モンスター娘BBA、人間の赤ん坊を拾ってママになる
@dekai3
万落の華(ばんらくのはな)
オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア
降りしきる雨の中、赤ん坊は魔猪の血と消化物と崩れた人の肉片に塗れ、それでも自分は生きているのだという主張の為に泣き叫んでいた。
「ふふっ、ほぅら、おいで。ここまで来れたらご褒美をあげよう」
「あー、うー、あぅあー」
激しい雨が降っていたあの日、私は私の領域に侵入して暴れていた巨大魔猪を処分した。
魔猪は人間から追われた身らしく、その体には無数の槍や矢が刺さっていて、目は片方が潰れていた。
残っていたもう片方の目も見えていなかったのだろう。いや、目だけではない。鼻も耳も満足に働かず、自分が何処を走っているのかさえ分からなかったはずだ。
この樹海は人も魔物も生きて帰さない不可侵の樹海。
許可なき侵入者は全て樹海の養分とすると対外に知らしめている。
あのような知能の低い魔獣でさえ、経験や本能によってその事は理解しているはずだ。
しかし、闇雲に逃げる手負いの獣にはそれが分からなかったのか、魔猪は樹海の木々や草花を踏み荒らしながら進んでいた。
だから、処分した。
蔓で四肢を捉え、暴れる体を枝で拘束し、一撃で頭部を砕いて弾けさせた。
種を植えて生きたまま華を咲かせてもよかったのだが、少々腹が立っていたため気が晴れるこの処分法を取った。
動かなくなった魔猪の拘束を解き、思ったよりも飛び散った肉片の処理は蟲達に任せようかと考えていると、魔猪の首の辺りから赤黒い肉の塊が零れ落ちてきた。
消化されかけの人間だった。
表面が溶け、骨や内臓等が覗いている二つの肉塊が、お互いを抱きしめるような形で重なって丸まっていた。
肉の塊は地面に落ちると衝撃で二つに分かれ、直ぐにボロリと崩れ落ちる。
私は(よく形を保っていたな)と思い、その肉塊に近付いた。
消化途中の人間など見ても面白くは無いのだが、何故かその塊のあり方が気になったのだ。
そして肉塊の残骸の側まで来た時、崩れ落ちた肉の残骸から人間の赤ん坊の鳴き声が聞こえてきた。
オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア
降りしきる雨の中で、赤ん坊は魔猪の血と消化物と崩れた人の肉片に塗れながら、それでも自分は生きているのだという主張の為に泣き叫んでいたのだ。
先ほど崩れたのはこの赤ん坊の親で、魔猪の腹の中でも我が子を生かそうと足掻いたのだろう。
もしかしたら無駄に死ぬまでの時間を長らえるだけの結果になっていたかもしれない。しかし、彼等は賭けに勝ち、子供だけでも生き延びさせることに成功した。
アルラウネである私には理解が出来ないが、これが人間の親という物なのだろう。子を生かすためならば自らの命さえも使う。
だが、ここは不可侵の樹海だ。
それが自ら動けぬ赤子であったとしても、私の領域に無断で入った物を生かして帰すことは出来ぬ。
私は赤子を蔓で掴み、苗床にするために手繰り寄せる。
種を植える前に顔だけは覚えてやろうと思い、顔の前まで持ち上げる。
すると、あれほど泣き叫んでいた赤ん坊が急に静かになった。
死んだのかと思ったが、そうではない。
赤子は私をジッと見つめていた。
私は急に静かになった赤ん坊の行動が理解できず、意図を問う為に瞳を見つめ返した。
ペチッ
蔓で逆さまにぶら下げられたまま、赤子は手を伸ばし、私の頬を撫でた。
いや、撫でるというには少々乱暴で、叩いたが正しい。
疑似餌にもなるこの身は人の形を模しているが、触り心地までは違うはずだ。
それなのに、赤子は私の頬を撫でながら顔をくしゃっとさせて笑った。
何故笑う。
赤子の不思議な行動に呆気を取られてしまい、私は赤子を苗床にする気が失せてしまった。
だからと言って魔猪のように殺す気にもなれず、仕方なく、その日から私はこの赤子を育てることにしたのだ。
自分でも自分を理解出来ないが、人間であるというのに殺す気になれなかったのだ。
ここで育てるのならば樹海から生きて帰さぬという建前も守れるだろう。
そう簡単に考え、赤子を領域の奥へと持ち帰った。
そして、今に至る。
人間の赤子を育てるというのは思ったよりも大変で、これ程の戦いは六千年弱生きてきて五回と経験していない。
始めは泣き叫ぶ赤ん坊相手に何をしたら良いのかが分からず、上から水をかけたり足を腐葉土に埋めたりしたのだが、全く効果が無かった。
寧ろ一層激しく泣くようになってしまい、どうしたものかと途方に暮れていた所、偶然フクスカッツェの奴が魔猪の被害の確認に来たのだ。
フクスカッツェは人に近い獣人で、自らの母乳で子を育てた事のある経産婦らしい。
私は泣く赤子を取り上げられ、フクスカッツェに懇々と説教をされた。
フクスカッツェはヘルシャの使途であり、ヘルシャは私と同格だ。
なのでフクスカッツェは私より格下の存在なのだが、あの押しの強さは『母』という属性の力なのだろうか。誰かに『座れ』と正座を強制されたのは初めてだった。
