美味しいジュース

湖城マコト

Tくんの体験

 これからお聞かせするお話しは、大学の友人のTくんから聞いた、彼が中学三年生の頃に経験したという出来事です。

 

 当時TくんにはNくんという友達がいて、夏休み中はよくNくんの家へ遊びに行っていたそうです。

 Nくんのお母さんはとても料理上手で、Tくんが遊びに行くとよく手作りのお菓子やジュースを振る舞ってくれました。中でも特に美味しいと評判だったのが、自宅の庭で取れたトマトをフルーツ等と一緒にジューサーにかけて作った赤くて鮮やかな特製のフレッシュジュース。上品な甘さと豊かなコクのバランスが最高で、あまり野菜が好きではないTくんも、Nくんのお母さんの作るフレッシュジュースは抵抗なく、ごくごくと飲み干せたといいます。

 

 夏休みも中盤に差し掛かった頃、TくんはNくんに「どうしてTのお母さんの作るジュースはこんなに美味しいんだ?」と尋ねたそうです。隠し味のような物があるのなら、自宅でも試してみようと思ったのでしょう。

 少しだけ悩むような素振りを見せた後、Nくんは「他には絶対内緒だぞ」と前置きし、語りだそうとしたそうですが、


「何してるの!」


 普段は温厚なNくんのお母さんが物凄い剣幕で駆け寄ってきて、Nくんの言葉をさえぎったそうです。あまりにも鬼気迫った様子に、Tくんは思わず腰を抜かしてしまったといいます。

 ふと我に返ったのか、Nくんのお母さんは「驚かせてごめんね」と笑い、普段通りの穏やかな表情へと戻りました。この日もいつものように、赤いフレッシュジュースをTくんへ振る舞ってくれたそうです。


 Nくんの意味深な発言といい、Nくんのお母さんの豹変ひょうへんぶりといい。何かがおかしい。


 この日を境に、Tくんは違和感を覚えるようになったといいます。


 数日後。この日もTくんはNくんのお家へ遊びに来ていましたが、彼は好奇心から大胆な行動を起こしました。Nくんのお母さんはちょうど外出中、Nくんは在宅中ですが、少しお腹が痛いと言って10分程トイレに籠っていました。

 この時間を利用して、Tくんはフレッシュジュースの美味しさの秘密を知るべく、キッチンを探索したそうです。ジューサーや調味料はどこにでもあるような市販品で変わったところはなし。やはり重要な食材の方だろうかと思い冷蔵庫を物色したところ、そこでTくんは驚くべき物を見つけてしまいました。

 

 冷蔵庫には、輸血パックのような物に入れられた血液が大量にストックされていたというのです。一部のパックには丁寧に「調味用」のラベルが貼ってあったとか。


 フレッシュジュースの見事な赤色と、目の前のパック詰めの血液の赤色とが重なり、Tくんは頭の中が真っ白になりました。

 

 Tくんはトイレに入ったままのNくんに「急用が出来たから帰る」と言い残し、慌てて自宅へ帰ったとのことです。それ以降、Tくんは一度もNくんの家に遊びに行くことはありませんでした。


 Nくん一家は父親の仕事の都合で、夏休み明けに引っ越しっていったそうです。




 以上が私が友人のTくんから聞いたお話しなのですが、私にはそれ以上に気になっていることがあります。

 この話をしている時のTくんの顔には、決して恐怖感や嫌悪感のようなものはなく、どこか楽しそうに思い出に浸っている風だったのです。


 私に語り終えた後、Tくんはボソリと漏らしました。


「……何度やっても、おばさんのジュースに勝てないんだよな」と。


 最近、Tくんの腕には注射痕ちゅうしゃこんらしきものが見受けられます。

 病院にかかっている様子はないし、注射痕の出来る頻度も多い。

 危ない薬でもやっているのか、あるいは何か別の用途に注射器を使っているのか。


 私はTくんのことがとても心配です。




 了

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