第15話 血戦

   サイバーコマンド・アイアンナイト


第15話 血戦


「SeaRAM発射!」

「発射!」

横須賀基地沖を航行中の護衛艦から近接防空が2発ミサイルが発射された。

「目標に到達します。命中!」

 護衛艦の戦闘指揮所が安堵感に包まれた。


 昨日、歐亞中央から40フィートコンテナ型ミサイルの存在が明らかにされてから、海上保安庁、海運会社、港湾関係者は蜂の巣をつついたような、騒ぎとなった。

 我が国と取り巻くあまたの貨物船のどこかに、40フィートコンテナに偽装した対艦ミサイルが存在する。分かっているのはそのコンテナの識別番号のみ。もし中身を入れ替えていたら、それも当てにならない。積み荷のデータがハックされている可能性が出てきた以上、とりあえずは日本全域の港湾および、東京湾周辺の港湾にあるコンテナヤードとコンテナ船を総当たりでチェックする必要性があった。しかしそれは気が遠くなる作業だった。

 しかもそれがテロリストがらみである場合、一般人がうかつに近寄ろう物なら、射殺されたり人質になったりする可能性がある。それでも海上保安庁は砂の場から一粒の砂を見つけるような臨検を続け、また臨検する状態にない海上自衛隊は、ヘリコプターで撮影をするだけでもこれをサポートした。そして海上自衛隊ヘリコプターが浦賀水道を北上する貨物船を撮影しようと近寄ったとき、スティンガーミサイルでヘリが撃墜された。

 これを持って政府はVR会議室にて臨時閣議を開催、防衛出動を決定、海上自衛隊に正式に対処の命令が下る。

 地上観測班から該当コンテナ船の、先端部に積載されたコンテナの上部が展開され、ミサイルが発射態勢にある事が確認されると、護衛艦がSeaRAMブロック2誘導ミサイルを準備、的ミサイル横浜方面に発射されると、これを海上で撃墜した。こののち海上自衛隊特殊部隊が強行乗船したが、ブリッジにたどり着いた時には、船員は射殺、テロリスト1名が自殺しているのが見つかった。巨大コンテナ船の省力化自動化により、乗員がいるという事実を満たすだけのためにワンマン運航をする実情を目の当たりにする。


・首相官邸 官房長官室


「正気とは思えん!それで船上パーティーをやるって言うのか?」

 鹿島は呆然として、外務担当の秘書官に聞き返した。鏡水総理の出席は断り、この状況を考えると決して安全ではないと伝えても、すでにテロリストは対処されたといい、とりつく島もない。自分たちがコンテナロケットが複数ある可能性を示唆しながら、それを矛盾することをしている。それらを含めて、中国から来た停泊中の豪華客船を借り、在邦歐亞中央人とパーティーを強行するのは正気とは思えなかった。それともなにか確たる情報を持っているのか。

「それがメンツってやつか?止めたってやめないなら好きにさせろ。警備は桟橋までにしておけ!」


・基地 特殊部隊区画


 官邸周辺の事態の終息宣言がでて、警視庁に警備を引き継ぎ、秋尾たちはいったん基地に引き上げた。現場検証や隊員の聞き取りに時間がかかり、基地に帰投した時は15時を過ぎていた。隊員たちは今後来るであろうコンテナ船の臨検協力に向けて整備を確認し、秋尾はいったん執務室に戻った。そこにギスマスが尋ねてきた。

「お疲れさま!」

 秋尾はげっそりとしながらも、笑みを浮かべて応えた。

「本当助かったよ!」

「いや、ARグラスを拾ったハウを褒めてやれよ。全部あそこからだ。さっき見かけたら、叱られた犬みたいになってたぞ。」

「すまん。」

「ところで、先に謝っとくが、敵が使っていたAB360は、ウチの奴らが止めろと言ったら、システム初期化しやがって、そっちの戦はどうにもならん。」

 秋尾は思わず、ぶっと笑った。大体何をしたのか想像がつく。

「ただ、それまでにAB360から取った映像データに、いいもんを見つけたぞ。」

 ギルマスは印刷した一枚の写真を見せた。モーションキャプチャーカメラの画像だが、広角レンズで人間が写っている。

「その人間じゃなく背景な。」

「…ラザロ?これラザロか?」

「ラザロのモデルのプリントアウトだな。あのキャンプにいた連中ですら、ラザロのモデルを見たことはないと言ってたから、状況証拠でしかないくても、キツネの一味とラザロがつながっているという、かなり濃厚な物的証拠だ。それと、つぶやきウイルスをぶち込んで、ルート割ってやったが、新絽まで行って、北洲人が固まって住んでいる国境地帯がラストだ。多分国境の向こうにはレーザーかダークファイバーでつながっているんじゃないか?他の写真にも北洲語の文字があった。」

 うれしい反面、恐れもあった。つながっていると言うことはやはり、キツネが失敗したことをラザロは知り、次はラザロの番という可能性が高い。

 そのときARグラスのアラートが鳴って、作戦ネットワークに自衛隊からの情報が流れた。

「浦賀水道で、海自ヘリ撃墜された?」

「…危惧していたとおりになったな。」

「…ああ。」

【ギルマス、重要インフラン関連のアラートが出ています!コマンドルームに!】

 ギルマスと秋尾が顔を見合わせた。

【東京湾内にあるコンテナ船の内、自動航行の物が海運ネットワークから消失しています!】


 コマンドルームに戻ると、GEEKSに情報セキュリティ室の重要インフラ担当からアラートの連携があった。重要インフラ担当は電気ガス水道や運輸関連のセキュリティを担当するチームであり、これらのネットワークに問題が発生した場合、それを受ける政府側の窓口になる。