そして、説教を終えたフクスカッツェから哺乳類は口からしか栄養を摂取できない事、体温調整が出来ないので服を着せる必要がある事、排泄物はなるべく直ぐに拭き取り清潔にさせる事、生活の為の住居が必要な事を教えられた。
はっきり言って、とても面倒だと思った。
だが、そう言うとフクスカッツェの説教がまた始まるから言えなかった。
フクスカッツェが『拾ったのならば最後まで責任をもって育てるべきだニャン』と言うので、仕方なく、そう、仕方なく深層領域の一部を赤ん坊の為に切り開いて専用の住居を作った。
住居だけではない。赤ん坊が怪我をしないように木の根を抜き、地を均し、遠くへ行かないように柵も作った。
母乳は手に入らないので、それに近い栄養の蜜や木の実が成る木を作った。
衣服はエルフ達から香辛料や香草と交換で手に入れた。
今までの生活からは考えられない事だらけで、とても疲れた。
樹海は管理がおざなりになって草木が無造作に生え散らかされ、侵入者抑止の罠は魔猪に破壊されたまま放置され、布おむつは洗ってない物が山積みで、ドワーフに作らせたおもちゃは汚れて放りっぱなしだ。
今この深層領域を攻められたならば、あっさりと没するだろう。
全く、どうしてこんな事になったのやら。
「あぅ!あぅ!あ~~!!」
「お?よぅし、良く来れたな。ほぅら、高いたかーい」
「きゃっきゃ!」
私の元まではいはい出来たご褒美として、蔓を使って天高く持ち上げる。
「全く、お前は気軽なものだな」
私の苦労など知らずに天高く持ち上げられて喜ぶ赤ん坊を見て、私は自分の口角が上がっているのに気付く。
とても面倒でとても疲れているが、何故か気持ちは穏やかだ。
『これが子育てという物か』そう思いながら天高い高いを続ける。
それにしても、偶然フクスカッツェがやって来なければこの赤ん坊はとっくに死んでいただろう。いや、そもそも私は赤ん坊が死んでも構わないというつもりでいた。
拾いはしたが、ここまで積極的に育てるつもりは無かった。
人は我々魔物を滅ぼしかねない脅威である。
人は私が生涯で一人の伴侶と定めた、あいつを殺した種族である。
神の庇護下に入ったので表立って手を出せなくなってしまっただけで、恨みは未だ消えていない。
そうだ、何故忘れていた。
この地に入った物は何であれ樹海の養分にするのではなかったのか。
それが人と神に殺されたあいつの為に私が出来る事。
あいつが褒めてくれた私の体を、人の血で育てるという事。
人の血で育った私の体で、何時の日か神どもに復讐をする事。
それだけを考えて生きていたのに、何故忘れていたのか。
フクスカッツェとの約束などどうでもよい。こいつに種を植え付け、私の一部にしなくては。
高く持ち上げていたそれを、顔の前まで降ろす。
「あぁ、う…あんぁ?」
何故、私はこんな無駄な事をしていたのだ。
「あん…?あぅあ…あんぁ?」
まさかあそこで人を見つけるなどとは思っていなかったからだろうか。
「あんぁ…まんあ……」
確かに予想外だった。あんな状況で生きている人間が居ると思うわけが無い。
「まんあ!…まんあ?……まんぁ!」
だから、こんな戯れを。
「まんあ…?あぅま…?」
それもここでお仕舞いだ。
体内で生成した種を口内まで迫り上げ、口移しでこいつの体内へと、
「まんま……まま………まま!」
「まんま!まぅま!ま……ま!まま!!」
何を。
「まま!きゃっきゃ、まま!まーまぁ!まーま!」
今、私は、何を。
気が付いたら、私は両の手で赤ん坊を抱きしめて泣いていた。
私の中の失ってはいけない大事な物と、新しく生まれた何かがせめぎ合い。その余波が目から溢れている。
目から涙を流すなど、まるで人間のようではないか。
私はおかしくなってしまったのかもしれない。
いや、もう何百年も前からおかしかったのかもしれない。おかしかったから、こんな人間の真似事をしているのだろう。
ならば、最後までやってみようではないか。
私はこの子を育てる。最後まで育ててみせよう。
どうせ何千年も生きる上での戯れ事だ。この子が死ぬまで、私はこの子のママで居よう。
私の気持ちなど知らず、私をママと呼びながら笑う、この子のために。
私が息子のママになってから七年が経った。
数千年を生きる私にとって七年という月日はとても短い物だが、子供を育てる七年というのはとても長く感じた。
大変な毎日ばかりで投げ出したくなる日もあったが、それでも私は子育てを続けていた。
あの日以降、不思議な事にあれだけ憎んでいた人間と神への憎悪は減ってきている。無邪気な子供の陽気に当てられたのか、それとも単純に子育てが忙しくて他の事を考えていられないだけなのかは分からない。
未だ人間と神を許すことは出来ないが、当時の関係者では無い者まで恨むのは筋違いだと、そう思うようになった。
私の心境の変化は配下達にも伝わったらしく、ヒノツカサから『あっしも子供が育てたいのでコジインを作らせてください』という要望が上がってきた。
ヒノツカサが孤児院を作ると言い出した原因の雑誌記者は信じることが出来ないが、息子にも友人が必要だろうと考え、許可を出した。
