第13話 扇動

・政府合同テロ対策本部電子作戦準備室


 午前4時。大型の講堂のような政府合同テロ対策本部電子作戦準備室には、警視庁、神奈川県警特殊部隊(SAT)、サイバーコマンドが集合していた。ARを用い一堂に会しているように見えるが、実際にそれぞれの集合場所にいる。悠長な儀式の為に本当に集まっている時間は残されていなかった。そしてサイバーコマンドは基地の特殊部隊区画にいた。

空間に集まっているのは、このあと計画されている各種デモに紛れ込んで、デモを扇動する、あるいはデモ隊に危害を加える可能性のある、人物およびアバターもしくはオートマタの行動を監視し、そして場合によっては鎮圧に当たるためのものだった。

 「秋尾さん、あの子、如月さんとコンビを組んでいる子、最近の出動で、犯人になにか言われた?暗示かけられていると思うわよ。」

 整列している隊員たちに、作戦区分や分担、手順などが説明されていく中、秋尾は前列、横の方からハウとパトロたちを見ていた。

それは昨晩、うんざりするような政府合同テロ対策本部での会合を終え、急ぎ食堂でカレーを掻き込んでいるとき、通りがかった一色に言われた言葉である。一色はもうずっと、基地内の事務棟に詰めて、次々と運ばれてくる一連の事件の容疑者たちの、心理分析を行っていた。

「なにか思い当たること、ある?」

 秋尾は頷いたが、それ以上詳しく説明する事ができなかった。おそらく「殺してやる」というようなことを言われたのだろうとは察しはついていた。確保した犯人に「復習してやる」だの「殺してやる」だのと罵詈雑言を投げかけられるのは、テロ事件ではままあることだ。ただ一色はそういった表面的な事実では無く内面的な事を指し、おそらく心理的な何かをアンカーに暗示を打ち込まれ、それが行動に影響しているのだろうと警告した。その一方で暗示は行動プログラムのように根深く行動を完全に制御するものではなく、、おもに本人の恐怖感を増幅するタイプのものだから、本人自身がそれに打ち勝つ手助けをするほかはないだろう、とも言った。

 会合が終わりAR空間の講堂が解除されると、メンバーだけが残った。ハウがパトロをじっと見ると、パトロはハウの頭をポンポンと叩いた。ハウはそのまま距離を詰めパトロに抱きつくとぎゅっとハグをする。パトロは軽く抱き返しつつ、やや困ったような眉をしていた。

 秋尾は車両の準備を整えると、全員に声をかけた。

「そろそろ出発するぞ!」

 行動が目立たないように、私服の下にフィット型のパワードスーツ着込んだ、ハウ、パトロ、

ハッパー、スピアが、方面別に自動運転車に乗り込んで出発して行く。秋尾はそれを見送った。そして残ったコング、ギャルソン、バトラー、ファルコンの四人を振り返った。彼らはフレキシブルE―INKの素材をし込んだ、車両用の特殊部隊装備をしている。バトラーが秋尾に軽く敬礼する。

「それでは我々は、試作工作車で官邸に向かいます。」

「よろしく頼む!」

 秋尾は敬礼を返した。ファイルコンをのぞく三人は一時的に秋尾の指揮下を離れ、官邸の警備班に合流する。サイバーコマンドは現状唯一、状況に応じて警察車両から自衛隊の車両に転換できる装備で、不測の事態に備え、各種武装を積んだコンテナ車と共に、官邸付近に配置される事になっていた。万が一、防衛出動が発せられた時、自衛隊車両が官邸に駆けつけるまで、火力での時間稼ぎのためだった。ファルコンはそのための索敵とレーザーメッシュネットーワーク構築を担う。試作工作車は目の前で、ADAPTIV―LED環境迷彩を使って、警察車両カラーから自衛隊カラーへの転換をチェックした後、コンテナ車に収納され3人と共に基地を後にした。

秋尾はリバーシブル柄の上着を着て制帽を被り、タクシーの運転する覆面車で基地を後にした。デモ隊の現場指揮に合流する。


・横浜新都心


 デモ隊に紛れ込んだハウたちの周りは騒然としていた。昨日から官邸周辺の横浜新都心を取り囲んで、SNS上でいくつものデモが計画されていた。形式上デモの許可を求めた者はあったが、要人警護を理由に却下されると、すぐに強行開催する作戦に変更され、デモ参加者たちは前日の夜から周辺の繁華街に集まり、集合時間に一斉に集まる作戦をとった。飲食店などに入っている場合、これを止めることは不可能だった。おそらくスパイやヤクザ御用達の暗号通信メッセンジャーを使って、コアなメンバーが連絡を取り合っていることは想像できた。だが、かくたる犯罪行為があるわけでもない以上、むやみな排除行動は逆に火に油を注ぐと思われ、警察側の対応は、阻止より統制に移された。

