたい。

 ちょうど電車も来るところだったから、急いで自動改札を通ってホームに向かおうとしたの。

 でもね、階段の手前で気付いた。


 あ、定期切れてる。

 よく見ると昨日で切れてる。うわぁ……やっちゃったなぁ。今日は踏んだり蹴ったりだ。

 でも改札、普通に通れたんだけどなぁ。閉まったの気付かなかっただけ?


 その子は窓口に行って、若い男の駅員さんに事情を説明すると……。


「そう。途中で気付いてよかったね」


 確かに、電車に乗る前に気付けてよかった。


 だけど、その時。



 どがしゃーーーーん!!



 駅の外が真っ白に光った。雷だ。音と光りが同時だったから、すぐ側のはず。

 うわぁ……と思っていると、駅の中でも悲鳴が上がり始めて、振り返る。

 見ると、登ろうとしていたホームの階段から、人がいっぱい駆け下りてくるのが見えた。

 雷が落ちた、火事だーって、声が聞こえる。

 もしかして、今ので車両火事に……?


 そう思って駅員さんを見ると……さっきまで話していた駅員さんがいない。

 後ろの方から騒ぎを聞いてお年寄りの駅員さんが二人出てきて、そのうちの一人がその子に話しかけてきた。


「大丈夫ですか?」

「あの、私定期切れてるの気付かないで中に入っちゃって。若い男の駅員さんに事情を話していたんです」

「そうですか。今火災が起きたので、とにかく外へ」


 やっぱり。その子は急かされて、改札の外に出た。



 後になって、その子は思うんだけど……。


『そう。途中で気付いてよかったね』


 もし気付かないでホームに上がっていたら。電車に乗っていたら。

 火災に巻き込まれていたかも。

 だから『途中で気付いてよかったね』だったんだ。



                  ◇



「どう? 怖かった?」

「うん。でもちょっと気になったんだけど……。若い駅員さん。雷が落ちる前に『途中で気付いてよかったね』って言ったんだよね」

「えーっと~……うん、そうなるね。あれ?」

「気になるでしょ?」

「もしかして雷が落ちるのわかってたとか!?」

「そんなわけないよ……。やっぱり普通に、乗る前に気付いて良かったねって言っただけだと思うよ。雷は偶然」

「そっか~。そうだよね~」


 そもそも定期が切れていたら、普通朝に気付くよね。

 やっぱり作り話なんだろうな。わたしはこっそり、そう納得していた。









            ◆     ◆     ◆



 あの時のことを思い出すたびに、私は恐ろしくなる。


 Suicaを調べてみると、中に入っているお金は登校の時にちょうど使い切っていて、4円しか無かった。

 だけど何度思い出してみても、改札は普通に通れた。ドアは閉まらなかったし、赤い×マークも出てなかった。間違いない。


 途中で気付いてよかったねって言われたのだって、落雷の前だし。


 どっちも不思議なんだけど、まだギリギリ偶然で片付けることができる。

 できるはずだった。


 あれの説明が、どうしてもつかない。

 あれのせいで、その二つも偶然にできなくなってしまっている。


 おじさんの駅員さんに急かされて外に出た時のこと。

 火事のインパクトが強くて、その時は気にしていなかった。


 でも、今思い返すと怖くて仕方がない。

 だから誰にも話せなかった。



 あの時、私を見送るおじさんの駅員さんは、首を傾げて呟いた。


「ん? 若いのって誰のことだ? 俺らしかいなかったんだけどなぁ」



 そのすぐ隣りに、私をじぃっと見ている若い駅員さんがいたのに。

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途中で気付いてよかったね 告井 凪 @nagi_schier

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