すると、ヒノツカサの他にも子育てをしてみたいと言う者は多かったようで、急遽フクスカッツェを招いての勉強会が始まった。
そこでは経験者の私も講師側に回り、息子を育てる時に失敗したことからの反省を語った。
配下の物達は私の話に半信半疑で驚いていたが、今も尚やんちゃな息子を見ると温かい顔になり、全員が納得してくれていた。
私達は集団での子育ての方法を学び、森を切り開いて孤児院や樹海の外までの道を用意し、子供達のための果樹園や野菜畑を作り、人間と接するのならと服を着る習慣を身に付けさせられ、万全の体制を整えてから雑誌記者が連れてきた何人かの孤児を迎えた。
最初は魔物の群れに恐怖していた孤児達だったが、比較的外見が人間に近い者達と息子の強力もあり、直ぐに受け入れてもらうことが出来た。
こうして私達は子供達を育てることになり、不可侵だった樹海を開放した。
この事に多くの魔物達が抗議に訪れたが、それらは全て力で捻じ伏せた。
しかし、逆に自分も子育てがしたいと言う魔物は受け入れた。子を成せない魔物も、子を連れた魔物も、わけ隔てなく受け入れた。
時には噂を聞きつけた人間が来る事もあった。今更人間を拒絶する理由は無く、私達は人間も受け入れた。
私達の孤児院は大きくなり、村へとなるのに時間はかからなかった。
「大変だ!巨大な猪がキャラバンを襲っている!!」
私達の村は大きくなり、既に町と呼べるレベルにまでなっていた。
町ともなれば自給自足で全てを用意するのは難しく、物を買う為に他の町へ出向いたり、逆に行商人やキャラバンに町まで来て貰うようになった。
あの雑誌記者が王国で大々的に宣伝してくれたようで、私達の村は『不可侵の樹海の開拓に成功した村』と呼ばれ、一部の商人達からは新天地の扱いを受けている。
既に何回か取引をしている商人も存在しており、今日もその商人を筆頭としたキャラバンが訪れるはずだった。
「母さん!戦える者を集めて行って来ます!!」
私の息子は立派な体格になり、人間態の私より大きくなった。
今では人間達のリーダーを勤めていて、魔物達からの評判も良い。
「ああ、頼む。私は皆を落ち着かせて負傷者の受け入れの準備をしておこう」
私は樹海を支配していた延長で、この町の長として任命された。
魔物達の中に統率力がある者が居なかったのと、人間達は外から入居してきた者ばかりだったため、消去法で仕方なくだ。
息子は幼少期から私や配下の者達によって鍛えられており、そこいらの王国兵や魔物には負けない実力を持っている。食事を特別栄養のある物にしていた甲斐もあって健康面も万全だ。
なので今更心配する必要は無いだろうと、装備を整えた息子を見送ってから気付く。
巨大な猪だと?
まさか……?いや、あの時の魔猪は確かに私が処分した。ならば、魔猪の仲間かもしれない。
抜かった。あれが一匹で済むわけが無い。今まで話題にも出なかったから思い出すのが遅れた。
あの時と同じレベルの魔猪ならば息子が負けるわけは無いが…
息子の事は信じているが、それでも胸がざわつくのを止めれなかった。
もしも、もしも息子に何かあれば。私は冷静で居られるだろうか。
今すぐ追いかけ、呼び戻したい。
だが、今の私は息子の事だけを考えるわけにはいかないのだ。
村の事を考えて行動しなければならない。
母親としての私を、町長としての私が抑える。
立場という物が、これ程までに重いとは。
心の中を義務と責任の言葉で支配し、町の者達を宥め、指示を出し、うろたえる姿を見せぬよう振舞う。
結果として、息子は無事に帰ってきた。
良かった、本当に良かった…
だが、キャラバンには少なく無い被害が出ており、町長の私が息子の無事を喜ぶ姿を見せるわけにはいかなかった。
後日、私は町に教育機関を設立する事を提唱した。
学問だけではなく、戦い方や日々の暮らしを楽にする方法も教える施設だ。
今回のような事態を個々に対処できるようにする為と、キャラバンの負傷者を受け入れたことで生じた雇用不足の解消の為。
この二つの建前はすんなりと受け入れられた。
本当の理由は私が町長を辞めて講師になれば自由な時間が作れるからだ。
そもそも、仕方なく町長をやっていただけなので私である必要は無い。
町長の役職は今回の武勲という事で息子に譲った。まだ十数年という若い年齢だが反対する者は居なかった。というか反対させなかった。
これでいつでも自由に動ける。いつでも息子と一緒に居られるな。
と思っていたが、講師の仕事が忙しい。
毒の無い野草の区別ぐらい自分で付けろ。作物によっては栄養を奪い合うから相性を考えろ。適切な耕し方や水の量は植物の声を聞け。化粧の仕方?知らん。子供の躾は一人でやろうとするな。私の戦い方は人間には無理だ。息子の好物?栗のケーキだな。久しぶりに作るか。スタイルの維持の方法?知らん。それは灰汁に一日浸してから食べろ。集団戦は戦う前の準備段階で決まる。嫌いな野菜は甘く煮て慣れさせろ。息子は巨乳と貧乳どっちが好きか?知らんがたまにヒノツカサの胸元を見ているな。私のほうが大きいのに。今日はクッキーを焼こう。後でお父さんやお母さんにもって行くと良い。若さの秘訣?うまい水と空気と日光だ。え、そういう事じゃない?
