第14話 攻防

・首相官邸前


 官邸にまっすぐに続く道、手前100mほどに、機動隊の防衛ラインが組まれていた。その向こうにも、各所に車両によるテロを防止するために、コンクリートブロックが組まれていたが、一番道幅が狭くなり、横をすり抜けにくい場所が防衛ラインに選ばれた。

今までの警察官によるソフトな対応ではなく、機動隊が盾を持ってスクラムを組んで立ちはだかる。その後ろには青と白で塗装された警察用のバスが横向きに並ぶ。その後ろに指揮車や放水車、サインカー、そしてナイト01の試作工作車が配置された。

ただ敵対的な投石や火焔瓶などの使用、そして暴力的破壊活動がない現状で、バリケードの内側を、隣接する省庁から出てきた職員が、身分証明書を見せて行き来したり、国会議員会館から議員秘書や事務員が、バリケードの内側で野次馬していたり、官公庁の車両が出入りする姿が見られた。野次馬は明らかに、総理に関する動画とニュースを見て、その顛末を見に来ている。

 デモ隊はバリケードから100mぐらいのところで停止すると、ある程度隊列がまとまり、足を2回踏みならし、1回手を叩くリズムに「カ・ガ・ミ!セ・イ・バイ!」の声を載せ、ミュージカルのように前進し始めた。またおキツネの者らしきアプリの振り付けだった。整列こそしていないが、リズムは軍隊の行進のようだ。指揮車両などから繰り返し、「解散しなさい!」と言ったアナウンスがされ、サインカーも解散を呼びかける表示を出すが、デモ隊は牛歩でじりじりと間合いを詰め始めた。ギャングもののミュージカルのにらみ合いのシーンのようで、また、そういった芝居がかったことを、デモに参加している者たちが、頭に血が上りつつも楽しんでいる雰囲気すらある。

 秋尾は先ほどハウが拾ったグラスからの映像を、指揮車の上に集まっている、機動隊などの指揮官にも見せていた。共有してそこから攻撃をされた場合、スキルのない指揮官とそのシステムに影響を及ぼすのは必至なので、あくまでも端末上で相手の打つ手を見させる。指揮官たちはそれを言葉で機動隊員たちに伝達していた。逆に言えば、それが無用な緊迫感を生まずに、全体に予定調和的な雰囲気を生んでしまっている理由とも言える。

「これだけだと思わないでください。これはキツネが群衆を操作するために使っていて、鍵となる扇動は、紛れ込んでいる擬人機体を使っています!それに機関銃持ちは人間の可能性が高いです。だから、目の前の動きに集中させてください!」

 秋尾は映像を見せつつ、そう説明したが、ずっと官邸前に控えていた機動隊の指揮官たちは、さっきの擬人擬態の小芝居をうまく理解できず、その怖さに対して緊張感を欠く者もいた。。


・基地 コマンドルーム


 コマンドルームには、ナイト01のメンバーのオープン回線が響いていた。作戦行動中はいちいち指定して通話する余裕はないので、メンバーのオーダーをいつでも受けられるようにしているのだ。逆にコマンドルーム側から応えるときは、応えるときだけ音声が通話状態になる。

【ギルマス!いまデモしている連中の使っているARグラスを拾ったから、乗っ取り用のリンク踏むわ!こいつが通信しているやつを洗って!】

【分かった!スレーブ化を確認した!作業に取りかかる!】

【ギルマス!どう?たどれそう?!】

【待ってくれ!そんなすぐには出ない!】

 ギルマスはコマンドルームの実働ハッカー部隊のブースへ走って指示を出した。

その反対側に、手を動かすのではなく手口を考察する部隊のブースがあった。10人近くが集まって、AR空間に諸条件や要素立体的に表示し、なんとかキツネの発信元を探る方法を考察する。

