俺が振り返るのは

 起床した俺は、スグに準備を済ませて職員棟を訪れた。

 この申請書の提出先は、昨日に学園生活について説明をしてくれたあの傘木という女性となっている。

 確かサポートを担当するとは言っていたが、こういった受付に関しても管理を受け持っているようだ。


 入り口での案内板通りに棟内を進み、彼女がいるという研究室の前まで辿り着いた。

 ドア横に設置されているインターフォンを鳴らして呼びかけることにする。


『はーい、青生君ですね~。今開けますよ~』


 マイクでの反応があり、宣言通りにすぐ扉が開いた。

 

「どうぞ~」


「失礼する」


 研究室というから中には不思議空間が広がっているのかと思ったが、そんな事はなかった。

 いたってシンプルな空間である。大きめの机の上に、パソコンが一台。その周りには資料と思わしき書類やファイルがビッシリと並べられている。

 小奇麗に整頓されている事から、この先生の几帳面さをうかがうことが出来る。


「昨日あなたに、模擬戦の申し込みがあったという事は既に聞き及んでいます。書類をお預かりしても?」


「ああ」


 申請書の入った封筒をそのまま先生へと手渡す。


「ちょっとチェックしますね~」


 封を切り、中の申請書に目を通している。


「ほお、この模擬戦闘を受諾したのですか。若いっていいですね~」


「番号的に見ても、俺には断る理由がない内容だろう。例え敗北したとしても、俺に失うモノはないのだからな」


「そうですね~。確かにこれは、下から二番目という評価を一気に上げるチャンスと言えます。ですが、少々楽観的ですよ~。ちゃんと注意事項の書類には目を通しましたか」


「勿論だとも。楽観的とは、才覚の無制限使用についてだろうか」


「はい、その通りです」


 入室してから終始柔和な表情を浮かべていた先生の表情が、真剣なモノへと変わる。

 