忙しい。忙しすぎる。
だが、こうして頼りにされるのは悪くない気分だ。
今までは魔物と人間の間に溝のような物があるように感じたが、この教育機関でそれぞれがそれぞれと接する機会が増え、溝は埋まったように思える。
町長をしていた頃は遠巻きに見られていただけだったが、ここで働いた事で私にも人間の友人が出来た。
息子と接する機会は減ってしまったが、まあ、こういうのも悪くは無いだろう。
「ねぇ聞いた?マタンゴのタメさん、魔法使いのブレスさんとくっつくんだって」
「あの電撃魔法が得意の?以外ねぇ」
「なんでも胸にビリッと来た物があるとかなんとか」
「それは感電しているだけでは無いのか?そもそも胸があるのか?」
今日は街のカフェテラスにて、吟遊詩人のリーザと学者のレナと三人でお茶をしている。
リーザはこの街が孤児院だけだった頃からの付き合いで、レナは教育機関の同僚だ。二人とも人間だが私の友人である。
今話していたのは街の噂話で、茸型の魔物と魔法使いの人間が結婚するという内容だ。
最近はこの手の話をよく聞き、実際に街中では魔物と人間のカップルが増えている。
あのヒノツカサも雑誌記者といちゃついている所をよく見かけるし、誰が誰を好きになろうが問題は無いので止めはしない。だが、あの記者はなぁ…
「そう言えばカンザンちゃんの息子ちゃんはどうなの?ピルキーちゃんにもうプロポーズした?」
「ぶふぉっ!??」
「ちょっとカンちゃーん、きーたーなーいー」
「ゴホッ!ゴホゴホ!!」
想定外の内容を聞き、思わずむせて紅茶を吐いた。
私達は基本的には日光と水を浴びることで栄養補給をするが、体内の空洞に溶解液を溜める事で胃のような物を作る事が出来、消化しやすい液体や粥程度ならば口から摂取する事が可能だ。
いやいや、消化器官の事はいいのだ。それよりも息子の事だ。
「い、いいいい、いったいなんの…」
「カンちゃん震えすぎでしょ…カップの紅茶全部零れてるわよ?」
「あら、知らなかったの?誰が見てもピルキーちゃんの事を好きなの丸分かりなのに?」
知らない。聞いてない。
「カンちゃんって気配り上手なのにそういう所あるわよね。身内に対して甘いというか、信頼しているから細かく見ていないというか」
「言われてみればそうね。ヒノツカサちゃんの事も本人から聞くまで知らなかったんでしょ?ずっと前からあんな感じだったのに」
「そ、そんな事は無い…はず……だと思う………」
詳しく聞きだすと、どうやら息子はあの時に助けたキャラバンの商隊長の娘の事が気になっているらしい。
魔猪に襲われた際に商隊長が犠牲になり娘だけが生き残ったので、町の住人として受け入れた事はよく覚えている。
その時から息子がよくあの娘に物を届けたりと便宜を図っている事は知っていたが、親が死んだ事の慰めと新しい暮らしに慣れてもらうための手伝いをしている物だとばかり…
「ま、気になるなら帰ってから直接聞けば?もしも結婚したら一緒の家に住むんだし、先に知っておいたほうがいいでしょ?」
「そうね、私達の憶測よりも息子ちゃんに聞いたほうがよろしいかもね。もしかしたら勘違いの可能性もあるし」
そう言われ、本日のお茶会は終わった。
そうか、息子も好きな相手が出来たのか。いや、出来ていたのか。
未だに家の中で服を着ないで居ても何も言ってこない息子だが、ちゃんと異性に興味はあったのだな。
もしも同性や不定形の魔物趣味に走ったらどうしようかと思い、女体に興味を持たせるために肌を晒していた甲斐があったという物だ。決して服を着るのが面倒だったわけではないぞ。
それにしても、好きな相手か。
私は生涯の伴侶と定めた者を人と神によって失った。
もう三千年も前の事だが、あいつとの思い出は昨日の事のように思い出せる。
もしもあいつが生きていたのならば、今頃私は魔界の王妃だっただろう。
だが、もうそうなる事は無いし、そうなれば息子と出合うことも、人間の友人を作る事も、この街が産まれる事も無かった。
だから、今更過去に戻りたいとか、過去を変えたいとは思わない。
だからこそ、息子には私のように過去の思いに囚われて欲しくない。
家に帰り、夕飯の準備をし、帰宅した息子と食事をしながら、息子に『好きな相手に思いを伝えるのは早いほうがいい』と伝えた。
息子は昼間の私と同じようにスープを噴出してうろたえたが、私が真剣な顔をしているのに気付くと、同じように真剣な顔をして『分かった』とだけ言った。
次の日、息子はプロポーズをし、婚約者を連れてきた。
その次の日、結婚式が始まった。
待て、早くないか?
確かに人間の一生は私達より短いので相対的に時間の経過を早く感じるかもしれないが、これは早くないか?
プロポーズした翌日に結婚式など、魔物の私でも流石に早いと思うぞ?