・生放送

・ヴァーチャルハクティビスト

・配信とゾンビアプリ

・アバター操作

・オートマタ乗っ取り

 そういった要素が宙に浮き、それぞれが連携できる要素と線で結ばれるが、いずれも最後はダークネットに飲み込まれて、その先が不明だ。ブレストをするときはなるべく自由な発想をするように、あえて集中することを強制せず、自由に語らせている。その結果、見た目には鉄火場で囲炉裏を囲んで雑談をしているようにしか見えない。

 その中の何人かのハッカーが固まって、ゲーム機の話をしていた。

「あのAB360さぁ、のぞいたんだけど、バグがあるんだよね。多分筐体を作ったやつ、工学的なエンジニアとしては優秀なんだけど、セキュリティが甘いよねぇ~」

「あと、アップデートも遅いよな。基本のOSの方で修正が出されても、それをインプリメントするのに時間がかかる。」

「だれか、ゼロディでアタックしてやれよ!ギャハハハ」

「アタックして乗っ取っても、モーションは基本的にキャプチャーと同じだから、まあパワードスーツ的なやつも、重力を相殺する補助ぐらいで、骨折ったりはできないよ。でも…」

「でも、なに。」

「キャプチャーしている光学カメラは360度あるから、いろいろ見えるよね…。」

「…デュフフフフフ。」

 それを見て女性陣が白い目線を送っている。それを聞くとはなしに聞いていた考察班のチーフが、背もたれに体を投げて、手を頭の後ろで組んでブツブツと何かをつぶやいている。そして、雑談をしていた連中に声をかけた。

「おい、GENESISで体をリアルに使って操作する機体は、AB360の他に何があるんだっけ。」

「え、他にもありますけど、他のは使いものにならないんでAB360一択らしいですよ。」

「使えないって、どんな風に?」

「反応が遅い、動きがぷるぷるする、接地がおかしい、体に食い込むとかいろいろ。AB360は特にリアルなボディと使用するゲーム内で、リアルとアバターの体格差を吸収するって点で優秀らしっす。」

「…その機能ってAB360本体に入ってんの?」

「いや、調整部分は会社のAIが、使用時にキャリブレーション値を作って返してるらしいっす。」

「あーっと、もしかしてAB360って、リアルのアバターの操作に使えたりする?」

「…GEEKTHUBに上がってますよ?」

 考察班のチーフは、エビのような勢いで体を追って頭をテーブルたたきつけ突っ伏した。2秒ぐらい考え込んだ後、ギルマスの元に走った。

「ギルマス、ちょっといいすか?」

そういって口の前で量を使って×マークを作った。ギルマスは頷いて、二人ともARグラスを外し、コマンドルームを出て、向かい側の電波暗室に入った。

「作戦行動としてAB360の会社に侵入テストかけていいですか?」

 ギルマスは一秒ほど考えた。

「デモ隊のアバター操作にBMIじゃなくてAB360を使っていると?」

 チーフは頷く。

「あれ使うと、BMIよりやっぱり圧倒的に動かしやすいんです。リアルのアバターで使えたら、オレなら戦闘にはそっちを使います。」

「手が滑るのか?」

「テストツールの設定を間違えます。」

「どこの国だ?」

「神米です。」

 ギルマスはズボンの後ろポケットから小さな紙のノートを取り出して、真ん中当たりのページを開き渡した。

「こいつにこの件で貸しがあるから、当局にだけ話つけとけ。」


ギルマスは考察チームのチーフの横でじれていた。話を通し仕掛けをするのに15分ほどの時間を食っていた。

しかし仕掛け終わると、ものの数分もたたずに、ダークネット上の掲示板に暗号化されたファイルが自動で投稿された。GEEKSのルーチンのダークネットクローラーがダウンロードしたファイルの解析を始める。ものの数秒で暗号ファイルは突破され、生のファイルが復元される。そのファイルに対して、自動実行プログラムが、サイバーコマンドが使用している名称、偽装に使っているIPアドレス、設定したワードなど、漏洩に対して注しなければならない情報の検出を行う。検出されると警告音が出て、ファイルの該当部分が専用のモニターに表示された。