「先ほど、東京湾内にある自動航行船のうち、ノマド社のシステムを採用するものが、海運のネットワークから消失しました。同一のシステムの集団感染のようで、データを送ってきません。個別に連絡つく船舶は、手動で再起動を行ったり、手動の運転に切り替えたりしています。自動航行システム意外には支障はないのですが、その事実にすら気づかない、省力化された船舶の場合、自分が陥っている状況も理解できないかと。それもコンテナ船にその傾向が多く。」

「で、具体的に何が起こりうる?」

 ギルマスが切れて、結論を急ぐ。

「操船を乗っ取られて航路を変えられたり、意図的にぶつけるとか。」

 ギルマスが机を叩いた。そのときまたARグラスにアラートが出る。

「防衛出動、閣議決定。発令…。」

【秋尾隊長!郷田隊長!他サイバーコマンドの全隊員!】

【審議官!】【はい!】

 椎名からの無声暗号通信だった。

【先ほど閣議決定で防衛出動が発令された。ただいまを持って自衛隊としての交戦規定に移行する。敵に対処する場合は殲滅を優先せよ!】

【…はい。】

【以上だ。】

【審議官。バイよろしいですか?】

椎名は回線を秋尾との二人に切り替えた。

【しかし審議官、現状ステージが海であり、我々は足が。】

【それに関しては手配中だ。それから、目下別の問題も出てきている。この状況で、リー大統領が横浜港で客船を使ったパーティーを開催する可能性を、まだ否定していない?】

【はい?】

【心に留め置いてくれ。】

【…了解しました。】


 出動した隊員は整備班の建屋に戻ってきていた。ウェポンコンテナ車から機材をお取りしたり、試作工作車から武装を降ろすためである。現状空と海への対応能力を持たないナイト01は、出動するにしても他の自衛隊の協力なしには何もなしえなかった。

 整備班の片隅で、妙なものを整備をしている青年の横に、スピアがやってきた。

「よう、加持君、なにやってんの?」

「スピアさん、お疲れさまです。これですか?ジェットウィングNEXT。生身で飛行機みたいに飛べるやつです。ジェットタービンディスクより遙かに早いですよ。」

「ん?どゆこと?」

「これを背負って飛ぶと、飛行機みたいに飛べるんです。時速400キロで10分。ちっちゃいけど環境迷彩板もついてるんですよ。」

「へぇすごいじゃん。こっからすぐ飛べるの。足焼けちゃうよね。カタパルト?大砲とか?」

 スピアは昔のサーカスみたいに大砲で打ち上げられる、その絵面を想像してちょっと笑った。加持も苦笑いする。

「これは、上空までヘリで上がって、落ちる間に点火して、飛ぶんです。点火できなかったり、着地するときはパラシュートです。」

「ふうん。でもうちヘリ無いからね~。」

「来年度配備みたいですよ。それまではテストの時、どこかに上まで連れて行ってもらわないといけませんねぇ。」

 スピアは加持が整備しているのをひとしきり見ると、メンバーのところに戻っていった。それを聞いたハウが走って見物に来た。


 予測したとおりだったが、貨物船のうち海運会社からの連絡に応えないもの一定数いた。先ほどのヘリ撃墜により、テロリストがスティンガーを持っている事が想像され、臨検も中止されている。対応は政府のテロ対策本部で検討されていた。

 そしてまた秋尾のARグラスに作戦ネットワークから情報が流れる。

(浦賀水道でミサイル発射?護衛艦がこれを撃墜?)

【秋尾隊長!】

【どうしたギルマス!】

【海運のネットワークに復帰しなかった貨物船が、全部動き始めた。手動での再起動を賭けられなかった物もあるそうだ。現時点ではそれぞれ、規則性のない航路を取っている模様。まもなく無人操作できるヘリを高高度で飛ばして、光学による追跡体制を構築するようだ。】

 秋尾は、まただと感じた。マスの大きなところをざらっと網ですくって持って行くような感覚。悪意のハッカーとしては少ない労力で最大の効果を生む基本中の基本だが、これが物理の世界で牙を生むことに、自分たちはまだ対応し切れていない。重要インフラ攻撃と言えば、電力網がやられる、交通網や車がやられるというのはよく聞くが、海運は手薄なのだ。しかし、目的が大きな物を動かす、つまり衝突すれば物理的エネルギーを持つという意味では海運は一番効率いいターゲットなのだ。そして今回はネットワークに応答しないと言うことは、完全に自立で動いている。結局陸の上でオートマタを自立で動かし攻撃をさせるというシーンには遭わなかったが、それは「できない」ではなく「このために残したカード」だったのだ。とすれば目的は何か?何をやれば一番大きな効果を生むか、奴らの目的は何か、秋尾は考えた。リー大統領か?ではなぜそんなわかりきった危険を大統領は侵すのか?それともこれは北洲と歐亞中央の茶番なのか?だとしたらなぜそんなことをするのか?国家の大統領が自分の身を危険にさらしても、他国に責任を負わせるようなことをするのか?読み切れないカードが目の前に積み上がり、どの手も上がりには見えなかった。