だが、そんな私の混乱は余所にあれよあれよと式は進み、孤児院に居た息子の友人達から思い出を語る余興があり、たまたま来ていた吟遊詩人一団からの祝いの歌と踊りがあり、街中総出で息子の結婚式は祝われた。
そして日が傾き始めた頃、式の締めくくりとして息子と義理の娘になる二人から私に向けてのスピーチがあった。
内容はよくある、育てたことへの感謝の内容。
息子が私の本当の息子では無い事は街中の誰もが知っていて、私も息子を拾った時の事は公言しているので、今更畏まって言われるほどの内容ではなかった。
だが、息子の『自分を育ててくれてありがとう』と、義理の娘からの『この街を作ってくれてありがとう』の二つの言葉を聞いたとき、私は恥も外聞も忘れ、目から涙を流していた。
息子も泣いていた。義理の娘も泣いていた。私の隣に居るリーザとレナも。ヒノツカサとあのいけ好かない記者も。式に参加した者全てが、この街の住人全てが、泣いて、泣きながら笑っていて、私は、私はようやく、人の親になる事が出来た気がした。
後でリーザとレナの二人に呆れられたのだが、私はずっと、自分は息子の親に相応しいのか疑問に思っていた。
息子を拾った理由は気まぐれで、自分で産んだわけでもなく、自らの乳を与えたわけでも無い。その上自分は魔物であり、息子と種族が違う上にアルラウネなので体の作りも全然違う。
だから常に不安が合ったのだが、息子と義理の娘からの言葉で救われた気がしたと二人に伝えた所、
「こんな過保護な母親は人間でも珍しいわ。逆に人間に見習わせるべきよ」
「この領域その物がカンザンちゃんなんでしょ?なら母乳どころじゃなくて衣食住全てに貴女の恩恵があるじゃない」
と、笑われながら言われた。
そうか、私はちゃんと母親をやれていたんだな。
息子のママであろうと決めたあの日の誓いを、私は守ることが出来ていたようだ。
結婚式の後、私は息子と義理の娘を樹海の深層領域のある場所へと連れて行った。
ここは大きな八重桜があるだけで、木の麓には小さな墓があり、あの時の息子を守っていた二人の人間の肉片を埋めてある。
息子に今まで連れてこなかった事を謝罪し、ここに眠る二人に息子が立派な人間に育ったことを報告した。
この墓を隠していた事で息子から拒絶される事も覚悟していたのだが、息子は私を責めることはせず、実の両親の墓を作っていた事のお礼を言われた。
そして、これからも自分の母親は私だと言ってくれた。
ありがとう。私は、お前の母親で居ていいのだな。
ありがとう…
「大きく息を吐いて!吐いて吐いて!吐いたら吸って!!」
「頑張れ!側についてるから!!頑張れ!!」
義娘が、出産を、している。
なんだ。なんだこれは。
動物は、人は、このようにして産まれてくるのか。
大丈夫なのか?
あんなにも苦しそうで、あんなにも暴れて。
ああ、体が、体が裂けるのではないか?
本当に大丈夫なのか?これで合っているのか?
何か間違えてはいないのか?
「カンザンさん!ちょっとそこどいて!!」
助産婦から声をかけられ、震えながら見ている事しか出来ない私は部屋の隅へと移動する。
移動しながらも、義娘の苦しそうな姿からは目が離せない。
「ほら、お湯と新しいシーツ!!血を拭いて!!!」
「旦那さん!手を握ってあげて!!」
壮絶な光景を前に、私は祈ることしか出来ない。
この私が神に祈るなど、以前は考えられなかっただろう。
祈るどころか恨んでいた相手だ。命を奪おうと思っていた相手なのだ、
だが、私が神に祈る程度で義娘が無事に出産してくれるのならば。
神は復讐の対象だと考えていた。だが、その神が人間を守っているというのならばその考えは止める。
それだけではない。出産が無事に終わるのならば、この身を差し出しても良い。
義娘の痛みを私が全て受けても良い。それで私の寿命が尽きても良い。
だから、どうか、どうか神よ。
義娘と、産まれてくる新しい命を、助けてくれ。
神よ。
「産まれました!!」
オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア オギャア
「産まれた!産まれたぞ!!やったなピルキー!やったぞ!!」
「ええ、私達の赤ちゃん…産まれてくれて、ありがとう……」
どれ程の間を神に祈っていたのか分からない。
気が付けば私の周りには私と同じように手を組んで祈りを捧げている者達が大勢居た。
私の配下のアルラウネだけで無く、獣人も、魔人も、人間も、この街に住む者達が祈りながら義娘のベッドを囲んでいた。
ベッドだけではない。この部屋を、この家を中心として、大勢の者達が義娘のために祈ってくれていた。
そして、全員で新しく産まれた命を喜び、祝福した。
「カンザンさん、抱いてあげて下さい」
助産婦が産まれたばかりの赤ん坊を私へと手渡した。
この子はあの時の息子よりも小さいが、それでも大きな泣き声を上げている。生きているのだと主張している。
無事に産まれてきてくれてありがとう。
今日からお前も私の家族だ。立派に育つのだぞ。
「ほぅら、よしよし。お腹は空いてないか?おしめは替えなくても大丈夫か?」