「友達守ろ!」「友達守ろ!」「みんなで守ろ!」「みんなで守ろ!」

目の前で外国人労働者擁護のデモ隊が声をあげる。

さらに事態が混迷の色を帯びてきたのは、軽く数百人はいるデモの中に、やはり意図的に例のキツネ面を配布しているものがいること、半数とは言わないが、かなりの人数がそれを受け取って面白がって装着していること、そして、一般のARグラスでは見えないが、法執行機関が許可を得て機能解除したARグラスから、その中にかなりの数のアバターやオートマタの擬人機体が紛れ込んでいるのが見えたことである。

 面を外せ、擬人機体の固有データを取らせろ、職質させろと言えば、アバターだといい、即、人権侵害を盾にする。擬人機体を使ったネット犯罪者の常套手段だが、それによって本当に不利益を侵害されるかもしれない人がいる以上、それは守らなければならないルールでもあった。今はなにか明確な反社会的行動を起こされてからのみ対応ができる。

「専守防衛…か。」

 デモ隊の斜め前を徐行する指揮車の上で、秋尾はつぶやいた。それにしても、目の前で展開される光景は、デモというには何か微妙なずれがあった。

「僕らは仲間!」「友達守ろ!」

(デモと言うより、まるで祭りだな。)

 そういった個人的な感想はさておき、警察としてはボディチェックも荷物検査もできていないこの群衆が、対立するデモと激突することだけは避けねばならならなかった。警官隊はデモ隊を、前方を徐行する動くサインカーなどで誘導しようと試みたが、彼らはなかなか言うことを聞かなかった。その理由の一つは、彼が鳴らし続けるリズムと音楽だった。群衆が同じストリーミングの音楽を、自らの端末やARグラスから流し、体でリズム取りながら一緒に歌い続ける。時にサンバやラップ、ノリのいいアニメソングの替え歌などを使い、踊るように歩き一体感を高めることで、明らかにヒートアップしている。中には太鼓や金属楽器などを持ち、ハンドマイクで歌う者もいる。もやはデモ隊というよりは音楽フェスティバルでのDJのあおりにあわせた大騒ぎのようで、服装も雰囲気もイデオロギー色が薄い分、見ていた野次馬が面白がって輪に加わりつつあった。陽気な分だけ険悪な雰囲気にならず、デモを誘導しようとする警察官とのやりとりも、まるでギャグや新喜劇のやりとりのようで、、笑いこそあれ、怒声はない。

ただ秋尾は膨れ上がる数に、もしこの中で誰かが発砲するなりナイフを持ち出したりして、それを部下が取り押さえたとしたら、一転して嫌悪の感情に囲まれリンチに遭う危険性を想像していた。過剰に集まった群衆、そして熱気と一体感があればあるほど、それはどうあっても危険なシグナルなのだ。現場を離れさせる判断をし、デモ隊を誘導する警官隊の班長と本部に、相談しなければならないと思った。

その時、音楽がアップテンポの曲に変わると、あっと思う間にデモ隊がぐるぐるとその場で大きな輪を作って走り周り始めた。音楽に合わせて腕を振り上げ歌っている。秋尾は目の端に捉えていたパトロを完全に見失う。ARグラスでも検出できない。コールが混じった歌詞だが、聞けばそれは「ヒーロー者の主人公の歌」と言われても納得する、ポジティブソングで、皆の歌声が次第に大きく鳴っていく。そして一回歌い終わると、また頭から歌い出し、さらに大きくなる。

秋尾はここに来て違和感の正体が、肯定性だと気づいた。否定的なワードのシュプレヒコールは限られた人々の結束は高めるが、それ以外の人は呼び込まない。デモ隊は北風と太陽のように、肯定のワードで周りの人を呼び込み、熱狂の渦を作り上げた。それはまさしく祭りで、音楽フェスで盛り上がっている輪に、周りの人間を巻き込んで大渦になるのと同じ光景だった。

「やばい!おい止めさせろ!」

 秋尾が、同じ指揮車にいた警官隊の班長に言ったときにはもう手遅れで、デモ隊は輪を解いて、かなりの勢いのあるジグザグ行進を始めた。シュプレヒコールもない、怒声もない、むしろ笑顔を振りまきながら、ヒーローもの歌を歌って動き回る。行く手に立っている警察隊には、激しくぶつかるわけでもなく、しかし、大きな蛇の腹を当てるように、じりじりと押し返し始めた。暴力的でも敵対的でも何か投げつける訳でもない以上、警官隊も鎮圧できない。しかしどんどん押し込まれ、警官隊の体制が崩れ始めた。