・官邸 北洲テロ対策本部


「浦賀水道の貨物船は制圧しましたが、現状他の貨物船は数も多すぎ手が出せない状況です。連絡に反応がなく、かつ、人質がいる可能性と、テロリストがスティンガーミサイルを持っている状況では、うかつに近づけばヘリが撃墜されます。それは戦闘ヘリでも戦闘機でも同じですし、町が近い東京湾内で万が一戦闘機が市街地に落ちれば、事後処理は想像を絶します。」

 防衛省が見解を述べた。

「海上保安庁としても、敵の確たる場所があればまだ特殊部隊で海上なりから突入することは検討しますが、数も規模も、そしてテロリストの目的も分からない状況においては、すすんで手を上げることはできかねます。それに海であっても例のロケット砲の不安も拭いきれません。」

 海上自衛隊が挙手する。

「ある程度、数を絞り込んでくだされば、船の足を止める、ということだけにおいては実行可能です。」

 鹿島はため息をついた。

「分かった。海自の件以外は、現状帯に短したすきに長しなんだな。」

 一同が頷く。

「とりあえずは引き続き、無人ヘリによる高高度の動向把握と、AIを連携した分析を進めます。」

 防衛大臣が、まさしくとりあえず方針をまとめた。

「ところで、火事場でパーティをやる皆さんは強行するのか?」

「船上パーティーという事は譲れないが、出航は見合わせるとのことでした。」

「私らはその用心棒だな。それが大丈夫だっておっしゃってんなら、明日のオリンピックの開幕式典も無事だろうよ。」

 一同が苦笑した。

 

・基地 特殊部隊区画


 秋尾がバトラーから撤収の完了の連絡を受けて移動しているとき、見慣れない連絡先からの通信が入った。政府の認証回線だった。

(海上保安庁 敷島)

 ハウの海上保安庁SST時代の上司だった。

「秋尾隊長、いまよろしいですか?」

「敷島隊長、ご無沙汰しております。大丈夫ですよ。」

「出動お疲れさました。作戦ネットワークで拝見していました。」

「いやお恥ずかしい。」

「ちょっとお願いがありましてご連絡しました。今防衛出動で自衛隊の統制下で動いておるのですが、うちの所有機の中で、何台か無人で飛べるヘリがあり、これを高高度で飛ばして不明貨物船の動きを追跡しています。で、ずっと飛ばしっぱなしでして、少しでも手間を省くために、新羽田まで戻らないで、そちらの給油施設使わせてもらえませんか?もちろん、手続き等はちゃんと行いますので。」

「あ~。もしかして、たらい回しされました?」

「いや、その。」

「話しておきます。一体の作戦中ですし、協定があるので問題ありません。使ってください。整備班にも言っておきますので。現状ウチは、足がなく指くわえて見てるだけなんで、大丈夫です。」

「ありがとうございます。感謝します。このご恩は必ず。何かできることがあったら言ってください。」

「いえいえ、お気になさらずに。では。」

「あ、あ、あと隊長。…あの、ハウのやつ、元気にやってますか?」

「元気です。今はウチのトップ2ですよ。…悩むこともあるみたいですが、大丈夫です。乗り越えるはずです。」 

「…ありがとうございます。では!」

 秋尾は通話を切って、ちょっと心が温まった。


 整備班の倉庫の脇に隊員が集まっていた。秋尾がやってき見て急ぎ扇状に整列する。秋尾が全員の顔を正面から見られるように、隊のルールとしていた。秋尾は全員を見回して口を開いた。

「出動、ご苦労だった。今回も無事全員が帰ってくることができた。感謝する。俺が言いたいことは分かっているだろうか、細かい反省はこの一連の騒動が収まってからやることにする。翼も船もない我々は、現状能動的に動くことはできない。出動命令があるまでは、交代で休んでくれ。以上だ。」

「隊長!発言よろしいでしょうか!」

 ハウが言った。秋尾はハウを見て一呼吸置き応えた。

「なんだ?」

「翼はあります!」

「なんことだ?」

「整備班がメーカーから評価用に借り受けている、歩兵用ジェットバックが4機。時速400キロで10分。環境迷彩板もついている。これにナイトアーマーの外装変更機能、保持機器のE―INKプレートを使えば、水面近くから敵が油断している隙に取り付けます。高いところからスタートしなくちゃいけないけど。」

「まだ功を焦っているのか。」

「違います!ちゃんと冷静に要素を積み立てた結果です。作戦ネットワークを見る限り、ヘリが近づけば打ち落とされる。戦闘機ならば市街地落ちたら大惨事。艦砲射撃やミサイルだと、打ち損じたら同じく市街地に被害。でも敵は、ロケット弾を小火器ならば、早く小回りがきいた小火器がふさわしい。隊長がよしと思えば、進言してください。」

