第1話 僕がトリフィアンになった訳

 体が宙を舞い、僕の体は地面に思い切り叩き付けられる。

 大きな木の枝に足を取られ、コンクリートの上に思いっきり背中をぶつけて意識が一瞬だけとんだ。

 何で僕がこんなことになっているのかを説明すると、少し長くなる。

 でも一つだけ覚えておいてほしいのは、僕の体が何十メートルも大きくなってフィーリングと戦っているのは、僕が背負った罪を償うための罰であるという事だ。




 


 僕の名前は宙野華。今年から親の都合で京都にある小学校に編入してきた、小学5年生だ。

 転校初日は結構騒がれた。最も転校生なんて最初の頃はどんな人物だろうと2割増しぐらいにはよく見えるもの、と言うのは前の街にいたころ通っていた塾の先生の受け売りだが、僕はかなり騒がれた。

 周囲にいた人たちは、僕の容姿を見てかっこいいと可愛いの中間、と評した。そう言われると、僕は決まって鏡で自分の容姿を確認した。

 不細工ではないと思うが、「かっこいいと可愛いの中間」という評価が今一理解できなかった。出来なかったが、考えていても答えは出そうになかったので周りがそう言うならそうなんだと自分を納得させた。

 そんな恵まれた容姿の持ち主なら、さぞかし学校生活も充実したものだろうと多くの人が考える事だろう。だが僕には一つ秘密がある。

 僕は極度の緊張しいな上、コミュ障と赤面症を患っている。それも重度だ。


 「あ、あの……あのぅ、えっと……そ、宙野、華です。よろしく、お願い、します……」


 これは転校初日の僕のあいさつなのだが、正直最後の方は蚊の飛行音の方が大きいような気がする。

 それ以後も、クラスメイトからの質問やお誘いに対してあいまいな回答をしていた結果、見事にぼっちな状態が完成してしまった。

 僕もこのままじゃいかん!と何とか友達を作ろうと必死に策を練った。しかしわざと落とした消しゴムは拾ってこそ貰ったもののそれだけで、共通の話題作りの為に見たファッション雑誌は途中で寝落ちした。

 そんなこともあって、自業自得ではあるが僕は完全にいない人間扱いだった。僕は一人家路に付きながら、遠くに見える蔦に絡めとられ半壊した五重塔を眺めていた。


 「20世紀末期に出現したフィーリングは、瞬く間に世界中に増殖し多くの人間の命を奪いました。ここに展示されているのは当時の新聞記事に、このあたりで回収されたフィーリングの一部分です」


 社会科見学で訪れた博物館の学芸員がフィーリングが現れてからの地球の歴史を説明している。社会の授業で何回も見た、フィーリングの画像だ。僕が物心ついた頃にはすでにその名前は知っていて、世界を大変な状態にしているという事は解っていた。

 そして


 「このような事態に陥っても、我々人類が絶滅しなかったのは、ずばり彼らが現れたからであります。そう、トリフィアン」


 目の前のスクリーンにその巨大な姿が映し出された。


 「デカいな……」


 僕は小声でつぶやいた。フィーリングと同じぐらいトリフィアンの画像もたくさん見た。大阪城に絡みついたフィーリングと対峙する者、地底に埋まっているフィーリングの本体を力任せに引き上げる者、光線のような光で攻撃するものなど沢山見て来た。彼らの活躍によって地球の危機は半分イベント化し、トリフィアン達は英雄としてもてはやされるようになった。