 待機していた実働ハッカー部隊が、そのファイルにあるIPアドレスを地図に落とし込む。そしてIPごとの固有IDを棒にして地図に立てた。

「AB360がひとつのIPから数十台アクセスしている。ここですね。」

 地図を拡大すると、それは歐亞中央の北部、北洲人が固まって住む地域と、新絽との国境地帯の新絽側の町だった。

「このファイル、セットアップのログです。同じ固有IDを別のログファイルで漁ると、世界中に散らばっています。おそらくセットアップ時に、油断して生IPでつないだんでしょう。」

「新絽側に拠点を設けているのか、レーザーやマイクロ波でどうにかして国境の向こうから通信しているのか?とりあえずそのIPを攻略しろ!AB360を数十台稼働させてるなら、広帯域のはずだ。そこを通過する広帯域の通信をたどれ!」

 場所が特定できれば、後の仕事は瞬く間だった。ターゲットとしたIPから固有回線を通じ、会社らしきゲートにたどり着き、セキュリティの不備を突いて侵入すると、相手側のローカルネットワークに出る。

「こいつら、暗号化通信過信しすぎて脇が甘いですね。AB360を抑えて、ついでに緩いのを何台か別種でスレーブにして、ミサイル撃っていったん撤収します。あとはスレーブ操作で。」

「よし!」

「AB360からアバターへのルートと、アバターのIPを特定しました。AB360で何かさせて、それが影響を及ぼしたアバターが見つかれば、連携の証拠確定です。」

【秋尾隊長!】

【ギルマス、どうだ?】

【その配信兼ゾンビアプリはまだだが、おそらくアバターを扱っているAB360へたどり着いた!数が多い!一つ映像を回すぞ!】

【でかした!】

 ギルマスの前のコマンドルームのモニターには、侵入したAB360全部のカメラを1つづ、映像を盗んで投影していた。AB360での動きがよく分かる斜め前上からのものだ。

 

・官邸前


 官邸前でリズムを取っている連中の動きと同じ動きをしていた。

【秋尾隊長、そっちで把握しているだけで、どれぐらいのアバターがいる?!】

【トラベルアバターの会社から盗難した数に近い100を超えるぐらいだ!】

【それよりは足りん、半数ぐらいだ!もしかしたら他の場所にあるか、あるいは一部はBMI駆動、もしくはアバターを参考にしたオートマタ駆動かもしれん?】

 群衆がバリケード手前20mほどで止まる。すると前方の数列がバリケードに対応するように、横方向で腕を組み始めた。相変わらず声を上げ足を踏みならしている。

 その中から、キツネ面を着けた一人、いや擬人機体が前に歩き出した。そして手を広げる。


「ギルマスさん、あれ、機関銃のモックじゃないんですか?手をかけてる!」

ギルマスの横でモニター見上げていた、考察班のチームが指さした。腰にナイフのモックを着けている者もいる。

「いかん!」

【連中、機関銃を体の前に下げて手をかけてる!腰にナイフを着けているやつもいる!】


 秋尾は、無線を全体オープンに切り替えつつ、指揮車の上にいた機動隊の隊長に

「機関銃は体の前に隠し持っている!手をかけているから確保させろ!ナイフ格闘にも注意!」

 と怒鳴った。

 その目線の端、指揮車より官邸側から、バックパックを体の前に着け、歩く公務員の姿が見えた。その目線の先には、隊列の前に出たキツネ面をかぶった擬人機体がいた。秋尾は直感的に、指揮車の枠の上に足をかけて飛び、警察のバスの上に飛び乗り、その男に向けて走り出した。スローモーションで流れるその風景の中で、隊列の方から「おキツネさまだー!」という声が上がる。