「…。で、それを誰かテストしたのか?」

「してませんが、原理的に単純なのと、私の特技のBMIを使った即時適応能力があります。そして隊員間のスキルをカバーする訓練をする中で、私がポイントをつかんで、それを隊員シェアして、即時対応させる訓練をしました。ジェットウィングは高高度から落下してエンジンに点火し、制御できない場合はパラシュートで降下します。機器事態の信頼性はすでに照明されています。」

「…いいたいことはそれだけか?」

 秋尾がハウの方に歩き出したことで、ハウは目をつぶって返事をする。その声が裏返っていた。

「ハイ!」

 殴られると思ったハウは、体を硬直させたが、感じたのは肩に当てられた秋尾の手の温かさだった。

「生き急いでないと言えるか。」

「言えます!」

「出撃しても、必ず生きて帰ってくると約束できるか。」

「や、約束します!」

「………。分かった検討しよう。」

 秋尾は、もう一度ぽんと肩を叩いてバトラーに歩み寄った。ハウは直立不動のまま、えぐっえぐっという声を飲み込んだ。涙がだらだらと頬を伝う。横に立っていたパトロは手を伸ばしてハウの手を握った。パトロも涙を流していた。

「バトラー、人選をしてくれ。審議官と話してくる。あと整備班にデータを回させろ。」

「了解しました。」

 秋尾がコマンドルームに向けて歩き出した。


・首相官邸 官房長官室


「で、豪華客船さまも貨物船と同じシステムを使っていて、係留ロープのパージシステムが作動し、桟橋を離れて動き出してしまったと。ギャクだよな。絶対にわざとやっているだろう。大統領を乗せて、動きだしちゃった?ああ?」

「じ、事実としまして…」

 テロ対策本部で、衆目を気にせず鹿島がぶちまけた。

「そんなうっかりさんのために、我々の血税を使って、お助けしなくちゃならないのか?それでやられたら、隊員たちは…。すまん。頭に血が上った。」

 鹿島は人の生き死にに関しては言葉至る前に、冷静さを取り戻した。

「すべての不明貨物船が横浜方面を目指しているとも言え、湾内エリアだけでもすでに10隻を超え…。」

「ぶつかる可能性は?!」

「…あります。」

「で、海上保安庁の船を出して、サンドイッチにしてもらうのか?。とりあえず、SPしか連れてない大統領さまの不測の事態に備えてなんとかしないといかんな…。もし船にすでにテロリストがいたら、手も足も出ない。」

「あの長官…。」

 防衛大臣が恐る恐る手を上げた。

「一部の部隊から策があるとのことなのですが…」

「どこの?」

「…アイアンナイト?」

「…アイアンナイト。」

 鹿島は防衛大臣の言葉に感心したような顔をした。


・基地 特殊部隊区画


「敷島隊長、早速ですみませんが、よろしくお願いします。」

「もちろんです。上空で荷物を落とすだけ、ですから、お安いご用です。その後は上空からの画像を中継します。」

 給油に来た過剰保安庁の無人ヘリに、スピア、ファルコン、ハウ、パトロの4名が乗る。

【ハウが先に降下し、情報を共有、その後パトロ、ファルコン、スピアの順だ。スピアが先行して、何かあったら露払いをしろ!ただし、速度が遅くなれば撃たれる可能性が高くなる。あと移動時以外は水面になるべく近づくな。それと絶対に下には逃げるな。海面に激突したらアウトだ。上に逃げてひねって水平に逃げろ。】

【了解。戦闘機の気分を味わってくるよ。】

 スピアのジェットウィングは、両翼に弾帯につなげた機関銃を装備し、まるで戦闘機のような姿だった。もともと用意されている仕様だが、作った人間は絶対頭がおかしい。

【ファルコンは索敵機材を船内に持ちこむことを優先しろ。少ない人数で戦うには索敵は必須だ。最悪でも船に放り込め!】

【了解です。】

 ハウとパトロはナイトアーマーを装着した状態で、腰に着地用スラスター。交換マガジンを多量に保持するため、通常は着けないタクティカルベスト、サイレンサー付きM5カービンとグロック19を装備した。

【ハウ・パトロは強行着陸。他の二人になにがあってもそれを優先しろ。着陸時のみ推力を絞って、あとはスラスターとエアバッグで対処しろ。第一優先はレセプションホールにいると思われる大統領の安全の確保。第二優先はテロリストが侵入していた場合の排除。可能ならばスティンガーを優先的に潰せ!】

【了解!】【了解!】

【15分後大桟橋付近に到着したところで開始する!】

「敷島隊長、お願いします!」

「了解です!離陸させろ!」

 秋尾は上昇していくヘリを見送った。

【残りの隊員も出るぞ!】

 スティンガーを封じることができた場合に備えて、バイクドローン、ジェットタービンディスクで客船に乗り移れるように、ウェポンコンテナトレーラーに装備を積んで、装甲輸送車とともに、横浜港大桟橋方面に出発した。


・横浜港 客船内レセプションホール


 リー大統領と招待客たちが、着飾ってレセプション会場に集い、談笑していた。会場の前方、ステージ上には、リー大統領来和記念式典の文字が飾られていた。

 視界の男性が

「本日のショーが始まりますまで、この美しい横浜の夕暮れをお楽しみくださいませ。」

 とアナウンスをしていた。

 リー大統領もSPを従えながら、そこかしこで招待客に囲まれ賑やかに談笑していた。


・基地 上空


 ハウたちのHUDの中にカウントダウンの数字の終わりが見えた。3,2,1,となり0となった瞬間に、ヘリからハウがまず飛び降りる。無事ジェットに点火し、癖をつかみ、自分の機体を一定高度の旋回に設定すると、パトロを降下させた。リンク状態でまず二人で操作し、徐々に自分の割合を減らす。パトロも旋回モードに移ると、ファルコン、スピアの順で同じ事を繰り返し、全員が安定した。