【パトロ!危険だ!デモ隊から離れろ!】

【だめ!いまこいつらが何を見ているのか、調べてるの!端末で見ている人の横にきたときに見てるんだけど、なんか次々と命令みたいなものが来ている!多分ARの人には、音声でいってる!絶対に見つけて止める!】

【いいから離れろ!】

 警官隊の後ろの方で、パーンという乾いた爆竹のような音がした。警官隊が一斉に振り返った瞬間に、デモ隊が狙い澄ましたように警官隊の一番手薄なところに突進した。

「どがーん!」「ぎゃはははは!」

 まるで電車ごっこをしているガラの悪い子供たちが、取り囲んだ先生の輪から出るように、警官隊を跳ね飛ばさないぐらいの勢いで押し、先頭が抜けると、そこから怒濤のようにデモ隊があふれ出した。時には警察官に「お疲れ様でーす」と行って、手で挨拶するようにする者もいて、またもや完全に鎮圧するべき気勢をそがれた。

秋尾が無線の回線をオープンに変えると、他のデモ隊も囲みを破ったという声が流れている。隊員のバイタルを見て、全員がとりあえず無事である事を確認する。

エキサイトして歌いさわぎ、隊列を組んでうねり歩く状況では、おそらく脳内麻薬がでて興奮状態にある。そして一体感は個別の判断を失わせる。衝撃的なことが起こったときに、誰かが扇動すれば、その通りに暴走しかねない。危惧していたが、これは全部、おそらく人を集める段階からすべて、キツネの仕込みなのだ。そのシナリオに収束していっている。

【隊長!聞こえる?!】

【パトロ!早くデモ隊から外に出ろ!他の連中もだ!】

【だめ!これはL国で見た暴動そのものよ!多分、この後オートマタが扇動に動く!どうにかしてデモ隊を一つにまとめて、官邸に行くはずよ!こいつらを止めるには、通信を切った上で、自立のオートマタを止めるしかない!どこかに集まるなら一網打尽にできる!電磁パルス攻撃、EMP地雷の使用を考えて!私はその前に止められる可能性を探る!】

【アタシも残る!】

【ハウ!】

【…わかった。もし官邸が連中のゴールなら、連中の残しているカードは、機関銃、ドローン、ステルスの偵察機、そして重機だ!出してこないならそこにぶつけるはずだ!】

【隊長!ごめ~ん!はじき出されちゃったじょ~。僕の体格じゃむりだった~。地雷の準備するねぇ~。】

【アタイも対ドローン戦を考えて官邸に回る。】

【ハッパー、スピア、頼む!】

【オレはまだいけます!デモ隊の側からの発砲の可能性があるっスから!】

【馬鹿野郎!無茶するな!】

【てか隊長!こっちのデモ隊がぶつかります!】

 秋尾が再びオープン回線の音量を上げると、もはや警官隊が言っていることは混乱して訳が分からなくなっている。マップ上に表示された位置では、他のデモ隊も遠からず激突する。秋尾の目の前のデモ隊も、蛇行を解いて直進し始めたかと思うと、目の前の交差点で横から出てきたデモ隊とぶつかった。そしてぶつかった勢いで小競り合いになる。

【あ、なんか列の中央辺りで止めに入った髪の長い女の子…、いやアバターが…、】

デモ隊と併走していた車両の上から見ている秋尾の目の前で、にらみ合いの中央に、ショートカットの女の子が相手側に向かって進み出る。その少女はアバターかオートマタだ。

【例のキツネ面をかぶっていたんすが、それを外して…】

目の前の少女が、かぶっていた面を外す。

【両手を広げました…】

 両手を広げて、明らかに体格の違う屈強な男の前に一歩出る。男はキツネ面をかぶった擬人機体だ。腕を大きく振り上げたかと思うと、

【な、殴られたっす!】

目の前で、タクシーの言葉と同じように、しかし実際は遙かに激しく、少女は殴られて吹っ飛んだ。明らかに口から血を流している。

(擬人機体に血?)

