第4話:生きる道

 ヴェルミリオンを発って3日。今のところ、マイラはさほどのハプニングも起きずにいた。


 たった一つを除いては。


「おお、あれに見えるはオンローク・シティ……ここでルタカーノの魔導器が集約されていると思うと、これまた滾るものがあるねぇ、マイラ君」

「はぁ…」


 モルナ・グルベールとの珍道中も終盤である。

 結局のところ、彼は3日間馬車でずっとマイラの隣を陣取っては好き放題に喋りまくっていた。

 が、モルナの目的地はこのオンローク・シティ。マイラの行き先はここから先の港町ネスクヴァである。

 徒歩で3時間ほど歩けば着く田舎町だと聞いている。最初は徒歩3時間に嫌気が差したものだったが、今となってはオンローク・シティと距離の遠いネスクヴァの位置に感謝すらしている。


「じゃっ、あたし、こっちだから」

 挨拶もそこそこに、マイラはモルナとの会話(とも呼べないもの)を一方的に断ち切った。

「そうか、そうだったな。じゃあ、これで」

 モルナはあっさりと会話を終わらせ、躍るような足取りで街へ入っていった。

 オンローク・シティはモルナの言う通り、海洋都市ルタカーノから取り寄せた様々な魔導器・魔導器パーツを取り揃えている、魔導街と言われる場所だった。

 本当はマイラも後学のために街を見て回りたいものだが、今はそんな時間的猶予も、精神的余裕も無い。


 全てが終わった後、またいつでもゆっくり物見遊山にくればいいじゃない。

 そう思う事で誘惑を何とか断ち切り、カバンを背負い直して砂利道を歩き始めた。



 モルナと別れた後は、孤独な一人旅……という様相ではなかった。マイラと同じく、ネスクヴァに行く人々も居るからだ。

 水夫らしき人もいれば、この辺りに住んでいるらしい普段着の人もいる。


 ネスクヴァは大陸の最西端に位置する港町で、漁業で興された街だった。最盛期は数多くの漁船に加え交易船が行き交っていたし、大陸最大の港湾設備を備えていた事から、最新の魔導軍艦までもがネスクヴァで製造され、停泊していたこともある。

 現在はその漁業、船舶技術も陰りを見せ始めている。人々の怠惰が原因ではない。それどころか、ネスクヴァの人々は出来うる限りの努力と資金をつぎ込み続けている。

 だが、ダスクが海の向こうから飛来してくるとあっては、水夫たちも船を出すわけにはいかなかった。

 ある時、極度の貧困を理由に市長の港湾封鎖指令を無視し、漁場へと赴いた6隻の漁船があった。その結果は、木くずの残骸がいくつか港に流れ着いただけであった。

 遺体も上がっていないため断言は出来なかったが、数年経っても足取り一つ定かでないとあっては、生存は絶望的であった。


 地平の彼方からやってくる魔物のせいで、ネスクヴァはどんどん寂れていった。砂浜や岩壁に囲まれ、冬季が長く、その間は寒波が容赦なく吹き荒ぶこの土地は農業に適しておらず、漁業と海上交易を封じられたとあっては、砂浜で釣りをして得られた釣果などで細々と商いを行うしかなかった。


 そして、職にあぶれた人は生き残るために商いの転換を行った。ただ、生きるために。




 空には暗雲が立ち込めており、時刻は昼だというのに薄暗い。もう数刻すれば雨が降るのかもしれない。

 しかし、街の大通りに人の気配が無いのは、天候のせいばかりではないだろう。

 この街には、水夫が大勢いた。そして、船舶の面倒を見る人達が数多くいて、それらの人々を相手に商売する人達で大賑わいだった。

 しかし、今となってはその過去を匂わせる寂れた商店街や、空き家となった建物が立ち並ぶのみであった。

 曇り空によって彩られた街並みは灰色に染まっている。それが、寂れた街並みをさらに不気味に――言うなれば廃墟の街ゴーストタウンを思わせる。


 だが、それはネスクヴァの外面に過ぎない事をマイラは知っていた。

 街の大通りを抜けて、倉庫街に出る。閉鎖されたり取り壊された倉庫も多い中、資材保管庫としていくつかは昔のまま現存している。

 何人かの男があちこちでたむろしている。男達は明らかに場違いなマイラの姿を見てもさほど驚くでもなかった。そこまで浮いていない。ここにいる男達は殆どが作業着や半裸に近い普段着だった。