「流石おばあちゃん。赤ん坊のあやし方が上手いですね。他の人だと泣いちゃうんですよ?」
赤ん坊を腕で抱えながら体を一定のリズムで揺らし、優しく話しかける。
息子の時もそうだったが、赤ん坊は誰かが側に居ないと不安で泣き出してしまうものらしく、言葉は通じずともこうして話しかけることで安心感を与えることが出来る。
義娘は難産だったため体調がまだ良くなっていなく、最近はこうして着替えや入浴の時に替わりに赤ん坊を抱っこするなどして育児を手伝っている。
息子や孤児院の時に培った子育ての経験が、こうして役に立つ時が来るとはな。
「おばあちゃんに抱っこされて嬉しいね~、もうちょっと待っててね~」
義娘はそう言いながら風呂場へと向かう。
孫が産まれた時からそうなのだが、何故か周りは私を『おばあちゃん』と呼ぶ。
確かに孫が居るのでおばあちゃんで合っているのだろうが、なんだろう、こう、『おばあちゃん』という言葉に違和感がある。
今までママとかお母さんとか呼ばれていたのに、孫が産まれたその日から急におばあちゃんだ。
私はまだ現役だぞ?数千年は生きているが、まだまだ引退しなくても良い年齢のはずだ。
だから『おばあちゃん』はまだ私には早いと思う。
うん、そうだ。私は息子のママになると決めたのだし、『おばあちゃん』は違うはずだ。そう、『おばあちゃん』では無い。
「ただいまー、あー、疲れた」
赤ん坊を抱きながらそう考えていると、息子が仕事から帰ってきた。
最近は仕事を家に持ち帰る事が多く、その分早く帰って子供と触れ合う時間を増やしているらしい。
帰るなり真っ先に子供部屋に来た息子は、私と孫を見かけるとゆっくりと近付いて中腰になり、孫に向かってこう言った。
「おばあちゃんとなかよくしてまちたかー?」
瞬間、私の中で何かが切れた。
「誰がおばあちゃんだ!!!私はまだ若い!!!!!」
気が付くと私は息子の脚を蔓で掴み、窓から投げ飛ばしていた。
自分でも何故そうしたのか、何故そう叫んだのかは分からない。
幸いなことに孫は飛んでいく息子を見て笑っていたし、息子は軽い怪我をした程度で済んだ。
そしてその日の夜から、私はまた『ママ』や『お母さん』と呼ばれるようになった。
息子は私に投げ飛ばされた事を周囲にぶつくさ言っていたが、それを聞いた村の女達は私の味方をしてくれ、逆に息子を諫めてくれた。
もしかしたら初めて息子に手をあげた事例かもしれないが、不思議と後悔も反省も無かった。
寧ろ爽快感があった。
数十年が経った。
孫は大きくなり、息子と同じかそれ以上の体格となった。
その間、この大陸では再び魔物と人間の間で戦争が起き、それぞれの民に大きな被害が出ていた。
私達の街は両方からの難民を受け入れていたが、数が多く、このままでは破綻するのが目に見えていた。
私は森を更に開拓する事を許可した。しかし、息子はそれでは根本的な解決にはならないと言い、建国を宣言した。
この街を国とし、周辺の集落を傘下に加え、大規模な管理体制を整えると告知したのだ。
多くの魔物や人間がそれに賛同し、息子は国王となり、自警団は軍となった。
孫も将軍として軍に参加するのだと言っていた。
私は息子から共に戦って欲しいとの要請を断り、難民として受け入れた子供達を保護する役目に担う事にした。
私の力を使えば争いには勝てるだろう。だが、相手を倒すだけでは争いを止めることは難しい。
私は人間達と接することでそれを学んだのだが、息子達はそれを知ろうとしていないのか理解してくれなかった。
息子と考え方が違ってしまった事は悲しかったが、それでも息子は私の息子だ。いつかは分かってくれるだろう。
昔のような心優しい息子に戻ってくれる事を信じて、私は再度孤児院のママとなった。
息子が死んだ。
病だった。
建国の前から発症していたらしく、家族の中で私だけが知らなかった。
義娘や孫が黙っていたのは息子の指示で、私が息子の病を知ってしまえば、私が息子のために全てを投げ出してしまうと分かっていたかららしい。
馬鹿者が。
我が子のために全てを投げ出して何が悪い。それが親という物だ。
子の為に死ぬ。私はその覚悟を既に知っている。
私にも出来るはずだった。
あの時、息子を魔猪の腹の中でも生かそうと、懸命になって守っていた二人のように。
息子は最後に、結婚式のスピーチと同じ事を言った。
育ててくれてありがとうと。
拾ってくれてありがとうと。
私が居たから幸せになれたと。
そして、私の気持ちは分かっていたが、自分も私のように魔物と人間が一緒に暮らせる世界を作りたかったのだと言った。
その願いは叶っている。
息子の国は魔物と人間の戦争を終わらせ、両方の国を吸収し、今やこの大陸で最大の国となった。
息子は私がした事なんかよりも何倍もの偉業を成したのだ。
魔物に育てられた自分が、魔物と人間は共存出来るのだと示せれて良かったと言って、息子は笑いながら死んでいった。
どうして、どうしてだ。
何故笑いながら死ねる。何故だ。
分からない。私には、それが分からない
降りしきる雨の中、私は息子の墓の前で立ち尽くしていた。
息子の墓は大きく、この国の初代国王の威厳を示していた。
もう何日も、私はここに居る。