 なおも前へ向けて歩く男が、バックの中に手を突っ込む。秋尾はその男に向けてバスの屋根を走る。男がバックから機関銃を取り出し構えようとする。秋尾はバス屋根数台を走り抜け上から男に向かって飛び降りる。男が銃を構えてセーフティーを外し、引き金を引こうとした瞬間、秋尾が上から飛びついて、手を機関銃の銃身に当て斜め下方向、植え込みへと押し込んだ。そしてパララララという乾いた連続音が響いて、秋尾と男は倒れ込んだ。秋尾が機関銃を奪い取ろうともみ合うと、バリケードの向こう側でも複数の乾いた音が響いた。秋尾の元に複数の警官が飛び込んできて、男押さえ込みにかかった。秋尾はその場を警官に任せ、バリケードの方に走る。

 群衆は何丁かの機関銃の発砲に驚いて、騒然となった。群衆は逃げ惑い、道路周辺に散り、バリケードに押し寄せてこれを乗り越えようとする者と、機動隊員がぶつかった。その中で、擬人機体と機関銃を奪い合おうとして格闘する何人かが、群衆の流れの中、浮島のようになっている。少なくとも最前方で戦っているのは、ハウとパトロだった。そして同じように、先ほど群衆から前に出た擬人機体が、舞台の段取りが違っているというような雰囲気で、周りを見ました。


「アバターを止めろ!」

「手っ取り早く消します!いいっすか?!」

 実働班のハッカーがギルマスに聞く。

「やれぇ!!」

「ほい! rm –fr -–no-presereve-root /」


 群衆から前に出ていた擬人機体、ハウやパトロほか潜入していた他の特殊部隊員と格闘していたものは、いったん動きが止まると、気をつけの状態になり、そして道路の中央から離れ、歩道へと歩き出した。

【秋尾隊長!AB360は止めたぞ!】

【ああ確認した!】

 秋尾は再び、オープン回線で再び叫ぶ。

「擬人機体の一部はサイバーコマンドがコントロールを奪って停止させた。各員再度動き出す前に、電源を切れ!自動格闘を始める可能性がある!注意しろ!」

 秋尾は指揮車に戻りつつ、各隊の指揮官への通信回線につなぐ。

「サイバーコマンドの秋尾です。このあとまだドローン、偵察機、重機の攻撃が予想されます!群衆の待避を最優先に!一部は近隣のビルの地下にも!それからウチの車両が対重機の防衛ラインに出ます!道を空けてください!」

【ハウ、パトロ、タクシー無事か?!無事だったらそいつらは警官隊に任せて、バリケードの内側に待避!ウェポンコンテナに向かえ!パンチャーファウストでバリケード地点の最終防衛準備!】

【了解!】【パトロ!傷!】【かすり傷よ!】

 三人がバリケードに向けて走って、ホログラムの身分証で内側に抜けるのが上から見えた。

 封鎖されていた地下鉄の入り口が開放され、指揮車がスピーカーで放送し、サインカーも退路を表示する。一部誘導に従わず残ろうとする者もいる。配信のアプリには再びおキツネさまのキャラが現れて、「みんな~、体制を立て直そう~、まけちゃだめだよ~」と言っているが、あきらかに先ほどよりも余裕がなかった。その端末に連続でいくつかのニュース関係のアプリのアラートが鳴った。

【秋尾隊長!】

【審議官!】

 秋尾は端末を操作しながら答えた。

【善し悪しは別にして、歐亞中央の電子台がキツネの動画を否定する動画を出した。】

「『おキツネさま』の総理動画はフェイク。歐亞中央が否定…?」

 秋尾はアラートをタップしてテレビ局ニュースアプリを起動した。周りの機動隊の指揮官でも見る余裕があるものには見ることを促す。

【デモ隊を散らすのに役立つだろう。すぐにこっちのテレビ局でも流れるはずだ。】

『臨時ニュースです。先ほど、首相官邸のデモ隊を扇動する、おキツネさまなるキャラクターが放送した総理の動画が、フェイク、いわゆる偽物の合成動画であると歐亞中央政府が発表、歐亞中央電子台が記者会見の様子と動画を放送しました。』

