鳳学園

無事、会場となる体育館へと辿り着いた俺たちは、またもやその光景に驚愕していた。


「ボク、ここは絶対違うと思って引き返しちゃってたよ…」


 地図を暗記していた俺は真っすぐに足を踏み入れたのだが、そこに躊躇いが全くなかったのかと言えば嘘になる。


「まさか、どこからどう見ても宮殿にしか見えないこの建物の中身が、体育館だっとは」 


「正面の入り口といい、かなり西洋を意識した造りの建物が多いわね」


 もしかすると、あえて外国の作りを採用することで、少しでも国内のしがらみが挟む余地をなくしているのかもしれない。

 

 その一風変わった外見とは打って変わり、中はバスケットのゴールや照明なども取り付けられた、所謂普通の体育館造りとなっている。

 入学式の為か、下には赤じゅうたんが敷かれ、椅子が並べられていた。


「俺の席は…うん、最後列のようだな」


「ワタシは、アナタの一列前で向こうの方ね」


 椅子の後ろには番号が記載されている。

 この番号は、入学前に事前に通告されていたものだ。これからこの椅子だけではなく、寮を含めた学園生活全般で名前の代わりに使用するモノとなっている。ちなみに奏は五百番で、俺は五百九十九番を受けている。


「あっ……。そっか」

 

 一瞬、ボクっ子の表情が曇る。

 が、すぐに気を取り直したようにして言葉を続ける。


「僕はもう一つ前で、あっちの方みたい。そうだ、名前…」


「すっかり伝えそびれていたな。俺は青生空人だ」


「桜川奏よ。よろしくね」


「青生君と…桜川さん、ね。ボクは海藤(かいとう)萌(もえ)。今日はありがとう」


 ピョコりと礼をして、萌は自分の席の方へと去っていった。


「やっぱり、大和の出身ではなかったわね」


 ポツリと奏が言葉を漏らした。


「何故わかる」


「席よ。後ろの二列が旧大和出身者の席になっているの。それで、この番号は能力順になってるみたいよ。まあ、珍しくもない並びね。全部入学案内に書いてあったでしょう。大和は立場弱いから、順当に、いつも通り最後尾よ。そして、その中でもあなたは下から数えて二番目」


 呆れたように奏が説明してくれる。


「そうだったのか。にしても、この俺を最後尾に置くとは。学園よ、その度胸だけは認めてやろう」


「ふふ。なら、本気を出してみれば?」


 挑戦的な目で彼女がこちらを見つめる。


「何を言う。俺は常に全力全開だとも」


 真っすぐに彼女の目を見て、淀みなく言い返す。


「…はあ」 


 納得いく答えではなかったのか、不満げな溜息が帰ってくる。

 が、すぐに取り直して彼女は言葉を続けた。


「空人。さっきは状況が良かったから口出しはしなかったけど、これからは慎重に動きなさい。じゃないと、傷つくのはアナタになるわよ」


「…ありがとう。心に留めておくことにするよ」


 旧出身地としがらみ。それがこの場の席順にまで影響しているとは……。

 こんな形で出会った萌とも、もしかすればこの先、友好的ではない形で向かい合う事もあるのかもしれない。 

 

 ……だが。まあ。

 その時はその時だ。

 

 一瞬頭をよぎった暗い考えを捨て、迫りくる青春の始まりに思いを馳せることにしよう。

 俺は静かに自分の席へと腰を下ろした。



 会式予定時間の十分も前になると、準備された席はビッシリと埋まっていた。

 数えると、横五十人が縦十二列で続いている。どうやら、今年の新入生は総勢で六百名に及ぶらしい。

  

 程なくしてアナウンスが流れ、本年度の鳳学園入学式が開式した。


『では、学園長からの式辞に移ります』


 その一言の後、周囲の空気が一気に引き締まった。

 やがて、壇の端から男の姿が見えて来る。

 

