医務室

その後、大声を聞きつけた為か、徐々に人が集まって来ていた。

 だが、それよりも先に兄は男たちに引きずられて去り、俺たちも萌を抱えてその場を後にしている。

 その為、どうやら今回のこの事態がすぐに露見することはなさそうだった。


「空人、アナタっていう人は本当に……」


「これもまた青春だと、君はそう思わないか」


「ええ、まったく。私は青春にアルゼンチンバックブリーカーを必要としない派よ」


 この辺りについては、それこそ今から二晩かけてじっくりと話合いの場を持ちたい所ではあったが、どうやら萌のお目覚めらしい。

 またの機会とすることにしよう。


「やあ。ご機嫌はいかがだろうか」


「それを言うならご気分でしょう。気絶したのはアナタの足払いの所為なんだからね。ちゃんと謝りなさいよ」


「その件については……すまない、非常に申し訳なく思っている」


 そう、萌はあの後意識を失っていた。

 原因は、俺の足払いに巻き込まれ、これまた受け身を取ることなく引き倒されてしまったことによる為だ。


「あ……って痛っ!」


 寝起きでまだぼんやりしているのだろう。

 体を起こそうとした為か、先程痛めたばかりの腕を使ってしまい、苦悶している。


「骨などに特に異常はないようだが、まだその腕は動かさない方が良いだろう。そして、頭部についても無事だ。可愛らしいたんこぶが出来た事以外は、だが」


 手当をして頂いた医務の方からの説明なので、間違いはないはずだ。


「あの、ボク……。ボクのせいで、ごめんなさい!」


 友達にならない方が良いといったのは、先ほどの様な事を予見していたからなのだろうか。

 それを自分の所為だという彼女に、かける言葉は決まっている。


「さて、何を謝る必要があるというのだ」


「こんなボクが、友達が欲しいなんて思ったばっかりに、二人を変な事に巻き込んじゃって……」


 またもや、目から雫を落とそうかという雰囲気だ。

 それを察したのか、奏は優しく萌の頭を一撫でする。


「そんな事、ワタシたちには関係ないわ。それに、ワタシ巻き込まれるのは慣れているから」


 こちらをジト目で見ながら、奏は優しく告げた。


「でも、このままじゃきっと、兄さんたちがまた……」


 何といっても、相手は安芸国の王子様らしい。どんな手を使ってくるのかは、正直想像がつかない。

 これによって、国同士のしがらみを悪化させる原因になってしまう可能性も大きくある。


 だが、それならそれで構わない。

 もしも安芸の者たちがあの様な男を支持し、この萌を虐げるような事が続くというのであれば、目を醒まさせてやる必要がある。

 例え、この学園中にいる安芸出身の生徒全員が敵に周ろうとも、だ。

 拳で語り合うのも、また青春だろう。


「何度来ようが問題はないさ。残念ながら、相手はこの俺だ」


 キメにかかったところで、ポコっと奏に頭を小突かれる。


「ワタシたち、でしょ」


 なんとも心強い味方になりそうだ。


「な、なんで……。今日会ったばかりのボクに、こんなにしてくれるの」


 困惑した表情を浮かべながら、萌が尋ねる。


「言っただろう、俺たちは既に友だ。そして俺は、友を見捨てるような真似は絶対にしない」


「友、だち……」


 彼女の頬から、また雫が流れ落ちた。

 その顔を俺に見せまいと、奏は萌の顔を胸に抱く。


 一王国の妾として生まれた彼女が、これまでどのような人生を歩んできたのかは、さほど想像に難くはない。

 今日の様な場面一つ見ても、決して易い道ではなかったのだろう。

 

 だが、その過去は後に笑い話として聞かせてもらう事にする。

 この学園で大勢の"友"に囲まれながら。

 "昔"は辛かった、とでも語りの始めとして……。



 萌を宥(なだ)めて医務室を出た頃には、外はもう少し暗くなってきていた。

 気を失ったという事もあり、彼女は一晩をここで過ごすことになってしまった。


「今日はもう帰りましょうか」


「ああ。すまないな、少々迷惑をかける事になりそうだ」


「いつもの事でしょう、気にしないで。ちょっと面倒事にはなりそうだけど、どうせいつかは倒す予定の相手みたいだし。ついでに下剋上とでもいくわ」


 相手が安芸国という事は、大和よりは一つ序列番号が先の国という事になる。

 そこの王子ともなれば、番号的にも上位、若しくはトップという可能性もあるだろう。

 上を目指す彼女にとっては確かについでに倒しておくべき存在という事だ。


「うむ。前向きな女性は魅力的に見えるぞ」


「ありがとう。こうでもしないとアナタみたいに気の触れた人とはやってられないからね」

 

 サラッと言い、奏は寮の方へと振り向いた。

 

「それと……」


「なんだろうか」


 振り向いたまま、彼女が語り掛けて来る。


「あの尋常ではない踏み込みの早さ。やっぱりアナタ、只者じゃなかったのね」


 顔だけを振り返らせ、彼女はニヤリと笑う。 


「何、逃げ足にだけは自身があるのさ。今日はそれがたまたま前を向いただけ、内心ではビクビクだったよ」


「ふーん、まあいいわ。やっぱりアナタは、面白い」


 再度振り返り、今度こそ彼女は去っていった。

 

 さあ、俺も帰ることにしよう。今日からは、彼女と同じ家に戻るわけではなくなるのだ。

 少々の寂しさを感じながら、俺は寮へと向かった。



 寮の自室の前に到着すると、ポストに何か詰まっているのが見える。なにやら、白い封筒の様だ。

 それ手に取り上げてみると、表にはこう書かれていた。


――『模擬戦闘申込通知書』と。  


 どうやら、早速面倒が起こることになりそうだ。

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