【あ、ありがとうございます。】

『先ほどリー大統領の訪問先で、ホスト国の鏡水総理に関する嘘の動画が放映されたが、その時刻、鏡水総理はリー大統領と共に、我が国の古き友人でもある、元在歐亞中央大使の井戸賢造先生の病床を訪れていた。それがその証拠である。かかる活動は当局の捜査の結果、我が国にある北洲臨時政府を名乗る者による、反国家的、かつ国家レベルの他国への干渉と見なし、これに抗議すると共に、鏡水総理とリー大統領は連携してテロに立ち向かうことを確認し合った。』

 歐亞中央大統領報道官の会見と共に、枯れ木のように痩せこけて多くの管をつながれ、た元大使の病床を見舞う両首脳の動画が再生される。さらに動画のタイムレコードをそろえたものが表示され、ことさら同じ日時である事が拡大表示された。

(…いいように、宣伝に使われたわけか!)

 秋尾の前方にバリケードの向こうにまだ残っていた群衆が、キツネ面を取って地面にたたきつける様子が見て取れた。ニュースアプリを閉じると配信用アプリも、「現在放送はありません」の表示になっていた。

秋尾はもう一度、オープン回線で叫んだ。

「キツネの誘導が失敗したと思われる。群衆は誘導可能なので、すぐに避難させろ!ドローンなどのアタックが予想される!」

【隊長!】

【なんだファルコン!】

 携帯端末を、そばにいた機動隊の指揮官に渡す。

【周辺の警ら中の警察官、および不審車両を当たっていた警察官から、駐車場などに駐車していた複数の大型のバンから、後部ドアが開いて大型ドローンが飛び去ったとの情報が複数。阻止に僕の鳥を使いますよ。】

【分かった。】

 秋の目の前でバスが左右に移動して進路が確保され、試作工作車の道が開けた。躯体を起こした試作工作車は、ADSも起こし、大型ロボットのようなシルエットになっている。両肩に、追加のレーダーと、ロケット砲が組まれている。車両の前部にハッパーとスピアが乗っている。ハッパーは何か小型のバイクのようなものも積載させていた。

【隊長、工作車前進させます。工作車前進!】

【工作車、前進!】

バトラーの合図に、コングが返答して工作車を前進させた。

【ギャルソン!まだうろついているやつはADSで蹴散してください!】

【了解!】

 バトラーの指示に従って、ギャルソンが照射開始のボタンを押す。作戦行動手順に自動で警告音声が流れる。

「今から、進路上に残っている方には熱線を照射します。速やかに進路を開け、避難してください。」

 電源供給用のエンジンが静かなうなりを上げ、ADSが残っている群衆に対して、容赦なくやけどを錯覚させるミリ波の電磁波を照射した。当てられた人物は何が起こったのか分からないまま飛び上がって進路上からよけ、それを見た残りの群衆も道路から逃げ出した。警官隊がさらに誘導を進める。

 オープン回線を聞いていた秋尾が隊員に呼びかける。

【検問を突破した大型トレーラー三台三方からこちらに進行中だ!位置はトレース中。おそらく最後の偵察機がそろったところで、隠れているドローン共々、集中させて攻撃するつもりだろう!だが、巻き添えになる人間を散らせればテロの効果はない!官邸にさえ突っ込まさなければ勝ちだ!各自の判断で攻撃を許可する!】

【了解!】

 全員が返事をした。十字路に到着するとスピアとハッパーが工作車から降り、一番最初にトレーラーか到達すると思われる方向のコンクリートブロックにスピアが陣取る。大口径のアンチマテリアルライフルXM109ペイロードを準備した。