 「彼らの活躍によって人類は絶滅の危機を免れ、我々はこうして今日を生きる事が出来ました。彼らへの感謝はとても言葉では言い表せないでしょう」


 そう言って学芸員は、大人が過去の話を終える時にする遠い目をしていた。



 学芸員の話は終わって、昼食の時間となり僕たちは博物館内のレストランで各々弁当を広げていた。


 「はぁ、ママってばまたこんなにたくさん作っちゃって……」


 僕はため息をつきながら三段重ねの弁当箱を引っ張り出した。ランチョンマットを広げて弁当箱を置いた時、思わず手を動かした拍子に箸箱を落っことしてしまった。

 それに気づいて思わず手を伸ばした時、床に落ちそうになっていた隣の席に座っていた人が箱をキャッチして僕に差し出した。


 「はい、宙野さん。気を付けて」

 「あ……はい、ありがとう、ございます……」


 その人は私と同じ班で、学級委員長の石和希美さんだった。僕が他の生徒から相手にされなくなってもずっと僕を気にかけていて、行動の班が決まらなかった僕を自分の班に引き入れてくれたのだった。当然感謝の気持ちはあるが、頭の中では明るく言ったつもりでもやっぱり小さな声になってしまい、聞こえなかったら行けないと思って少しだけ頭をぺこりと下げた。

 これで終わりと思っていたら、まだまだ話は続いていた。


 「わあ、凄いわね。宙野さんそんなに食べるの?」

 「はえっ!え、う、うぅ……」


 僕が思わず俯くと、希美さんはぐいっと僕の顔を掴んでこちらを向かせた。


 「こーら、質問にはちゃんと答えなさい。あなた転校してきてからずっとこんな調子じゃない。それじゃずっと一人よ?」

 「そう、ですよね……」

 「みんなだって宙野さんと本当は仲良くしたいのよ、ねえ」


 希美さんは同じ班の人に言った。


 「そーだよー。宙野さん何にも話してくれないんだもん」

 「こっちが声かけてもすぐに逃げちゃうしさー」

 「ねえねえ、宙野さんの髪すごくきれいだけどやっぱり手入れとかしてるの?」


 同じ班の3人の子が僕に次々と迫ってくる。僕はとっさに顔を背けようとしたが希美さんに止められてしまう。


 「こら逃げない、ちゃんとお話しして、せめてこの子たちとは仲良くなりなさい」

 「うえええええ!?そ、そんなご無体な……」

 「オーバーねえ、口がちゃんとついてるんだから話す事なんて簡単でしょう。対話が苦手なのはわかるけど、そのまんまにしちゃ駄目よ」

 「ひょんなこといわれへも……」


 希美さんは僕の唇を指でつまんで言った。口を掴まれてふがふが言ってる僕の姿を見て、班の子たちはけらけら笑っていた。




 それから僕は、班の子と一杯おしゃべりした。お弁当のおかずを交換し合ったり、流行りのお洋服とかの事、僕の髪の毛は手入れしているかどうかなど、つまりは普通の小学生女女子みたいな事をして、気付いたらお昼の時間が終わっていて、次の見学場所へ向かう時間になっていた。

 僕は片付けを死ながら希美さんに感謝の言葉を告げた。


 「あの、希美さん、今日はありがとうございました……」

 「どういたしまして。でも安心したわ、宙野さんずっと一人でふさぎ込んでるんだもの。あんなのじゃ暗い子だって誤解されちゃうわよ?」

 「僕も直そうとは思っているんですけど、どうしても誰かと喋るのって苦手で、前の学校にいた時も中々友達とかできなくて……」

 「そうだったの。でもどう?あの子たちとは仲良くできた?」


 そう言われて僕はさっきの子たちの方を見た。その子たちはもう片づけを追えて別の場所で他のグループと話をしていたが、僕の視線に気づいて笑顔で手を振って来た。僕も小さく手を振り返す。

 友達になれたと思っていたのは僕だけだったわけではないようだった。


 「はい、本当にありがとうございます、この恩返しのために僕にできることがあったら何でも言ってください!」

 「恩返されるほどの事はしてないんだけど……」

 「あ、そうですよね、何言ってるんだろ僕……」


 そんな話をしながら、僕は弁当箱を纏めて鞄にしまおうとした時、ふと視界の片隅に奇妙なものが映った。

 それは僕から見て丁度右側にある窓から見える花壇の中で動いており、少しずつ建物へと近づいていた。そして近くを歩いていた人に近づいていき、上から躍りかかって頭の部分を大きく左右に開かせて、その人を取り込んだのだった。