「才覚――念動を使用して戦闘では、最悪の場合命を失います。運よく生き残ったとしても、再起不能の重傷を負う事も珍しくはありません。例え模擬戦闘といえども、です」


 これは、決して脅しなどという訳ではない。

 念動――それはこの国が協調するきっかけとなった、あるいは世界がこの地を脅威として定める事となった力。

 この地で暮らす人類に芽生えた、新たなる現実だ。

 防具を身につけた状態で竹刀を振りあう試合とは、訳が違う。

 人類がこれまでに生み出してきた兵器、その存在価値すら塗り替えてしまう程の力なのだ。 


「覚悟なら……当の昔に出来ているさ。この力を始めて振るった、その時から」


 自然と、握りしめていた手に力が入る。

 俺はもう、迷わない。"最高"の俺である為、信じた道を愚直に進むのみだ。  


「ふふ、良い目をしていますね」


 再び、先生の表情が柔和なモノへと変わる。

 最後にお節介ながら……と先生は言葉を続けた。


「番号からもわかっているとは思いますが、相手は安芸国一とその能力を認められている生徒です。その実力も確かなものであると、ここで告げておきます。対して貴方は……」


「格下の大和国で、下から二番目と認められているな」


「はい。それに、貴方の能力はお世辞にも……」


「戦闘向きとはいい難い、だろう。委細承知の上だ」


 困ったように先生が笑い、書類に印を押した。


「いいでしょう。本日の午前十時、模擬戦闘開始から終了と判断されるまでの間。能力の無制限使用を認めます。サポート担当として、貴方のご健闘をお祈りいたします」


 礼を持って返答とし、俺はそのまま研究室を後にした。



 職員等から出ると、見慣れた影が俺を出迎えた。


「やっぱり、噂は本当だったのね」


 入り口の柱の陰から、ヒロインが顔を出す。


「そうか、もう話が広まっているのか」


 特に驚く事ではない。これは、あの男からのリベンジなのだ。

 周知させ、公衆の面前で俺を屈服させる事も目的となる。

 そうすることで、自身の実力を誇示し、妹への圧力を強める狙いも果たすことが出来るだろう。


「ええ。それで、聞くまでもないと思うけど……」


「ああ。今しがた、受領する旨の書類を提出し終えたところだ」


 はあ~、と大きくヒロインがため息をつく。


「どうせなら、私を指名してくれればよかったのに」


「絶好の下剋上チャンスではあっただろうな」


「本当よ……。でも、そうね。面白いモノが見れそうだし、これはこれで良しとするわ」


 まるで小悪魔のような笑みを浮かべて、彼女はそう答えた。


「君は、俺の事を心配してはくれないのかな」


「ほんのちょっぴり……心配してないわけでもないわよ。でも、私には想像する事が出来ないの」


「どんな事が、だろうか」


 今度は悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、彼女は答えた。


「――アナタが負けるところが、よ」 


 どうしたものだろう、と俺は苦笑いを浮かべ、それを返答とした。


「じゃあ、ちょっと早いけど会場に向かいましょうか」


「……ああ」


 二人で横に並び、ゆったりとした足つきで会場へと向かった。


★ 


 模擬戦闘場というだけあって、その外観は分かりやすかった。

 円形闘技場の名で知られる、西洋の建築物を模している。


「知ってる? かのコロッセウムの一日は……」


「朝には獣と戦い、昼は罪人を処刑する。その後は人間同士の殺し合いだ」


「有名な話よね。今はバリバリ午前だから、猛獣と剣闘士の戦いになるわ」


「俺は動物を虐待する趣味は持ち合わせていない」


「なら、アナタはやっぱり獣の方ね。五百九十九番――下から二番目にも関わらず、恐れ多くも広島国最強の男にタイマンを挑もうとしている頭の悪い獣ね」


「愛すべき友の為とあらば、順位も勝率も俺にとっては些細な事でしかない。問題は、強いのか弱いのか、勝てるのか勝てないのかではなく――"俺"が"俺"であるか、否かだ」 


 今度は俺がヒロインへと向けてグッと親指を立てる。


「……馬鹿な人」 


 そんな言葉を最後に受け、俺は闘技場の中へと向かった。



 中へ入って少し前進すると、カウンターが見えて来た。

 その中に立つ女性に話を聞いてみることにする。


「おはようございます。主人公様、ですね」


 近づくと、女性の方から話しかけてきた。

 

「ああ。少し早いが、大丈夫だろうか」


「はい。こちら、左手から奥へお進みください。地下の控室へと繋がっております。アナウンスがかかるまでは、その場で待機して頂く事となっております」


「ありがとう。少し待たせてもらうとするよ」


「ご健闘をお祈りしております」


 特にこれといった質問もなかったので、そのまま待機室へと向くことにする。

 すると、その道中でこれまた見知った姿を捉えた。


「ボクっ子か。もう病室を出ても大丈夫なのだろうか」


 柱に背を預けるようにして、彼女はその場にいた。


「うん……って、そんなことよりも!」


 答えると同時に、彼女が俺の方へ向けて駆け寄って来る。


「ほう、確かに。早朝から走り回ることが出来るくらいには問題なさそうだな」  

 

 そして、そのまま正面まで来た彼女は、俺の肩を掴んでグラグラと前後に揺らして問いかけて来た。


「ちょっと、兄様と模擬戦闘を行うなんて、どういう事なの!?」


「おい、落ち着くのだ。挑まれたから、受けて立った。何もおかしい事はないだろう」


「おかしいに決まってるよ! キミは相手が誰だが本当に分かっているのかい!? あの兄様と念動を使って勝負するなんて……!」


 先程、傘木さんにも同じことを言われたばかりだ。

 しかし、自分を心配してくれる人間がいるというのは、心地の悪いものではない。

  

「問題ない。それより、君は考えておいた方が良い」


「考えるのは、考え直すのはキミの方だよ! 一体ボクにキミを止めること以外に何を考えるっていうんだい!」


「――友と過ごす、最高の青春学園生活についてだ」


 言って一歩後ろに下がる。

 掴まれていた肩からはボクっ子の手が離れ、俺は堂々とその横を過ぎて前進を再開した。

 

「楽しいだろね、きっと」


 通り過ぎたその後ろから、ボクっ子が声をかける。

 

「でも、だからこそ、尚更キミを兄さんと戦わせるわけにはいかない」


 場の空気が変わる。

 俺の後ろから、殺気でも敵意でもない、害意だけが伝わって来た。

 このピリピリとした感覚は、間違いなく"念動"を使用する前兆だろう。


「俺は進むだけだ。ただ、前を向いて」


 一瞬立ち止まって、俺はボクっ子へと答えた。


「ダメだよ。このまま行けば、キミはきっと兄さんに殺されてしまう。ちょっと体術で上回ることは出来たかもしれない。ただ、念動が絡むとなると話は全く別だよ。兄さんは本物の怪物なんだ……」


 また一歩、俺は前進する。


「お願いだよ、ボクの為だというのなら止まって! 振り返って引き返してよ! もしキミが、それでも進もうっていうんなら……!」


 体がヒリつく。恐らくは、"念動"を放って俺を止めるつもりなのだろう。

 ――自分の為ではなく、俺の為に自らの手を汚すつもりなのだ。

 

 背中を向けたまま、最後となる言葉を告げる。


「例え後ろから撃たれようとも、俺は振り返らない。また立ち上がって、前進を続けるだけだ。俺が振り返るのは――友にこの手を差し出す、その時だけだ」


 フッと、背後からの害意が消える。

 俺は、友の勇気ある行動に対して敬意を示し、再び前へと進んだ。

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