【こんなコンクリートブロックなんてへの突っ張りにもならないのにね。】

 スピアが嘲笑する。

【一度暴走トレーラーをじわってみるといいよね。やばさ真剣に味あわないと。僕はちょっと先に行ってるじょ。】

 ハッパーが積んでいた小型の電動バイクに乗って、先の方に移動した。

【重機はよろしく!】

首都のレーダー網とリンクしていたバトラーがコングとギャルソンに指示を出す。

【北東方向に、不審機通過の報あり、機体を北東に。レーダー照準用意。】

【機体北東】【照準用意】

 群衆の避難がほぼ終了して、がらんとした交差点で試作工作車が展開する。遠方からパトカーの音が響き、交差点を曲がってトレーラーが接近してきた。

【乗員見えず。そのまま射撃します。】

 スピアのARグラスがトレーラーの方を認識し効果的な射撃ポイントを示す。

【ファラデーケージありのEMP対策済みか。じゃあ。】

 スピアは用意したマガジンの中から一つのマガジンを選んで装着する。

【一発目はぁあああ。徹甲弾!】

 受信をコンクリートブロックの上で保持したXM109ペイロードが火を噴いて、トレーラーの前面に穴を開ける。

【二発目はぁあああ。EMP弾!】

 ライフルがもう一発火を噴くと、着弾した瞬間に、スタンガンのような電撃が車体に走った。

【パッパー、あとよろしく!】

【あいよっ】

 ハッパーは道路脇の植え込みから、トレーラー後部、コンテナの後ろ付近に、電動バイクでにのって接近し身を伏せる。そしてコンテナの中の音に耳を澄ますと、体の前に着けたバックからなにやらごそごそと取り出す。キャタピラ音がしたかと思うと、40フィートコンテナの後部ドアが破壊されるような音がして、中に積まれた重機が外に出ようとした。前進し、前部が着したところに、ハッパーがバイクでよって、キャタピラの上ボディとの隙間に、何かをおいた。

【無限軌道にはこいつ!歩兵がいなかったら楽勝だじょ!】

 ハッパーがバイクのアクセルをひねって、交差点の方向に走り出すと、後方で爆発音がして、重機の片方のキャタピラが切れて外れていた。

 ハッパーが交差点戻る頃にはスピアが次のトレーラーを狙撃していた。同じく2発打つとトレーラーが止まった。そのままハッパーは横を通過して、コンテナ部分に行き、コンテナから降りようとしている、装輪工作車を見た。

【うーん。君はインホイールモーターだから、モーター焼いちゃうじょ。】

 徐行で横を走って、片側3個のホイールの中央部に、ポンポンポンと3個小型の箱をくっつけた。

 ハッパーがバイクを切り返してもどりはじめると、もうもうと煙幕が立ち上り、赤く火を噴いて、装輪工作車は動けなくなった。

【消火してくれる人がいないと悲しいねぇ~。】

 そういって涙を拭くふりをした。

 ハッパーが交差点に戻る前に、スピアはすでに三台目に向かって射撃を開始していた。

【ハッパー。ごめん、なんか止まんねぇや。】

【お任せ~。】

 ハッパーはいったん止まって、後ろのパックから円形の分厚い板を取り出して、インターフェース部分に何かを打ち込み、そしてバイクで走り出すと、トレーラーとのすれ違いざま、それをトレーラーの下に投げた。何か噴射音と金属音がすると、ハッパーは一気に加速して、その場を後にした。数秒後、爆発音と共に、トレーラーの前部が持ち上がって、着地、バランス崩して横向きになると、続いてコンテナ部分も土台から外れて横転した。

 ハッパーはコンテナのところに戻ると、またコンテナに耳を澄まし、中身も横転してキャタピラを回転させても動けない様子なのを確認した。

 ハッパーが元の交差点に戻ろうとすると、後方で別の爆発音がした。

【おおう!】

【僕の鳥ですよ。心配しないでください。】

 ファルコンの索敵用の鳥形ドローンが、キツネの飛び込み自殺演出の夜に使われたドローンに飛びかかっていた。鳥が飛び込んで、ドローの羽を折り、推力を弱めると、落下し始めたドローンを爆発しても安全な場所に鳥ドローンが数羽がかりで押していた。