【よし、先行する!合図するまで突入は待ってろよ!】

 スピアがそう告げて、降下しつつ機体を左右に揺らし、タイミングをつかむ。やがて水面近くなると、機体を起こし水平移動に移った。ADAPTIV環境迷彩板が作動し、上から見ると海の色と一体となり、全く見えない。スピアはHUDを後続の3人がついてきていることを確認してから前方に集中した。そして明らかに客船に近い一隻に的を絞る。貨物船の前方に出て機体を火選りつつ引き起こし、コンテナの上方に出て、艦橋に向かって直進する。すり抜けざまに艦橋に人影を確認する。もう一度旋回し、引き金を用意しつつ艦橋に接近すると、人が手を振っているのが見えた。

【こいつは違うか?】

 そのまま客船の後方に位置する貨物船に向かう。一度低空に落として、再度引き上げてコンテナ船の情報に出ようとした瞬間に、中程のコンテナの上部が開いているのを見た。

(まにあわん!)

 その目の先に、スティンガーを構えている人物を見て反射的に引き金を引きつつ、機体をひきおこす。

 機関銃の弾が連続して着弾し、一部が艦橋にも当たった。機体を練って高度上から、今度は船体の横方向に、ロケット砲が入っていると思われるコンテナを機関銃でなで切りにすると、機体が通り過ぎてから後方で光が光った。もう一度旋回し、艦橋とコンテナを確認しようとすると、両者の破壊を確認できたが、それに加えて、横置きのコンテナの複数の扉が開いているのが分かった。

(なんだ?!)

 船の反対側にも扉が開いている物がある。

【やばい!すぐに客船に取り付け!】

 スピアは直感でハウとパトロ、ファルコンに命令した!

(どこだ!)

 機体が速く、また風圧であまり首が自由にならない。切り返して見ていたら時間が無い。スピアは速度を落として旋回を優先した。そのとき、連続した光が見えて、それが耳元を通過するのと金属音がするのが分かった。続いて左手に鈍痛が来る。

【敵が客船に向かって進行中!すまん、被弾したかもしれん】

【ハウ・パトロ!後はお願いします!スピアを救援に行きます!スピア離れてください!】

 ファルコンは索敵機材の入ったケースを船体上部に投下した。投下した瞬間にエアバッグが展開し、それが船体に当たると、粘着質で張り付きつつ衝撃を吸収して、最後に破裂し、機材だけが残った。

 ファルコンは客船から離れつつあるスピアに全力で追いつき、ジェットウィングの上部に自分の期待から伸ばしたワイヤーを固定し、大桟橋方面に待避した。

 ハウとパトロは客船前面両脇から侵入し、直前で速度を落として期待を引き起こすと、機体をパージして、腰に着けたスラスター、そして最後はエアバッグを使って上部に降りた。M5カービンを構えるとすぐに船体に駆け寄り、周囲を確認しつつ索敵装備を回収した。

【隊長!……隊長!】

 HUDをよく見ると、アンテナマークがほぼ消え×マークがついて、SIGNAL LOSTの警告がついた。

【かなり強力なジャミングが展開されている!】

 パトロの言葉にハウは頷いた。二人は可視範囲であればレーザー通信が行えるので、BMIによる無声通信ができた。

【とりあえずレセプション会場を目指そう!】

 ハウはもう一度頷いた。

【先行する!パトロは後ろも見てて!】

【了解!】

 パトロは視界を360度に変更して、全周を警戒しながらハウの後ろを守る。

 階段がある吹き抜けに出て、頭を出し周囲を確認する。

【クリア】

 階段を降りて通路がぶつかるところでまた確認をする。

【クリア】

 それを幾度か繰り返して、職員用のバックヤードを通って、レセプションホールにたどり着いた。奇妙だがその間、従業員に全く遭遇しなかった。まるで無人の船のようだ。

【すでに北洲の連中にどこかに集められているのかな?】

 ドアを薄く開け、手の甲に収納できる薄型のカメラを差し入れた。

【バリケード築いて固まってる?】

【よし入る!】

 パトロが指でカウントして、合図と共に中に入った。

「リー閣下!陸上自衛隊です!テロリストが船内に入っており、警護に参りました!」

 歐中語に同時通訳しつつ、ハウを前に銃を上に上げてホログラムの身分証を表示しつつ進む。招待客は一瞬恐怖の声を上げたが、その言葉を理解すると、やや騒ぎが収まった。パトロは全周を警戒しつつ後ろをついて行く。拳銃をこちらに向けているSPらしき人物たちに囲まれた者が、一番奥まったところにいることを確認した。そちらに近づこうとした瞬間、レセプションホールの正面扉が開いて、迷彩服の兵士がなだれ込んできた。招待客がまた悲鳴を上げる。