 技術用作業着という出で立ちがこんなところで役に立つとは思いもしなかった。

 その内のひとつ、奥まった場所にある深緑色の倉庫に近づいていく。マイラは冷や汗が頬を伝っていくのを自覚した。


 だが、足を止める事は出来ない。こんなところで踵を返せるようなら、初めから来ていないのだ。

 意を決し、勢いよく倉庫の扉を開ける。両開きの扉は意外にも錆びついておらず、滑りが良い。


「……すいませーん。お邪魔しまーす」

 勢いの割りには、声は出なかった。



 倉庫の中は巨大な木箱、シートの上に散乱する魔導銃部品ガンパーツなどがひしめき合っていた。

 その中心には大きな作業台に向き合い、魔導器を細工している小汚い男が居た。作業着ではなく、フードの付いた深緑色の普段着を着ている。

 目深にかぶったフードからは褐色の肌を覗かせている。生まれつきの色に、日焼けと煤汚れによってさらに黒さを増している。

 顔には皺が目立つものの、老人とは思えない。魔導器を見つめるその鋭い目つきと、澱み無く動く手先。魔法都市で活躍している現役の魔導技師ですら舌を巻くだろうその技巧に、老いなど感じようはずがない。


 灰色の光が部屋に差し込まれ、男は訝しげな視線をマイラに向けた。

「なんでえ、てめえは」

「マイラ・クリアシャフトと言います!今日は、あの、スピヴェルさんにお願いがあって来ました!」


 男――ザンレツ・スピヴェルは背を向けて、新たな魔導器を取り出し、作業台に置いた。

「閉めな」

 マイラがその言葉に従って扉を閉める間にも、ザンレツは作業を再開していた。



「で、なんだって?」ようやく作業を一段落させたらしいザンレツはぶっきらぼうに言った。

「あ、はい。その――魔導器の事なんですが」

「ああ。ひょっとして、ジャンクパーツか」

「そうです、それです。幾つか分けてもらえないかと」


 魔導器――特にGFの一部分のみを非公式に作ると、それは質の良し悪しに関係なく「ジャンクパーツ」と呼ばれる。

 GFは、人類にとって剣を捨てさせ、魔道術を廃れさせるほどの革命を起こした兵器だ。であるからこそ、統制が必要だった。

 GFを倒せるのはGFのみ。もしも戦場に立つ機動兵が反乱を起こして、武力制圧を図ったなら――銃火によってそれは簡単に成し遂げられるだろう。

 それを防ぐための手段が、空眼翼竜スカイアイ・ワイバーンと呼ばれる、超高空を滞空し続ける巨大魔導器だった。GFは製造されると中央本部に送られ、登録される。登録されたものだけが、GFとして認められるのだった。

 もし登録されていないGFが翼竜に見つかったなら――自動防衛機能が働き、中央本部へただちに通報され、場合によっては視認さえ難しい程の高空から攻撃されてしまう。


 なので、国が公式に認めていないGFを勝手に作ったとしても、あるいは、国から盗み出したとしても、登録されていない、もしくは重大な過失等によって登録を抹消されているGFとなり、大陸中を飛行するいくつもの翼竜に発見されてしまえばそれで終わりとなる。

 翼竜に見つからないためには、超低空に位置するか、翼竜でさえ飛ばせない未開の地に行くしかない。



「そりゃお前、事と次第によっちゃ分けられるけどよ――どうすんだよ、そんなもん」

 公的に認可されていないジャンクパーツを組み込んだ違法GFは、JFジャンクフレームと呼ばれ、JFを所持・使用・製造した者はただちに罪を問われてしまう。

 それも、マイラは公的な性能試験に用いようとしているのだ。無謀どころか、自殺しにいくようなものだった。

「決して迷惑はかけません。考えがあります」

「考えだと?あるなら聞かせてもらおうか。俺達が精魂込めて作ったやつらが犯罪に使われでもしたらたまったもんじゃねえ。犯罪幇助ほうじょとか言われて、俺たちゃ揃って首吊りか、また浅瀬を潜って日銭でやりくりするしかなくなるからな」