【敵偵察機発見!】

 ギャルソンが報告する。 

【標的落下位置から発射時期を自動計算。トリガー自動。射撃開始。】

 ギャルソンがそう言っている間にも、ファルコンのドローンハントが続き、時折爆発音が響く。スピアは万が一、ファルコンがドローンを仕留め損なったときの空中炸薬弾の準備をした。一〇秒ほど時間がたった後に、突然試作工作車が、躯体の方に設置したスティンガーミサイルランチャーを発射した。

【うおう。街中で撃っても大丈夫なんか?】

【あれ、弾じゃねぇよ。】

【じゃなんだじょ?】

【網よ。】

 網が展開されたかは見えなかったが、偵察機らしきがものが、落下して500mほど向こうの道路上に墜落した。

【撃墜確認。】

 ギャルソンが淡々と言った。

【隊長。状況終了と思われます。】

 バトラーが秋尾に報告した。

【ADAPTIV環境迷彩板を採用しても、目で見えにくくなるだけで、レーダーに見えなくなるわけでもねぇし、第一偵察機を特攻させるなんて、どこの素人だよ。あれ高いのによぉ。隊長、工作車戻しますか?】

 コングがあきれたように言った。

【いや、工作車はトレーラーの最後の一台の、コンテナの中身の確保を手伝ってくれ。他のメンバーはいったんバリケードまで後退。公式に解除が出るまで、そこで待機する。ご苦労だった。】

 攻撃がやんだ官邸前は、まだ回収されていない交通安全人形の用に直立不動になった擬人機体と、地面にうち捨てられた数多くのキツネの面で、そして制服の警察官たち。まるで現代アートのような世界になっていた。


 秋尾は、今日の作戦の前半の、サイバーを使った扇動の抜群のセンスと能力、一度足をすくわれた後撃たれ弱さ、そのカードをすべて切った後の、素人のような破れかぶれさのギャップを感じていた。そして明らかに後半のことを考えると、これはラザロではないと思った。少なくとも対人の卓越した戦闘センスを持つ者は出てきていない。40フィートコンテナ型のミサイル群も見つかっていない。まだ全然状況は終了していないと感じた。

 そしてそれにもまして、末端の戦闘員には全くうかがい知ることができない、政治的なうねりがあり、それに波に翻弄されてると感じる。それは自分にはどうすることもできないが、せめて隊員が災禍が及ばぬようにすることだけは心に堅く決めた。

 いざとなれば体を張る覚悟は全員が持っているが、それを安売りさせる気は毛頭なかった。それは上からの命令でも、あるいは下からの身勝手な行動からでもだった。

 秋尾はウェポンコンテナから戻り、特殊部隊装備でバリケード内側に待機している、ハウと、パトロ、タクシーのところにやってきた。そして三人を見た。

「……。俺が言いたいことは分かるか…。」

 三人は黙っている。

「俺は怒鳴るのも、鉄拳制裁も嫌いなんだ。だから俺の隊ではそれを科さない。それはおまえたちが、軽口や時にタメ口を叩いても、セルフマネジメントして、自分の身の安全を確保しつつやるべき時にプロとしての仕事をなすからだ。先走って手柄をあげて欲しいも、生き急いでほしいとも思わない。特にラザロの一件から、ハウとパトロ、おまえたち、良く考えろ。まだ今回の件ではラザロは出てきていない。絶対にこの後奴らとぶつかる。おそらく今回のようにサイバーでは翻弄されないが、物理の殴り合いでは今日の比じゃないだろう。よく考えてくれ。」


 大きく揺らぐ船の中で男は電話を受けていた。男は北洲語で誰かと話していた。

「おまえらはよくやった。もう何もせず、自分の身を守れ。後は俺たちに任せろ。ああ、祖国万歳だ。」

 男はしわの入った顔をゆがめて、切った電話を自分の額に当て、下を向いた。

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