息子を育て、孤児院を作り、町長になり、街の講師になり、嫁を迎え入れ、孫を育て、また孤児院を作った。
何人もの人間と接してきて、人間の事を理解したつもりで居た。
私も人間と同じ考え方が出来るようになったと思っていた。
だが、あの息子の笑顔の理由だけが分からなかった。
私が魔物だからだろうか。
私が長命だからなのだろうか。
私も、死んでみれば分かるのだろうか。
あの日からもう何度も同じ問いかけをしていて。その間の私の機能は停止してる。
答えが分からない。それをしたとしても答えを得られるかも分からない。
私はなんのためにこんな事をしてきたのか。
私は、息子のママでは無かったのか。
私は、私は…
「お義母さん。あの人が死んでも、お義母さんは一人じゃ無いわ」
首だけを動かし、声のした方向を見る。
そこに居るのは息子の妻である義娘と、息子の子供の孫と、孤児院の子供達。
「そうだよカンザンママ。ママの中では父さんの存在がすごく大きかったんだろうけど、ママには父さんだけじゃないだろ?」
孫が、私に向かって何かを言っている。
「そうだよ!ママ!」
「ママ!」「ママぁ…」「ママっ!!」「ママ!!」「ママァ!」「ママ!」
孫の声を掛け声に孤児院の子供達が私に殺到し、口々に私をママと呼ぶ。
この子達は戦争で親を失った者達で、魔物も人間も関係無く、私が育てている子供達だ。
「ママ、死んじゃいやぁ…」
中でも一番幼い人間の子供が、私に抱き付きながらそう言った。
そして泣きだし、その泣き声は伝播し、子供達は私を囲んで掴んだまま号泣し始める。
そうか。
そうだな。
私が息子を失って悲しい思いをしたというのに、その私が子供達に悲しい思いをさせてしまった。
ダメじゃないか。こんな事ではママ失格だ。
「みんな、済まなかった。もう大丈夫。もう大丈夫だから。ママはどこにも行かないよ。大丈夫。大丈夫…」
腕だけで無く蔓も枝も使い、子供達を優しく抱きしめる。
子供達は中々泣き止まず、私の体に涙や涎を沢山付けて汚したが、これは今回の私への罰だろう。
素直に受け入れ、愚かな事をしていたと反省する。
義娘と孫に謝り、実は何回か様子を見に来てくれていた友人達にも謝り、私は再びママになる。
もう間違えない。もう悲しませない。
私は息子が作った国に生きる者全てのママになろう。
それが私から息子へ出来る、最後の親の仕事だ。
あれから私は孤児院を一段落させ、数人の子供達を連れて国内全ての町を訪問して周った。
訪問した先に孤児院を作り、信頼できる子供を職員として働かせ、庭には私の枝を折って植えた。
挿し木で私自身が増えることは無いが、こうする事で遠方に居ても孤児院の様子が分かるのだ。
孤児が居ない町では教育機関を作り、老人の多い町では介護施設を作り、特に困っていない町の場合は町の外に櫓を建てた。
その全てに私は枝を植えて子供達を配置した。
そして何かあれば直ぐに駆けつけて問題を解決し、同じ問題が起きないよう住人達を教育した。
最初は私の行動を怪しむ者も居たが、初代国王を育てたという事と、各地に散らばっていた私の配下の者達のお陰で特に大きな問題は起きなかった。
私は国民中から『ママ』と呼ばれるようになり、私も息子が作った国の全てを自分の子供のように慈しんだ。
あれから数十年が経った。
義娘は高齢となり、老衰で死に掛けていた。
息子が死んだときはうろたえた私だが、義娘は笑顔で送り出してやろうと決めていた。
息子と同じく、義娘も結婚式の時のように『この街を作ってくれてありがとう』と言っていた。
そして、『人と魔物が共存できる世界を作ってくれてありがとう』とも言っていた。
息子以外の誰にも触らせていなかったが、義娘には頭部に角があった。
義娘は純粋な人間ではなく混ざり物だったのだ。おそらく先祖に魔物が居て、その影響が出たのだろう。
孫も外見では分からないが、肉体面でやや人を外れている。
それがどうしたというのだ。
魔物と人は違う。
だが、同じ魔物と魔物で違う者も居れば、人と人とでも違う者も居る。
だから私は言ってやった。
「お前らは全て私の子供で、私の家族だ。そこに違いは無い」
義娘は笑いながら死んだ。
もっと早く言っておけば良かったと、そう言い残して。
この国が出来てから、千年が経った。
かつて樹海と呼ばれた場所は一本だけの八重桜を残し、後は全て伐採されて公園となった。
この公園には私のための小さな祠と、私の家族のお墓が並んでいる。
この千年の間に、様々なことがあった。
息子の国を快く思っていない海の向こうの他国が攻めてきた事もあったし、大地震で多くの集落が地割れに飲み込まれたこともあった。
千年以上前の魔王軍の生き残りが再起を謀って暗躍していた事もあったし、人間達の間で新しい宗教が流行って戦争になりかけた事もあった。
悪い事だらけでは無く、勿論良い事もあった。
ヒノツカサは結局あの記者と結婚した。
今では二人で他の大陸を旅しながら、未開の集落を見かけてはかつての私のように住人達の手伝いをして枝を植えて周っているらしい。
私は先達者として『分け木は寿命を縮めるので余りやらない方が良い』と言ったのだが、逆に『今更っすよね?』と屈託の無い笑顔で返されてしまった。