「これを見て下さい。私の研究室で作った物です」

 マイラはそう言って鞄から包みを取り出した。包みをはがすと長方形の箱があり、箱からは梱包材と共に人の腕部を模したような漆黒の籠手――GFの腕部装甲が姿を見せた。

 ザンレツは腕部装甲を無遠慮にひっつかむと、検分するようにあちこちを眺め回した。喉奥でふーんと唸ったのち、言った。

「本物だな、こりゃ。間違いねえ。ジャンクじゃない、本物のGFだ。――するとお前さん、魔導技師か」

「はい。ヴェルミリオンの研究室で『独立組』として作っています」

 それを聞いたザンレツは、不躾に眺め回した事を詫びるかのようにそっと腕部装甲をマイラに返した。


 ――やっぱりこの人は。


 マイラは、自身の見聞きした情報が真実であったと確信した。

「もう一度聞くぞ。ここに何しに来たんだ、お嬢ちゃん」


「私はいま、魔法学会に向けてGFの飛行フライトユニットを製作しています。それそのものは作れますが、学会に発表するためには全身部品フルパーツが必要となります。なので、頭部・胸部・脚部のパーツを幾つか譲っていただけませんか」


 簡潔に自己の状況を説明したマイラに、ザンレツは静かに応えた。

「たまにいるよ。あんたみたいな、立派に中央で働いてる奴らが、こんな場所に来るって事はな。だが、どいつもこいつもすぐに帰っていったがね。何故だか分かるか」

 ザンレツの口調に、怒りや呆れは感じられない。ただ、悲しみのような色が伺えた。

「ひとつは、まあ値段だな。技師サマなら知っての通り、GFは魔導器技術の結晶だ。指先ひとつとっても高価な代物で、それを身体部分ごととなれば、法外な値段になる。個人でのGF所持者が居ない理由は、鬱陶しい糞翼竜ワイバーンだけが原因じゃねえ。単純に高すぎるからだ。そしてもうひとつ。こっちの方が俺としちゃ問題なんだが――本当に、俺達に迷惑をかけないと言えるかってことだ。あんたたち学生気分の技師ってのは、総じて見通しが甘い。犯罪の一歩手前か、もしくは完全に真っ黒なことに手を染めようってのに気付きもしてねえ」

 それはまさに今の自身が置かれた状況である。不意に、マイラは笑いの衝動に駆られ、堪えた。


 ――なんだ、みんな考える事は一緒なんだ。やっぱりわたしは天才でもなんでもないや。


「だってのに――」ザンレツの言葉が続く。マイラは慌てて聞き入った。

「誰も彼も、目の前に集中しすぎてる。崖に向かって突き進もうとしやがる。おい、この間来た奴なんてな、反衝撃装甲とかいうトンデモ技術を組み込もうとしてやがった。外部から受けた衝撃を感知して内部から衝撃を起こし、衝撃を無効化する画期的なシステムだ――なんて言ってな、頭部と腕部のパーツだけ融通しろと言ってきた。結果がどうなったか?そいつにその場で試させて――結果、ちょっと小突かれただけで自爆する、ただの自殺専用GFが出来ただけだ」

 ザンレツはそこまでまくしたて、一息ついた。初めて感情らしき感情を見せた気がする。

「そりゃあ別にいいさ――中央の技師サマがどうなろうが、こちとら知ったこっちゃねえ。でもな、そんなのを搭載したまま、それがウチで作られた代物に積まれてあったならどうなるか、俺だって分かる。どうせ、『既存部分との連携が上手くいきませんでした』だなんて言って、自分らの技術は悪くなかったとか言い出す。そうなったなら――俺達は信用を失い、商いが出来なくなる」

 憤懣やるかたなし、といった具合だった。無理もない。

 確かに、見通しが甘いと言わざるを得ない話だった。新技術をろくすっぽ試しもせず、上手くいかなかったら他人のせいにすればよいと考えている――と思われても仕方がなかった。


 多分、時間が無さすぎて追い詰められたんだろうなあ。


 内心では技師寄りの思考をするマイラだったが、それはおくびにも出さない。ザンレツの立場からすれば、たまったものじゃないからだ。商売はその場限りで金銭をやり取りするだけではなく、資金と信用を以て継続する事を生業とする事でもある。

「で、聞くぜ。ひとつは物理的なもんだ。頭部・胸部・脚部となりゃあ、殆ど全身パーツだ。安く見積もっても、合計で80万ギルダ。これを支払えるのか?言っとくが、後払いは一切認めねえ。この場で全額払ってもらう」

