下剋上
興奮冷めやらぬまま式を終えた俺たちは、誘導されて各教室へと移動していた。
教室へ到着すると、またもやそのスケールに驚かされる。
大型スクリーンの前に教壇が置かれ、それを階段式に配置させた座席が取り囲んでいる。
そこに机などは存在しておらず、何も伝え聞くことなく通されれば、劇場と見間違うような造りとなっていた。
三百人程は収容できるその空間に、先ほどの後ろ二列に座していた――旧大和国出身の生徒達が流れていく。
特に席の指定はなく、ここでは皆思い思いの位置に着席していた。
俺は、恐れを知らず最前列の中央に陣取る奏の隣へと腰を下ろす。
「これから、面白い事になりそうね」
そう言った彼女の口元には、薄い笑みが浮かんでいる。
「下剋上、か」
「ええ。いずれ自分の力で切り開くつもりだったけど、まさかこんな形でチャンスが舞い込んでくるなんてね」
下剋上――これは彼女がよく口にしていた言葉だった。
旧大和国王の元に産まれた彼女は、その才覚をしっかりと受け継いでいる。それは、この五百一番という番号――大和の中で最も能力が高いと評価を受けている事からも、明らかなことではある。
だが、そんな彼女も出身地のしがらみからは抜け出すことが出来ずにいたのだ。いずれは閉ざされる将来を憂い、頂点へと昇り詰める為、しがらみ打ち砕く事を目標としてきた。
まさに、最弱国大和からの下剋上を、だ。
そんな彼女にとって、これの機会はまさに棚から落ちて来た牡丹餅であるに違いない。
「やはり血の気が多いな、君は」
「ふふ、かもしれないわね。アナタは一体どう思っているの」
「俺は……」
俺は、どうだろうか。
現在の順位で言えば、五百九十九番。この学園の新入生の中で、下から二番目の能力の持ち主だと評価されているというわけだ。
男としてのプライドが全く疼かないといえば、それは嘘になる。
だが、自分の価値を決めるのは、結局のところ自分自身だ。
俺が目指しているのは"最高"であって、"最強"ではない。周囲がどう反応しようとも、"俺"は生涯"俺"であり続ける。
例え学園長の宣言がなかったとしても、しがらみや順位に捕らわれるつもりはハナからなかったのだ。
「俺は、常に俺の立つべき場所に立ち続けよう」
「アナタらしいといえば、アナタらしいわね。マイペースというか、自己中心? 自分を貫き続ける事――ある意味、ワタシよりもハードな道かも知れないわね」
「例えそこに待つのが棘の一本道だったとしても、俺は俺であり続ける為であれば、決して進むことを厭わないだろう」
「そうね。ワタシも、ワタシの実力で下剋上を果たすまで止まるつもりはないわ。だから、このチャンスは絶対に逃さない」
彼女の進みべき道もまた、決して平坦なものではないだろう。
だが、彼女の瞳に宿るその強い意志を覗いた者であれば、それが決して夢物語ではないとも思えるはずだ。
―-彼女の進むべき道に、幸多からんことを。
波乱の青春の幕開けを迎え、俺はささやかにそう祈った。
★
奏との会話を終えてしばらくすると、スーツ姿の小柄な女性が入室して来た。
癖のないショートカットの髪を靡(なび)かせ、スタスタと歩く。
ポツポツと端々から聞こえていた話声が止まり、教壇へと立ったその女性に視線が注がれる。
「え~、本日から皆さんのサポートを担当させて頂く、傘木奈都子(かさきなつこ)申します。一年間、よろしくお願い致しますね~」
言い終えて、軽く礼をする。柔らかい声での挨拶だった。
「今から、学園生活について簡単なご説明をさせて頂きます。詳しくは、個室の机に冊子備え付けておりますので、後程ご覧いただくようお願い致します」
若さを感じさせる見た目とは裏腹に、その話し方はかなり落ち着いたものだ。少々ぽわぽわとしている感は否めないが。
バリバリの新人というわけではないのだろう。
「ここ鳳学園は全寮制となっております。基本的には、長期休暇を除いてこの学園内で生活してもらう事になります。施設の利用は原則自由となっておりますので、どうぞ有効にご活用くださいね~」
そういえば、この学園の施設の充実度はかなりのものらしい。
俺は目を通していなかったのだが、奏が入学案内を見て興奮していたのを覚えている。
温泉や、映画館などの娯楽施設も存在しているという。存分に学園生活を堪能する為、後で詳しく確認しておくとしよう。
「次に、講義についてです。定められた必修科目以外、特に卒業要綱に必要な単位はございません。ですので、それ以外は基本的に自由時間となります。自己研鑽にお努めください。教養の為の講義も開催されておりますので、こちらもご参加をお待ちしております~」
恐らく、俺たちの持つ"才覚"についての講義が必修となっているはずだ。
一般の学校では学ぶ必要の無い事だろうが、俺たちにとっては最重要科目となる。
自由時間については……そうだな。青春を謳歌する時間としよう。
「そして、本日の午後から部活動の紹介が各所にて開催されております。強制ではありませんが、学園では部活動への参加を推奨しております。ぜひ一度見学に足を運んでみてくださいね~」
それは面白そうだ。
これぞ青春といったモノを味わうことが出来そうな気がする。
しっかりと見て回ることにしよう。
「では、最後になりますが、皆さまの番号についてのお話です」
学園での生活に思いを馳せ、少し浮ついていた生徒たちが一斉に背を伸ばす。
一気に空気が引き締まっていくのを感じる。
「これは、基本的に必修科目の成績に応じて学期末に変動します。純粋に数値で判断する事となりますので、存分にお力をご発揮なさって下さい」
これは学園長の宣言通り、旧出身や、能力での忖度は含まれないという事だ。
まさに、完全なる実力主義の評価システムとなるのだろう。
「それに加え、学期末以外でも数値が変動する場合があります。例を挙げるとすれば、実戦形式での模擬戦闘などですね。その勝敗の結果次第においては、一気に二ケタ、三ケタと順位を上げることも可能となるでしょう。また、その逆のケースに陥ってしまうというのもあり得るわけですが」
聞き終えると、生徒たちの目の色が変わった。
特に隣の彼女は拳をグッと握りしめ、早くも闘志を燃やし始めている。
「ちなみに模擬戦については、書類提出の上、双方の合意に基づいて行われる事となっております。申請に基づいて行われた対戦以外での結果は認められませんので、くれぐれもご注意ください。さらなる詳細は寮の冊子、あるいは申請書類提出時に改めて説明を受けることなりますので、ここでは省略させて頂きます」
今度は、一気に場の空気が盛り下がっていくのを感じた。
奏においては握りこぶしを開き、ガクッと肩を落としている。
今の説明を聞けば仕方ない。
基本的に、上位の者は模擬戦を行う必要性をあまり感じていないだろう。
順位が下がるリスクが一方的に負担となっているからだ。
双方の合意が必要とあっては、なかなか実現するものではないはずだ。
「では、説明は以上とさせて頂きます。それでは、今から寮の方にご案内いたしますので、誘導に従ってください」
皆が立ち上がり、続々とドアの方に流れていく。
「うーん…。一発逆転チャンスキターって思ったのになあ」
「世の中、そう旨い話は転がって来ないという事さ。さて、寮での荷の整理済ませよう」
「そうね。その後はどうするつもり?」
「部活動の見学に行こうと思っている。君も一緒ににどうだろう」
「だらだらするのも性に合わないし、付き合うわ。終わったら連絡するわね」
「ああ。ではまた」
奏とはそこで分かれ、俺は誘導に従い男子寮へと向かった。
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