「みんな!伏せろ!」

「リー!この裏切り者!」

 パトロが叫び、兵士が北洲語で叫ぶのと同時に、ハウが腰だめで機関銃を斉射した。最前列の兵士が倒れ、ハウが二列目に斉射する間に、パトロが後方で、パトロたちではない方向に狙って発砲しようとしている人物を、照準で狙って撃った。相手は発砲しつつ倒れる。

【こっちは見てる。大統領!】

 ハウがそう言い入り口付近に倒れている兵士を確認しに行く。パトロが、前方を任せつつ意識を右の大統領に向けると、一部のSPが大統領を抱えていた。パトロが駆け寄ろうとすると、SPがそれを制止し、おそらく大統領の声で、「私は大丈夫だ。みんなを。」という声が聞こえた。

【ここは出口が多すぎる!分が悪い!】

【私が前を見ているから、パトロはバックヤードのドアを塞がせて!】

 パトロは従業員らしき男性たちに指示を出し、ドアの向こうに簡易型のカメラを設置した上で、バリケードを積ませた。

 そしてパトロが入り口に戻ってきて、兵士の死体をレセプションホールの外に引きずり出す。そのうちの一人を背中から持ち上げたとき、兵士の前面のタクティカルベストが爆発し、パトロが兵士もろとも吹き飛ばされた。ハウがパトロに駆け寄ろうとすると、ホールの情報から別の兵士が発砲する。

「おぉおおお、まぁああああ、えぇええええええ!」

 ハウがナイトアーマーのフル出力で地面を蹴って、発砲しつつ階段上に飛び上がった。そしてその場に数名に、一瞬で詰め寄り、ゼロ距離で発砲する。弾が切れると、腰の後ろに着けていた、トライデント電磁警棒を抜いて、相手の顎を下から突き上げスタンガンを見舞った。相手が動かなくなるとそれを横に投げ捨て、なおも敵を探す。

【ハウ、だめ…。戻って…。】

 階段上から見えるパトロが、手をハウの方にかざしていた。パトロは階段を飛び降りてハウの元に駆け寄り、ハウを抱き上げてレセプションホールの内側に連れ戻した。

【ハウ。私、大丈夫だから。】

パトロは手をついて体を起こした。

【聞いて…怒ることがあっても、それに飲み込まれてはだめ。私…それで昔、すごく後悔する事があったの。だから、ハウにはそうなって…欲しくない。】

 ハウはそれを見ている。

【私たち、ずっとバディで、一緒にやっていくんでしょ。】

 ハウは、ゆっくりと頷く。

【じゃあ、約束して、怒りに飲まれない。怒りが主じゃなくて、あなたが主になる。】

 ハウはもう一度頷いた。そしてハウが口を開いた。

【…でもね。】

 ハウが続けようとしたとき、船内のスピーカーが入って、突然声がした。

「やはり来たな。如月美影、そして白井美波…。」

 それは、忘れもしない、暁のラザロの声だった。二人は青くなり、驚いてスピーカーを探した。

「おまえたち、我々の復活を良くも妨げてくれたな。何回も。何回も。言ったはずだ、妨げる者は死ぬ。おまえたちが殺してきたもの、奪ってきたものに、殺されるか、今日死ぬか。それだけの違いだ。裏切り者は始末した。あとはおまえたちのロウソクを刈る死者に、遭いに来るがいい。ハハハハハ、ハハハハハ。」

【でも、こいつが、こいつがぁああああ】

【ハウ。あなたも言われたのね…。】

 そのとき、二人が同時に肩を叩かれた。全然気づかずにいきなり叩かれた事に驚いて二人がそちらを見ると、そこには黄色いハンピースを着た背の低い女性が立っていた。二人は笑っているその女性が誰であるか気づかなかったが、気づいたときにはないとアーマーの顔の横に手を添えられた。

「ナイトアーマー、クォーターデコード。」

 女性がそう言うと、二人のナイトアーマーが、首下まで解除された。そして驚く間もなく、目の前にそれぞれ手をかざされ、何かが光ったと思った瞬間に意識が飛んだ。


「ここに来れば二人に直接会えると思った。時間があまりないから眠ってもらった。外は私が見ている。安心して良い。」

 二人の目の前に、黄色いワンピースの女性が立っていた。それはかつてパトロが作戦で使ったことがある、産総研所有のアバター、そして今はカナリアを名乗るハッカーが使っているものだった。二人は顔を見合わせると驚く、明らかに幼く、10代前半の姿になっていた。カナリアは二人の前に鏡を出す。二人は自分がどういう姿になっているか、理解した。パトロは心を病んでいた頃の姿に、ハウは病床で自分が自分である事を思い出したときの姿に。