 その値段に目を見開く――事はなかった。さすがに魔導技師をやっているだけあって、マイラは相場を弁えている。原価だけで言えばもう少し金額は下がるが、手間賃やら輸送費などを勘定に入れればそのぐらいになる。

 マイラの、都市基準からして決して安くはない月給が6万ギルダ程度である事から、いち平民であるマイラが財布から現金を渡して終わり、というわけにはいかない金額である。

「それなら、あります。これです」

 言って、マイラはザンレツから渡された腕部パーツを見せた。ザンレツは眉を顰めた。

「これひとつに、それほどの価値があるってのかい?しかしな、そりゃ通らねえ。あんたがやろうとしてるのは、軍需物資の横流しだぜ。れっきとした犯罪だ。こっちを厄介事に巻き込まないでくれよ」

「それは、軍部からの支給であった場合は――ですよね!」マイラは、挑むように言った。

「どういう意味だい」

「これは、軍部で支給されたのではありません!――装甲から内部基板に至るまで、民間の企業から買い上げた素材から、私と知人で作った物です」

「なんだって?」ザンレツは右眉を吊り上げた。空にあるあの雲は私が動かしてます、とでも言われたような表情だった。

「本当です!いま、証拠をお見せします――装甲と、基板と、魔術式に――ほら、ここ!ここに私のサインがあるでしょ!」

 マイラは手早く腕部装甲を解体し、あちこちを指差し、事細かに説明した。

 最初は疑念だらけだったザンレツも、次第に呆れ顔になってきた。


 嘘を言っていない。嘘を言っていないのなら――こいつは、相当な――。


「――わかった、こいつは完全にあんたのものってのはな。法的には、半分違法グレーってところだが――そこまで値が張るシロモノかい?」

「これは、腕部同調制御アームズシンクロが仕込まれている逸品です!簡単に言いますと、頭部装甲視認器ヘッドセンサーデバイスで敵性反応を捕捉ロックオンした時、腕部が自動制御され、魔導銃の照準を合わせてくれるものです」

「――――おい、そりゃあ」

「はい、新技術を搭載した腕部装甲です!とりあえず3セット分持ってきました!これで、80万ギルダには届くかと思いますが……」

「そうじゃねえっ!」

 ザンレツの、怒っているというよりは、悲痛な叫び声のような声が倉庫に響きわたった。マイラは思わず身を竦めた。

「お前、バカにしてんのか?それは正規兵の装備だぜ。それを、全部、お前が作ったって?そう言うのか?」

「全部では無いですが……っていうか、バカになんてしてません!それに正規兵の『試験』装備ですよ。装備するのは一部の前線部隊だけで、まだ一般には出回ってないって聞いてます」

「――頭の固い中央連中が言いそうな事だ。ここが、その『一部』の前線だよ。死と隣り合わせの、前線だ。いつも思い出したようにダスクどもが飛来してくるんだから、戦いの役に立つ装備ってのは、すぐさま導入するんだよ――はあ……」

 不意に、ザンレツはため息をついた。呆れて、これ以上何か言うのが億劫だ、と言わんばかりだった。

 自分は、受け答えを何か間違えただろうか。

 マイラの不安そうな顔に、ザンレツの困惑はより増していくようだった。

「値段のことはもういい。それで、法的根拠の方は?」

「あ、はい――実は、ちょっとした都合がありまして、全身の魔術式を変えないといけなくって。それで、その変更ついでに私のサインを入れておきます。さっき私が示したように、装甲・基板・魔術式に至るまでに私のサインがあれば、それは私が作ったって事になりますよね。装甲と基板には本当の製作者様のサインが入ってるかもしれませんけど、少なくとも魔術式には上書きが出来ます。だから、装甲と基板はともかく、魔導回路には細工をしたって事を事前申請しておくので――結果的に、既存部分との連携が取れなかったとしても、全部私一人の責任になりますよ!」

 むしろ元気いっぱいに言うマイラに、執念のようなものを感じたザンレツだが、反撃の手はまだある。

「お前が、俺の事を言わないって保証は?」

「それを私が言ったら、一発で不正がバレますから!ああ、なんでしたら、サインの入ってないパーツだけを下さい。この場で私がサイン入れますよ!後からサイン書き換え、なんてのも不可能です。なんたって時間が無さすぎて、試作品プロトタイプの完成さえ怪しい程に――」