 場が凍り付いた。

「…殴ったぞ…、あいつ殴ったぞ!やっちまえ!」

 その声を合図に、群衆が地響きのような声をあげ、大乱闘が始まった。最初は躊躇していた者も、殴られると殴り返し、そして誰がどちらから来たのは分からないほどの混乱状態なった。ここに来て我に返った警官隊が止めに入るが、さっきのにこやかな雰囲気が嘘のように、群衆は警官隊にも襲いかかり始めた。

(やられた!)

 そう思ったときには遅かった。どこからが仕込みとか、もはや悩んでいる時間はない。

「放水してでも止めさせろ!」

 秋尾は警官隊の回線に怒鳴った!

【三人とも!今すぐ逃げろ!】

【隊長!騒いでいる連中のARグラスを拾った!これCYBORGブランドだから、三秒で割る!】

【ハウか!いいから逃げろ!】

 突然、群衆の声がトーンダウンし、どこからともなく、笑い声が聞こえてきた。

「ハハハハハハハ、ハハハハハ、」

 その場にいる多くの人間の、携帯端末やARグラスのスピーカーから音がしていることに気づいた。同じ笑い声なのだが、それぞれのスピーカー、そして接続回線の違いから、微妙に音がことなり、どこか異次元から聞こえてくるような声だった。そしてぽつぽつと、「おキツネさま」「おキツネさま」とつぶやくような声がする。

【…キツネ…?】

 次の瞬間、その場にいる多数の人間が、スーパースターを見るような嬌声をあげた。

「おキツネさまのお出ましだー!」

【隊長!端末に転送!】

 秋尾の胸元がブルっと震え、秋尾は慌てて公衆回線用の端末を取り出す。そこにはハウが拾ったであろうARグラスから、見えている画面のシェアが飛ばされてきていた。おキツネさまのヴァーチャルハクティビストの動画に、「おキツネさまのお出ましだ!」というテロップが載っている。

「みんなー久しぶりー?!」

 おキツネさまの台詞に、デモ隊のほとんどの人間が歓喜の声を上げて答えた。おそらく、もともとこの放送とつながっていなかった者も、近距離情報共有で見られるようにしているのだろう。鳴り物をならしたり、指笛を吹いたり、脱いだシャツを振り回す者もいる。

「デモ隊のみんな!もー、つらいよね、痛かったよね~」

 さっきまでに乱闘になっていたのに、もはや完全にキツネのペースに乗せられている。大きく頷いている者もいる。

「そんなみんなのために、なんでみんなが殴り合わないといけなくなったか、その理由を見せてあげるよ~。この国で、もっとも人を人と思わないやつの真実を、ごらんあれ~。」

 歓喜を含んだどよめきが起こる。

「それでは~」

 おキツネさまが指を3本立て、サンというと、ほぼ全員が一緒にサンと合唱する。そして指を折るたびに、ニィ、イチ、と重なり合って強くなり、最後におキツネさまと全員が、

「スタート!」

 と言った。

 画面が切り替わり、何やら大人の男性が、料亭で談笑しているところを、隠し撮りした動画になった。そして声も聞こえる動画に字幕が載る。動画の下には撮影した日時と時刻も記録されていた。そこには昨晩の夜19時32分とあった。

「市民なんてね、適当にガス抜きをしておけばおとなしいもんですよ。そうすれば政府に刃向かおうなんて気は起こさないからね。そうだ、今度、我が国が誇る市民コントロールプログラムを使って、敵対する双方のデモを演出し、激突させるゲームをしましょう。それでどっちが勝つか賭けをしませんか?え、普段と違う?政治家なんて仮面をかぶるものですよ。はっはっはっ。」

 聞き覚えのある声のなか、微妙に移動していたカメラが、途中からはっきりとしゃべっている人物の顔を捉えた。そしてそこにテロップが載る。

[内閣総理大臣 鏡水 明]

(うそだろ…。)

 秋尾の思った「嘘」は、鏡水の行動に失望する「嘘だろう」ではない。このタイミングで、実在の人物の顔と音声をはめ込んで合成する、フェイク動画を繰り出してきたことに対してだった。

「みんなが今日、ここで殴り合いをさせられたのは~。」

【審議官!総理の…】

【このニュースか?!】

「こいつのせいなんだよ~。」

【え?ニュース?ニュースで総理の動画が流れているんですか?!】

【流れた!今のところ1社だ!他社を止めにかかっている!】

「人を人と思わない~、こいつはどうするべきかなぁ~?…せ~?」

【顔と音声を合成した動画の恐れありと他社に!ディープフェイクで検索しろと!】

【わかった!】

 おキツネさまが耳を澄ますポーズをすると、その場にいた群衆、そしてこの場所の近隣で激突していたデモ隊すべてから、静かに、そしてだんだん、町中を揺るがすような声が上がり始めた。