 僕は顔が凍り付くのが解った。ふと周りを見回してみたが、どうやら気付いているのは僕だけのようだった。

 トリフィアンだ。実物を見たのも、人間を食うところを見るのも初めて見たが、間違いなく教科書とかで見るあのトリフィアンに間違いない。

 外にいるトリフィアンは少しずつこちらに近づいてきた。僕は思わずがたっと大きな音を立てて立ち上がった。隣に座っていた希美さんがびっくりして僕の方を見る。


 「どうしたの?」

 「トイレ行ってきます!」


 そう言って僕は部屋を飛び出してトイレに駆け込んだ。個室に鍵をかけてその倍座り込む。

 何やってるんだ僕。という問いが真っ先に頭に浮かんだ。トリフィアンがいるんだよ?みんなに知らせないと大変なことになるよ……

 でも、あれって本当にトリフィアンだったのか?もしかしたら何か別の、例えば野良犬だったのかもしれないし……

 

 「きっとそうだよね、野良犬かなにかだよ、あー驚いて損した」


 僕は個室から出て、念のため掃除置き場のドアを開けて箒を手に取ると先ほどの場所へ戻った。

 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。窓を壊して入って来たフィーリングは部屋の中にいた生徒たちを手当たり次第に蔦でとらえて取り込んでいた。

 逃げていくものは当然、椅子などを持ち上げて抵抗を試みた者も容赦なく触手でとらえていく。そこに一切の差別はなかった。


 僕が立ち往生していると、さっき話をした女の子が僕に気付いて手を伸ばして駆け寄ってくる。恐怖のあまり悲鳴も上げられないようだ。

 僕も手を伸ばそうとしたが、後ろからフィーリングが迫ってくるのを見て手は上げられなかった。そしてその子はあっさりとフィーリングに捕まり、取り込まれていった。 

 それで部屋にいた人間は全員だったらしく、フィーリングは僕に狙いを定めじりじりと部屋の中から出ようとしていた。気が付けば部屋だけでなく建物を蔦が多い尽くし、今僕の前にいる以外にもフィーリングが侵入していた。


 「何だよ、何なんだよこれ……」

 

 ついさっきまで話をしていた人が、一緒にこの博物館に来た人が、こうも簡単に命を散らした。そして僕はフィーリングの存在を知っていたのに一人で隠れていたばかりか、手を伸ばせば助けられたはずの人を見捨ててしまった…


 「汝は孤独也や?」


 声がした。まるで僕の頭の中に強引に横入りして来たかのように、直接脳の中に語り掛けられる。

 これがフィーリングの声と気づいた時、僕が手に持っていた箒が取られ、目の前に迫っていた蔦を払った。


 「宙野さん!早く逃げて!」


 希美さんは箒を投げ捨てると、僕の手を取って走り始めた。フィーリングは箒で払われた衝撃で一瞬怯んだが、すぐに持ち直して後を追いかけて来た。

 僕は希美さんに引っ張られるまま階段を駆け下りた。殆ど放心状態でただ付いていく事しかできなかった僕の意識がようやく復活したのは、希美さんが出口近くに合った蔦にけつまずいて転倒し、それに合わせて僕も転んだ時だった。

 僕はぶつけた額を抑えながら立ち上がったが、希美さんは打ち所が悪かったのか起き上がらない。

 そうこうしているうちにフィーリングは階段を駆け下りてきて、今度は勢いよく僕に蔦を伸ばした。

 状況的にもう逃げられないと僕が目をつぶって体に蔦が絡みつくのを待った。


 その瞬間、前方でどすんと重たい音がして、何かがつぶれるような音がした。

 目を開けると目の前に赤い球体が落ちていて、フィーリングを押しつぶしていた。その球体は赤く怪しい光を放っており、やがて果物が熟してはじけるように膨張し飛び散った。僕がまぶしさに目を細めていると、球体があった場所に巨大な人の形をした何かがいるのが解った。