「今あなたたちが一番気になっている記憶をたどっている。その姿はそれに関連するもの。今から言うことが合っているか、YES NOで答えて。」

 カナリアはそう言ってパトロを指さした。

「あなたは自分の片割れを殺した。その片割れがあなたを殺しに来る。YES OR NO?」

「…YES。」

「それはあなたね。」

 カナリアはハウを指さした。パトロは、微妙に日本語が機械的なのは、翻訳なのかと思い「それではあなたね」の事だと思った。

「あなたは子供の頃の記憶が無い。それはもともとその体があなたのものじゃないから。そのもともとの持ち主があなたを殺しに来る。YES OR NO?」

「…YES。」

 ハウは泣き、鼻をすすりながらそう答えた。

「それを言ったやつは流出したカルテだけを見て話をしている。私はそんなことを思っていない。あなたもそんな事を思っていない。YES OR NO?」

「…言っている意味がわからないよぉ。」

 ハウはまた泣きながら鼻をすすった。

「つまり、あなたの中の片割れは彼女で、今の彼女の体は元の私である。そして私はドナーとしてそれを提供した。だからそんなことは思っていない。」

 パトロはカナリアが言っていることが分かった。しかしそれを理解できない。

「言っていることが信じられなければ、質問をする。あなたが住んでいた場所には、街中の空き地に天国への階段があると言われている。YES OR NO?」

「…YES」「YES」

 二人は顔を見合わせた。

「あなた住んでいた場所には、町中に神域と言われる場所がある。YES OR NO?」

「YES」「YES」

「それはあなたたちが同じルーツを持つ手がかり。あなたが苦しんでいるときに、誰かがあなたの中のもう一人のあなたを、消すことで助けようとした。それを見ていた私は、もう体がいらないと思ったから、もう一人のあなたのデータをこの体に注いだ。つまるところ命とはデータでしかない。命と体が不可分だというのは種の保存本能でしかないの。器とデータがあり、あなたたちは生きているでしょう。」

ハウとパトロはようやく理解しつつあった。

「私は今、別の場所にいる。だから、誰も死んでいないし、私たちは誰も誰かを恨む必要は無い。くだらない暗示にかからないで、あなたのなすべき事を成しなさい。」

カナリアがそう言うと、二人は今の姿に戻った。

「意外と良い感じに成長したのね。うれしい。また会いましょう。」

カナリアはハウを見て笑った。そして二人にかがむように言うと、その耳元に向かって言った。

「ああ、あと、今あなたの後ろにいるのは…」

 二人が驚くとカナリアは

「じゃあね。」

 と言って、二人の肩を叩いた。気づくと二人は元の場所に戻っていた。


【よし!行こう!】

【うん!】

 パトロは索敵装備のケースを開けると、中のネズミ型ドローンを放った。それは船内の各所へと散っていく。数分もたたずに、船内の立体マップと敵の配置が分かった。

【放送をしていたと言うことは、多分ここに固まっている連中だね。】

【ハウ、準備は良い?】

【OK!】

【【アイアンナイト!女子力物理でぶっ飛ばせ!レッツゴー!】】

 ハウとパトロは猛然と通路を走り始めた。事実上すべてのポイントで状況が見えているので、それに従い、角から精密射撃、床下から射撃、壁抜き、スモーク、フラッシュバングを使いこなし、時に壁を走り、豪脚で吹き抜けを飛び越えて、相手の対応速度を超えて、目的地に迫った。

 目的の部屋にたどり着くと、気密ドアに爆薬をタイマー2秒で仕掛け、物陰に対比して吹き飛ばした。ドア向こうに構えていた兵士を何人か巻き添えにすると、煙が充満する中、エコロケーションで残った兵士を一人を残して、ハウがトライデントで行動不能にした。

 煙の中、相手がナイフを構えていることは分かったが、ハウはそのまま入り口近くに戻った。やがて煙が落ち着くと、入り口近くに立つ二人と、兵士の最後の一人が対峙した。その男の顔を見るのは2度目だった。

「会うのは二度目。いや三度目か?アナタは暁のラザロである。YES OR NO?」

 ハウはトライデントを構えて相手にそう言った。パトロはその後ろに控えて、M5カービンを構える。

「なんだそれは?」

「最近、アタシたちの間ではやってるの。どうなの?」

 男は鼻で笑った。

「ふっ。だからどうした。」

「この前は大変勉強にな、り、ま、し、た。格闘術も、そして中途半端な暗示も。おかげで強くなれた気がするし。」

「人の体を乗っ取った寄生人類め。」

「ドナーの方にさっきお会いして、合意を確認して、よく育ったって褒めてもらったし。」

「どういうことだ?」

「流出したカルテを見て、適当な事いってんだろって言ってたよ。」

「くっ!」

「ちなみに、私のバディのお悩みも解決したよ。ね。」

 ハウはラザロから目を離さず、パトロの方を顎でさした。

「失ったものが、思いがけず近くにあることに気がついた。どうもありがとう。」

 パトロの言葉には、とげがあふれていた。

「おまえら、大統領のことはどうでも良いのか?!部下が今、向こうに回っているぞ。」

「まぁ、どうでもいいかな。アタシたちもあなたも同じ境遇だしね。」

「なに?」

「ねぇパトロ、こいつ私がやっちゃって良い?」

「約束、守ってね。」

「もちろん!そして今度は負けない、よっ!」

 ハウは一瞬でトライデントが届く範囲に間合いを詰め、下からすくい上げナイフを弾き飛ばそうとする。ラザロはそれをスウェーしていなし、ナイトアーマーで唯一開いている首元をめがけて鋭く突く。それをハウがトライデントの根元近くでなぎ払って、距離取りまた打ち返す。何度もこれを繰り返し、ナイフを持つ手元を微妙に打ち続け、やがてラザロはもう片手でナイフを持つ手を押さえたが、耐えきれずナイフを地面に落とした。