「――わかった、わかった。わかったよ、マイラ

 なおも続けようとしていたマイラに、両手と頭を振り、ザンレツは遮った。

「あんたの言う事はわかった。そんなブツとの交換なら、パーツも融通してやれるだろう。問題が起きた時に、こっちに火の粉がかかりそうもない。だがな――危ない橋ってのは変わらねえぜ」

 マイラは黙っていた。

「バレたら、良くて技師の地位剥奪。悪いと牢屋行きだ。こんな事に手を染めなくても、また来年にすればいいんじゃねえのか」

「それが、そうも言ってられなくて。飛行ユニットの開発は4年前から始まっていました――まあ、そもそもは私の父が始めたのですが――最初は、誰もが期待していました。多少の失敗も目をつぶってくれましたし、多くの人達が賛同してくれました。ですが現在までに3回失敗していまして、支援者スポンサーのほとんどから見放されてしまいました。今はまだ政府が期待してくれているのでこの研究も認められているのですが、飛行ユニット以外の方法で空を飛ぶ方法が今年の魔法学会で発表されるらしく――そうなれば」

「飛行ユニットは立場を失う、か。あんたには悪いが、それならそれでもいいんじゃあねえのか。飛行ユニットはなくても空を飛べるなら……」

「本当に飛べるのなら、私としても嬉しいんですが……どうやら、ちょっと乱暴すぎる方法で飛ぼうとしてるみたいなんです」

「乱暴?足の裏にロケット噴射口でも付けるのかね」

「似たようなもんですかねぇ。でも、もっと乱暴です」マイラは顎に手を当て、薄笑いを浮かべるザンレツの軽口に、大真面目に応えた。

「魔素で力場を発生させて、浮力を発生させるらしいです。多分、まあ多少は浮かべるとは思いますけど……今の魔導回路技術では、魔素変換効率を考えても――せいぜい数メートル程度を数秒浮かべるぐらいだと思います」

「現実的じゃねえな」


「そうです。魔導回路が進化したとしても、飛行するだけで途轍もない魔素を消耗することになる。1、2機程度であれば問題ないと思いますが、GFは配備数が右肩上がりですから――そうなると、魔素消費量がどうしても多くなりすぎる!環境問題に発展しかねません!――だけど、飛行ユニットは失敗し、力場技術は成功した、という事実のみが残ってしまえば――恐らく、いや確実に――政府からも見放されてしまうんです!そういう生き物なんです、技術研究の成果を求める輩ってのは!」


 最後には叫び出すような剣幕でまくしたてるマイラに気圧されたザンレツが、半歩退く。

「わ、わかった――わかったよ」

「はあ、はあ……すみません。つまりですね。今回の魔法学会で成果らしい成果をお上の人に見せないと、研究の認可が取り下げられるんです!そうなったら、もう終わりです。資金も下りないし、たぶん私には別の研究が言い渡されてしまう。今回の学会が、最後のチャンスなんです。だから、どうしても」

「――じゃあ、研究を続けるのは、環境破壊を防ぐのが原因か?」

 マイラを遮ったその言葉は、全ての虚飾を剥ぎ取るに充分だった。

 いや、嘘を言ったわけではない。環境破壊が深刻になり、結果として、GF技術そのものが問題視されかねない力場技術の乱用は確かに問題だ。

「――いいえ」マイラは首を振った。

 環境問題。それは決して一番の問題ではない。

 少なくとも、マイラ本人にとってしてみれば、そんな大きな事よりももっと小さな事が問題なのだ。

「私は、ラング・クリアシャフトの志を遂げたい。父の見た景色を見たい。それで、その景色の――向こう側というか――父が本当にしたかった事を見たいんです」

「本当にしたかった事」ザンレツが繰り返した。

「空を飛ぶ事以外に、何かあるってのか」

「父の飛行ユニットプロジェクトに対する情熱は、普通じゃなかったんです……家にもほとんど帰ってこなくて。いつの間にか重い病気にかかるほど働いて……何かあったんだと思います。だけど、父が遺したのは研究に関するものばっかりで、父自身が何を考えていたのかは、何も分からなくて」