 それは自分の体を抱えていた両腕を広げ、ゆっくりと立ち上がる。目や鼻のようなパーツがないのっぺらぼうな顔がこちらを見下ろしていた。

 トリフィアンだ。僕はすぐにわかった。トリフィアンはそれぞれ異なった姿をしているが、唯一誕生したときのみ共通の姿をしているという。

 そしてその誕生に立ち会い、ある言葉を言った者のみがトリフィアンになることが出来る。


 僕がその美しさに見とれて思わず立ち尽くしていると、建物の入り口部分がえぐり取られ、さっきのよりもさらに巨大な、ハエトリソウみたいに上下に裂けた口がある柑橘類みたいなフィーリングが顔をのぞかせた。

 それに気づいた僕は、思わず両腕を突き出していた。


 「ハロー、トリフィアン」

 

 次の瞬間、僕の体はトリフィアンの中に吸収された。






 吸収された僕を待ち受けていたのは、背中に何かが突き刺さったような鋭い感触だった。僕が思わずかはっと呻く前に、突き刺さった跡から冷たい感触が伝わってくる。まるで背中を左右に開かれて、氷を塗りたくられているみたいだ。


 その感触が終わった時、僕の視線はさっきの大きな柑橘類と同じになった。自分の手を見ると銀色を基調に、緑色のラインが入っていた。


 「こっ、これが、今の僕なのか?」


 今僕は本当にトリフィアンとなったらしかった。

 フィーリングはその果実を開き、甘酸っぱい匂いのする液体を吐き出した。僕はそれを左に避けたが、足がもつれてその場で尻もちをついてしまった。

 その隙を逃さず、フィーリングの蔦が僕の足に絡みついた。




 そして今に至る。

 トリフィアンになるのは、まるで激しく上下する絶叫マシンに乗せられているみたいだった。激しい上下運動に僕は何度もめまいを起こした。さっきまで食べていた弁当がお腹の中から飛び出て来そうだ。苦しい。それに長時間戦った為か激しのどの渇きを感じた。唾を飲み込んで少しずつ誤魔化していたが、できれば今すぐに冷たい水が欲しいという感情が湧き上がってくる。


 僕はまたフィーリングの蔦で足を払われて転んだ。無様にあお向けになった僕の上からフィーリングはあの甘酸っぱい匂いの液体を垂らす。垂らされた部分に焼けつくような痛みが襲い掛かったが、僕はのどの渇きのせいで悲鳴も上げられなかった。

 苦しんでいる僕にフィーリングがまたあの問いかけをしてきた。


 「汝は孤独也や?」

 「うあああああああああああああっ!!!!!!」


 僕はかすれた悲鳴を上げ、フィーリングを遠ざけようと腕を振るった時、僕の腕に異変が起こった。

 掌がまるで樹の葉っぱのような形になり、ものすごく硬くなった。その掌は僕の体を液体から守り、腕を思い切り振ってぶつけることでフィーリングを吹き飛ばした。

 掌が盾のようになった、というか掌が盾になった。葉っぱの形をした盾だ。


 盾で殴り飛ばされたフィーリングは、そのまま重力に従って倒れ伏せた。

 僕は立ち上がり、両腕に力を込めると稲妻のようなエネルギーがほとばしる。そのエネルギーは腕を伝って盾の中に集まって行き、僕が投げつけると巨大な光の輪となって、フィーリングを真っ二つに切断した。

 切り裂かれたフィーリングは粉々に砕け散った。戦闘のダメージと戦いの疲れで僕は膝をつく。

 もう限界だった僕の耳に、たくさんの人の声がするのが解った。見てみると周りの人々が集まってきて、僕を囲んで口々に同じ言葉を叫んでいた。


 「ハロー、トリフィアン!」

 「ハロー、トリフィアン!」

 「ハロー、トリフィアン!」


 やめてくれ。こんな最低な僕を称賛しないでくれ、折角仲良くしてくれた人やきっかけを作ってくれた人を見捨てた僕を誉めないで。そう思いながら僕の意識は途絶えた。


 これは僕の物語。というよりも僕が受ける罰の物語だ。

 

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トリフィアンズ 大地 @planet9517

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