あいつはいつもそうだ。いつも楽しそうに笑っている。
結婚すると言った時にあの記者の正体が天使だと言う事と、四千年前の戦争でお前が戦っていた相手だという事を伝えたのだが、その時でもヒノツカサは
「最初から分かってたっすよ?あの時百年もタイマンした相手っすから」
そう、笑いながら言っていた。
あいつは時々、私の予想の上を行く。
そこから天使の伝手で神々と会い、当時の人間への介入は一部の者の暴走で天界の総意では無かったと謝罪された。
今更言われてもどうしようも無い事だが、神と言えども私達と同じで、ままならないこともあるという事を知った。
だから、許してはいないが、もう恨むのは止めた。
あいつの事を忘れるわけでは無い。だが、いつまでも引きずるのは止めたのだ。
神の加護を得た事もあって、今のこの国は世界で有数の力を持った国となった。
人口は増え、町の数も万を超えている。
その全てに私は枝を植え、今まで何度も問題が起きた地に出向いては問題を解決してきた。
そして何万人もの子供達の親となり、何万人もの子供達を見送った。
気が付くと、私は国の住人達から『救世の母』と呼ばれるようになっていた。
大袈裟な事だ。
私はただの一介のアルラウネで、特に変わった事をしたつもりは無い。
あの雨の日に魔猪の腹から出てきた子供を拾ったのと、同じことをしただけだ。
でも、もうそれも終わる。
「ママ!しんじゃいやだ」「ママ!!」「まだいかないで!!」
私は今、息子の子孫達に囲まれている。
孫の孫の孫の孫の孫の…ああ、もう数えるのも面倒くさい。とにかく孫達だ。
初代国王だった息子の子孫は何人かが国の重要な役職に就いているが、千年も経てばその数は莫大な数になり、多くが一般人として暮らしていた。
本当に増えに増えたものだ。植物系モンスターが一回に撒く種子よりも多いのでは無いか?
勿論、私はその全てのママであり、全ての子供達の生涯を見送ってきた。
そして、とうとう私の番が来たのだ。
「ママ!!」「目を開けて!!」「ママ!!」「ママぁ!!」
私はなるべく笑顔で子供達を送り出してきたつもりだったが、もしかしたら今の彼らのように泣いていたのかもしれない。
そんな顔をするな。と、言おうとしたが、既に体は動かない。
本体の八重桜も多くの枝が枯れており、この人間態との接続も切れ掛かっている。
国中に植えた私の枝は数年前に全て枯れ、もう私は国の全てを見る事が出来ない。
それどころか、段々と周りに居るはずの子供達の姿を見るのも難しくなってきている。
「――!」「――!!!――!!!」「――!!!!」「――!!――!!!――!!!」
目だけではない。空気の震えで何か叫んでいるのは分かるのだが、耳も聞こえなくなってきた。
握られているはずの手の感覚も薄れ、体を支えている蔓にも力が入らなくなっていく。
これが死か。
今まで何度も見てきた物だが、経験するのは初めてだ。
息子が死んだ時、私は息子の最後の笑顔の理由が分からず、私も死んでみれば分かるのかと思った事がある。
あの時の私は愚かだった。そうそう簡単に死は迎え入れて良いのでは無い。
しかし、死は全ての者に訪れる。誰もそれに抗う事は出来ない。
だからこそ、人は何かを遺すのだろう。
息子の両親は息子を遺して死んでいった。
息子はこの国を遺して死んでいった。
義娘は孫たちを遺して死んでいった。
人では無いが、私の伴侶だったあいつも私に生きろと言い遺して死んでいった。
今まで私が死を看取った者達もそうだ。中にはまだやり遂げていない事があると泣き喚いたものも居たが、大半が笑顔で死んでいった。
遺す物があるから。繋ぐ物があるから。
皆、笑顔で死んでいく。
私も何かを遺せただろうか。
魔物である私も、何かを遺す事が出来たのだろうか。
私を囲む子供達がその答えであると信じ、動かぬ体に力を入れ、ぎこちなく口角を上げる。
「!!!!」「!!!!!!」「!!!」「!!!!!!!」「!!!」
私の体は静かにしなだれ、周囲のざわめきが一層大きくなるのを感じた。
人間体との接続が切れた。
本体の生命活動も、直に終わるだろう。
もう、外部の様子を把握する事は出来ない。
だが、彼等は泣いているのだろう。
息子の時の私がそうだった様に。
最後に、
本当に最後に、
私は力を振り絞り、残った枝葉に命令を出し、この身に花を咲かせる。
子供達が泣き止む様に、
子供達が安心して次に進めるように、
あいつから褒められた季節外れの桜を咲かせる。
これが私。
八重桜のカンザン。
世界で一番多くの子を持った、お前達のママの、カンザンだ。
私に生きる目的を与えてくれて、ありがとう。
私に生きた証を遺させてくれて、ありがとう。
私に生きる楽しさを教えてくれて、ありがとう。
そして、私をママと呼んでくれてありがとう。
あの時、息子を拾って、
私は、私はとても幸せな…
モンスター娘BBA、人間の赤ん坊を拾ってママになる @dekai3
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