 マイラは言葉を切った。

 ザンレツも沈黙し、倉庫にはどこからか聞こえてくる金槌の音とどやしつける男の声だけが響く。


 長い長い沈黙ののち、ザンレツは腰を上げて倉庫の奥へと歩いて行った。木箱の一つを開けると、舞い散る埃をも意に介せず、幾つかの物品をマイラの前に置きはじめる。

 それは、GFの頭部・胸部・脚部パーツだった。漆黒色の装甲を持つそれらは、倉庫内の魔導光を反射して煌めいている。

 それは奇しくも、マイラが持ってきた腕部パーツと同色だった。

「そいつらは、昨日作られたばっかりの新品――内部の魔導回路も空疎ブランクだ。他の奴らには見向きもされねえ代物だが、あんたにはこっちの方が都合がよかろう」

「え――あの、じゃあ、こちらはこれを」

「いいよ、いらねえ」マイラが差し出した腕部装甲をザンレツは拒否した。

「ただ、約束してほしい。今回の件を公にしない事。今回の件がうまくいったら、俺の作るパーツを贔屓にする事。それと――やりきって見せろ」

 ザンレツは背を向けている。表情は分からない。

 マイラは言葉が出なかった。

 その三つの約束は――つまり、物質的なものをマイラから受け取らないという事だった。

 むしろ、これではマイラの信用を欲しがっているのでは、とすら受け取れる内容でもある。

「どうしてですか?」

 単純にマイラの持ってきた腕部装甲が気に入らないというには、無理のある対応だった。

「まあ、なんだ――3年前だよ。GFに取り付ける翼を作りたいからっつってな。パーツを幾つか持ってった奴がいたんだ」

「翼?それって――」

「そいつは言ったよ。いつか絶対カタチにして見せるってな」

 ザンレツは、マイラを見てはいなかった。壁の一点を見つめている。

 そこには、二等辺三角形のような形をした板が掛けられていた。そこかしこが不自然に焦げた跡がある。


「だが、反故にされた。さすがの俺も手の届かねえ所にいっちまった奴には会いにいけねえ。だからその――取り立てだ。3年越しに返してもらおうってだけだ」



 ザンレツ・スピヴェル。

 マイラがこの名前を知ったのは、父の研究ノートに書かれてあったからだった。

 それによると、飛行ユニット以外の既存部分は、全てこの業者らしき者から調達していたらしかった。

 几帳面な父のノートには、取引内容が全て残されていた。

 それほど法外な請求もされておらず、モノも上質という事が記されていた。


 父の生きた足跡は、マイラの記憶と、この研究ノートしかない。

 だが、父の生きた道は、ここにも存在していた。

 自分以外の人物にも、覚えられていたのだ。



「本当に、ありがとうございます!」

 来た時よりも膨れた鞄を背負い、マイラは腰を直角に折り曲げて礼を言った。

「いいって。それより、無茶すんなよ」

 ザンレツの言葉はぶっきらぼうだったが、微妙な表情だった。笑おうとしているのかもしれなかった。

 いつの間にか、マイラはここが離れがたい場所になってきているのを自覚していた。だが、いつまでもぬるま湯に留まっているわけにはいかない。

「この恩は、学会が終わったら必ず返しますから!」

「俺もあんたの研究成果で甘い汁を吸おうとしてるだけだよ、信用すんなよ。こんな闇業者をよ」

 本当にそうであれば、まだすっきりと別れられるのだが。

 鞄の中に、整備用予備部品と、街の特産品である魚の燻製と海藻を干したものまで入れられた。

 いくらかの現金まで渡された。さすがに断ろうと思ったが、ほんのわずかばかりでも金の欲しい現状では、善意を断り切れず、結局は受け取ってしまった。ただ、金額を紙に控えておくことで、いくらか罪悪感を薄れさせる事にした。


「最後に、年寄りからの小言と思って聞いてくれねえか」

 ザンレツは言った。

 褐色の表情に、影が差していた。その目には、疲労と、悲哀が浮かんでいた。

 海風が静かに吹いてくる。周囲の鉄臭さが吹き飛んでは、またすぐに鉄の臭いが漂ってくる。

「あんたのする事は、すげえよ。中々出来る事じゃねえ。でもな、本当に大事なのは、他人に誇れる立派な事じゃない。他人に自慢できる財でもない」


「あんたが大事だと思う事を、大事だと思う人を、大切にしてくれ。失った後は……なんも出来なくなっちまうからな」

 ザンレツの目はマイラを捉えてはいたが、マイラを見てはいなかった。


 どこか遠い過去を見ているかのように、あるいは、失われたものを懐かしむような目だった。

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武装兵器-Gear Frame- 天空への架け橋 早見一也 @kio_brando

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