おばあちゃん、お盆玉ちょうだい

しろめし

最終回「いつのまにかお盆玉って定着しましたよね」

 ババアの拳が孫の頬に突き刺さる。鋭い痛みが脳天まで昇る。

「ウゴォォーッ!何故ッ!ババア程度の拳ならよけられるはずッ!」

「ファファファ、足元を見てみろ間抜けェ!その視力測定1.0の節穴でなァ!」

 ちなみに昔の視力測定では2.0まで測定していたけれども、現在は1.0までしか測定しないらしいですよ。

「こ、これは位牌!?いやッ!これはァーッ!」

 孫の足元に転がっていたのは古ぼけた位牌だった。しかし、よく目をこらすと、位牌を囲むように半透明の腕が出現していた。その腕が孫の足首をがっちりと掴んでいた。

「こ、この!皺だらけで薄汚い手はッ!」

「そう、ジジイの手だ。今がお盆だということを忘れていたようだな!」

「クソッ!ババアめ!亡霊使いの能力を持っているなんて!」

「ファファファ、夏休みで寝ぼけた頭に、日本の伝統文化を叩き込んでやるぜェェェーッ!」

 ババアはラッシュを幾度と孫の身体に叩き込む。

「クソッ!老人特有の貧弱筋力ゆえ威力はそこまでではない。だがッ!ダメージッ!蓄積する!このままじゃお盆玉を奪うどころか、俺のタマまで奪われちまうぜェーッ!」

「ファファファ!ジジイと一緒にナスの馬に乗って地獄へ行くんだな銭ゲバ!」


「マズイ!息子がこのままではやられちまう!ウォォー!助太刀いたす!」

 父はオーラを解放しようとした。しかし、父を母が制す。

「待て旦那。息子の目を見てみろ」

「何!?今はそんなことを申してる場合か!」

「お前の顔面についてる眼球はレプリカか。仕事のし過ぎでブルーライトに焼かれちまったか。まぁいい。私たちが手を貸すほど、あいつは弱くないぜ」

「何だと!ハッ」

 父は見た。瞳の奥で燃えたぎる紅い焔を。

「あいつ、まだ諦めてないぜ」


「ファファファ!そろそろお迎えかなァーックソ孫ォォォォ!これでおしまいだァーッ!」

 ババアの渾身の一撃が放たれる。

 しかし、ババアの拳は虚しく空を切った。

「何ッ!?このババアストレートをかわすなどッ!」

「ふん、その認知症の頭でよく考えてみるんだな」

 ババアの後ろから声が聞こえる。振り返ると孫が立っていた。

「な、なんだとォーッ!?ババアとジジイのコンボから逃れるなどあり得ぬ!貴様!どんな手を!」

「どんな手、だと?俺はただその薄汚い手を振り払っただけだぜ」

 ババアは足元を見た。

「ア……ア……ア……」

 ジジイの亡霊が今にも消え入るように悶えている。実体化していたジジイの腕に、何かを掴む力など持ち合わせてはいないようだった。

「ジジイッ!?貴様よくもジジイを!しかし!ジジイは既に死んでいる亡霊!ダメージを与えるなど不可能なはず!」

「そうか?昔から悪霊退治にはこいつだって相場が決まってるがな」

 孫はババアの足元に小瓶を投げる。

「これは!塩!そうか!悪霊を清めるのはいつだってソルト!ファッ!貴様もしやあの時」

「そう、貴様が差し出したスイカを頂いたときに、念のためくすねておいた。文字通りこいつが攻略のタネになったってわけだ」

 孫は奥歯に挟まったスイカの種を吹き飛ばす。欧米化の進んだ食生活に塗れた現代っ子。その塩分たっぷりの唾液がコーティングされたスイカの種が、ジジイの亡霊の眉間を撃ちぬいた。

「マー!」

 ジジイの亡霊が消滅した。

「ジジイィァァアアアーッ!マー!」

 慟哭。ババアの悲痛が木霊する。

「これで邪魔な老害は消えたってわけだ。そして、体力を使い果たしたババアは俺の拳を耐えることができるかな?」

「ウ、ウオオオオオオオオオオオ!」

「オラァァァッ!」

 一撃。ババアを吹き飛ばすのに、それ以上の拳は必要なかった。

「諭吉は、俺のものだ」

 決着。この場に立っている勝者は孫だった。

「お前が俺にスイカを出さなきゃ、俺は負けてたかもしれねぁ……ババア、強敵だったぜ」


孫と息子夫婦を乗せた車をババアは黙って見送る。

「しかし、よかったのか」

 ババアの後ろにジジイの亡霊が出現する。

「何がだ」

「ババアよ、お主手加減しておったろう」

「アタシは本気だった。そして負けた。それだけだ」

 ババアは煙草に火をつける。

「死者を呼び出すには触媒が必要だ。生前の思い出の品、位牌、墓石など。その中でババアは位牌を使った」

「ふん、それがどうした」

「触媒が強いほど、現世に呼び出した死者も強くなる。そして、位牌、これは触媒としてはあまりにも弱い。それこそトップバリュの塩で清められるくらいにはな」

 ババアの煙草の火が夕闇に煌めく。

「ババアよ、なぜ最上位の触媒であるわしの『遺骨』を使わんかった。『遺骨』さえあればあんな塩程度なんともなかったというのに」

 ジジイの遺骨はまだ焼かれていなかった。ジジイ死亡時にババアが役所に届けていなかったためである。

「ふん、年金の不正受給がばれるぐらいなら、諭吉1枚ぐらい安いものさ」

 ババアは煙草を地面に捨て、踏みにじった。

「そんなこと言って、孫の成長を確かめたかっただけではないのか」

「アタシにそんな好々爺な趣味はないね」

 ババアは2本目の煙草に火をつけ、煙を目いっぱい肺に取り込む。

「まぁ、孫の拳、去年よりは突き刺さったがね」

 ババアの独り言はジジイに届かず、煙草の煙と共に夕闇へと溶けていった。


「あ、爆死した」

 孫がババアからゲットした諭吉は10連分の石となり、星3のゴミ10体へと化した。


おしまい

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おばあちゃん、お盆玉ちょうだい しろめし @hakumai_daisuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