 …かなり若い。歳は俺たちよりも少しだけ上と言った所ではないだろうか。細身であり、体格的に優れているといったわけではないが、遠目で見ても感じ取ることが出来るほどの威圧感がある。ただ歩いているだけのように見えて、その動きには一切の隙が見当たらない。

 恐らく、相当な才覚と実力の持ち主なのだろう。


「まずは、入学おめでとう。今年は、特に優秀な新入生が多いと聞いている。君たちのこれからの活躍に期待しよう。さて、そんな今年で日本の建国、そして当学園が開校してから二十周年という節目を迎える」


 海の向こう側――異文化圏からの脅威に備えて六つの大国が協調した結果、日本は誕生した。

 旧出身地というのは、この協調以前の大国の区分けが元になっている。俺たちの出身は現在の近畿圏における、旧大和国領内だ。


「節目――これを私は"転換点"として捕えたい。君たちには、今のこの学園における惨状を、正直にお伝えしたいと思う」


 場内にどよめきが走る。新入生だけではなく、参列しているおそらく講師と思われる面々も顔を見合わせていた。


「この学園では、日本国建国以前の"旧出身地"による意識が問題となっている。これによって、実に多くの者が、自身の才覚とは関係なく肩身を狭くしている。実に嘆かわしい事だ。そして、これは卒業後にも続く長いしがらみの始まりともなっている」


 協調以前には当然というか、国同士での諍いも絶えず存在したという。二十年という月日が経った現在でも、未だに国内で完全な調和は実現していない。少なからず、感情的な溝が存在しているのだ。

 しかし、いずれにせよ俺たちが生まれる以前の問題である。

 過去とは無関係でいることは出来ないにしろ、その遺恨までを未来へと受け継いでいくべきでは無いと俺も思う。


「よって、私はこの悪しき風習をこの日本から取り除く。その為には、起点となっているこの学園から変革を進める必要があると判断した。その為の第一歩が、君たちの番号だ」


 六百まで続く番号の中で、俺は五百九十九。

 あまりにも挑戦的なこの番号に、学園長様はいかなる意義を見出しておられるのだろうか。


「この番号は、君たちの旧出身地域による序列、そしてその中での能力評価が基準となっている。例えば、最も番号の若い一番の生徒。これは最も立場的に強い関東出身者の中で、一番の実力者に与えられる番号となっている。逆に六百番の生徒は、最も立場敵に弱い大和出身で、一番能力の低いものとなる」


 確かに、旧出身の中にも序列という物がある。

 協調時に保有していた戦力の大きさによって、自然とそれは生まれたという。


 そして、この番号制度は明らかにこの国の現状を表している。

 どれほど優秀なものであろうと、しがらみの中にあってはその実力を適正に評価されることがない。

 例え大和一の実力者になろうとも、関東の百位の能力評価には敵わないのだ。

 そう。能力と出身地のみを持って評価されるのが、この国の現状なのだ。そこに、実力が加味されることはない。

 

「この番号は、あえて現状にのっとって選定した。そして今後、君たちの持つ実力によってのみ、これは変動する。そこに一切の忖度が反映される事はないと約束しよう」


 力強く学園長が言い放つ。

 すると、後列の生徒達からは、徐々に色めき立つようにして拍手が送られ始めた。

 その反応とは逆に、前列の生徒たちは温度を下げるようにしてに沈黙を貫いている。


 ここ鳳学園は、日本設立と同時に誕生した初の国立高等教育機関である。

 入学試験制度は存在せず、ある"才覚"を認められた者だけに入学許可が与えられるのだ。

 当代に最高の"才能"を持った精鋭が集い、日本の将来を担うための教育がなされる。

 

 だが、同時にそこでは実力だけでは決して乗り越えることの出来ない"しがらみ"を生み続けている。

 この国の希望とも言える学園を舞台に、変革という名の波乱が今、巻き起ころうかとしていた。

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