 パトロはその間、部屋を物色してジャミングを発生している機会と特定し、それをM5カービンで打ち抜いた。

【隊長!聞こえますか?】

【パトロ、無事か?】

【無事です。いまハウがラザロと、果たし合いをしています。】

そう言って目の前の視界を共有した。秋尾は画像で状況の判断が付いた。

【こっちもスピアの動画で確認が取れたので、そちらに向かう準備をしている。俺たちよりも先に他の特殊部隊が到着するはずだ。】

 【レセプションホールには敵の残党が向かっているかもしれませんが、船内はほぼ制圧です。大統領は…】

【ああ、知っている。】

 ハウが間合いを取った状態からトライデントを真っ正面に構え、突進してラザロを壁に向かって突き飛ばし、さらに突進すると、スタンガン機能で行動不能にした。ラザロは地面に崩れ落ちて横たわった。そこに船内の有線回線を使って兵士から音声が入る。

「中隊長。この大統領…、人間じゃありません。というか、この会場の全員が人間じゃありません。オートマタです…」

「あなたの部下は間違っている。正確にはアバターでもオートマタでもない、『レプリカ』。我が国では倫理規範に反するとして、生きている人間に似せて擬人機体を作ることは認められていない。それを、擬人機体識別機能を欺けるほどのレベルで彼らは作った。私たちもあなたたちも、そのプロモーションに使われたわけ。テロリストすら見分けがつかない、あなたの代わりはいかがですかってね。」

 パトロは言った。そしてラザロのところに歩み寄って続けた。

「正直私たちも相当頭にきている。でも彼らに言わせれば『テロを計画していたテロリストを見事つり上げて見せました』ということね。あなたたちがテロを計画しなければ、この一連の事件もなかった。」

 そしてしゃがんでさらに続けた。

「隊長がこれを見せろって。」

 パトロはテレビ録画の画像をラザロの目の前で再生した。

『週明けの東京株式市場ですが、本日午前中に発生した、株式会社各社に及ぶのランサムウェア事件で、データの復旧が困難となっているようです。場合によっては各社は金曜日の状態からデータを普及して再開するようです。なお、本日午後に発生したテロ事件は、先ほど一応の決着を見たという情報もあり、オリンピックの開幕式典も無事行われるということで、下落傾向だった市場は、一転して週末よりも上昇する見込みです。』

 ラザロはそれを見て目を見張った。

「やっぱりそうなんだ。大きな売りを立てていた、市場を下落させ、一気に亡命政府の活動資金を稼ぐっていう算段だった?ウチの偉いさんの読み通りだったみたい。残念だったね。」

 ラザロが目から涙を流していた。

「くそう。…くそう。亡命政府の、亡命政府のやつらが、…いつまでたっても祖国を復興させようとしない。何でなんだと問い詰めると、金がないからだという。じゃあ金があればやるのかと言ったら、やると言ったんだ。再び国の旗を立て、蒼玉山に兄貴を連れて行くと約束したのに。くそう…。」

「それは北洲が核ミサイルを撃ったからじゃないの?」

「違う!…いや確かに撃った。しかし、あれ一発であんな事が起こるわけがないんだ。第一、衛星はそんなにすぐには落ちてこないはずなんだ。……。なぜおまえらは、あの忌まわしい鉄の流星の夜を名乗る…。」

「私たちの名前は、鉄の意志を持つ騎士よ。鉄の流星の夜じゃない。」

「…。そうか。…しかし、もし少しでも疑問を持つなら、それを調べてみてくれ…。世界中のどの国も耳を貸してくれなかった。くれなかったんだ…。」

 パトロもハウもそれに答える事はできなかった。思うこと、覚えている事はあったが、目の前にテロリストにそれを語ることはない。

「…殺せ。私も部下たちと逝く。兄貴の元へ。」

「…いえ。殺さないわ。あなたが脅威じゃなくなった以上、私たちの職務は警察官になる。だからあなたを逮捕します。」

「死ぬこともできないのか…」

「私はあなたのように、死の呪いはかけないわ。祖国とあなたの兄貴に約束があるのなら、それを別の道でかなえればいい。」

 ハウはタクティカルベストから手錠を取り出した。

「ホン・シン。一連のテロ事件の首謀者としてあなたを逮捕します。19時32分。確保。」

 そして音を立てて、ラザロに手錠をはめた。ラザロは目を閉じ、嗚咽をこらえていた。


 船内になだれ込んできた他の特殊部隊が、船内を制圧をした。レプリカのことが分かった段階で抵抗もなく、残りの兵士は投降したからだった。

 ハウとパトロは自分たちが確保したラザロと兵士たちを警察官隊に委ね、一度ヘリポートにあがった。

逢魔が時の蒼い空から、サーチライトを照らしつつ海上保安庁のヘリが下りてくる。ヘリが着地すると中から秋尾とメンバーたちが下りてきた。中にはスピアもいた。

二人はナイトアーマーを首元まで解除して、目を潤ませながら秋尾に歩み寄った。

「隊長、ただいま。」

「ただいま。」

 秋尾は微笑んで答えた。

「おかえり。」


                                     了


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイバーコマンド・アイアンナイト 暁のラザロ編 夜話猫 @nanashi_p_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