「成敗…成敗…成敗、成敗、成敗!成敗!」

 その声にあわせて、おキツネさまも同じように、手でリズムを取って「成敗!」と声を合わせて言った。そのまま数十秒盛り上げたあと、両手を広げて皆を制した。

「じゃあみんな!僕は先に首相官邸に行ってるよ!現地で合流して、鏡水を引きずり出して、成敗しよう!じゃあね~!」

 画面が切り替わり、おキツネさまのキャラクターに、「鏡水、成敗!デモで官邸へGO!」という赤いガムテープで作ったような、極太ゴシックな文字が表示されると、デモ隊が殺気だった「鏡水!成敗!」のかけ声で、一斉に官邸に向けて行進し始めた。

 秋尾の載っていた指揮車と一部の警官隊、サインカーなどは、その場で押しとどめることは不可能と、脇道に逸れ官邸へと先回りして後退した。

【審議官、把握してるかもしれませんが、デモ隊の現場でその動画が流れ、一気にデモ隊の意識を束ねられました!現在官邸に向けて進行中!その過程でも擬人機体を使った寸劇に散々やられました。すみません!残った連中のカードを考えると、EMP地雷を使用して、アバター・オートマタ、残っているドローンや重機を一気に叩く選択肢を考えて下さい。現在ハッパーが官邸側に戻って、準備を整えていると思います!】

【考慮するが、それをやると、官邸周辺の未対応電子機器が破壊され、確実にオリンピックの開催に支障が出る。別の道も探ってくれ!】

【もちろん分かっています。最善を尽くしますが、最悪に備えてです!】

【分かった。その判断は仰いでおく。】

【それから自立型のオートマタだった場合、やっても効かない可能性がありますが、通信各社に回線の遮断要請の予告を。】

【それは手配しておく。】

 秋尾は審議官との会話を切って、メンバーとの回線に切り替える。パトロたちがやりとりをしてた。

【ギルマス!どう?たどれそう?!】

【待ってくれ!そんなすぐには出ない!】

【どうしたパトロ?】

【ハウが拾ったARグラスは、止められる前に乗っ取れたから、ギルマスに権限を渡して発信元を探っている!】

【分かった!ギルマス!持ち主に関わる情報を徹底的にあらえ!難だったら本人確認のために顔写真も撮ってこい!】

【やらせてる!家にたどり着いたら、ここですよって、道々鳴いて知らせてくれるようにな!それとさっき審議官から頼まれた件だが!】

【なんだ?動画の件か?!】

【いや聞いてないならいい。こっちで対処する!】

【そうか!なんか知らんが頼む!ハッパー!】

【地雷はやめろってぇ?】

【他の道も探ってくれ!】

【ですよね~。でもでも、それ以外はだめじゃないっしょ?】

【審議官が嫌っているのは、広範囲で電子機器がダウンすることだ!それから回線遮断依頼を予告している。】

【了解~。スピア、ファルコン、プランBだじょ。】

 秋尾は部隊の位置情報でバトラーの居場所を確認する。ウェポンコンテナ付近だからほぼ同じだ。

【バトラー!そいつらのお守りと、工作車とADSの準備頼むぞ!】

【了解です!】

 ハウ、パトロ、タクシーの位置を確認すると、まだデモ隊と一緒に移動している。

【タクシー!】

【デモ隊からは出ないっすよ!】

【状況は?!】

【さっきよりは人間の間隔が開いています。それよりジグザクじゃなくなって一定方向に進んでいるので、ARの敵味方判別機能で、他の潜入警察官が分かって、ある程度それぞれの見る範囲が固まってきています!】

【パトロ、ハウ、状況を知らせろ!】

【銃が入りそうな荷物を持っている者を優先的にマークして、周りと情報を共有している!ラルコンが展開した鳥たちの索敵エリアに入って、俯瞰図がとれるようになった。機関銃ぐらいの荷物持ちをしらみつぶしにして列前方に移動中!】

【アタシはパトロと反対側を移動中!】

【機動隊の組んだスクラムまで、あと1kmもない。場合によって放水や催涙弾の打ち込みも始まるから、その前に逃げろ!】

【いいえ。キツネを捕まえる!】

【アタシも行くよ!】

【いい加減にしろ!おまえらは鉄砲玉じゃない!それにいままでの事を考えるとキツネは生身では来ない!そんなことに命をかけるな!】

【……】

【………】


・首相官邸、閣議室


「では、国会閉会中であり、また事前に国会の承認を得るいとまがない状況と判断します。現時刻をもって防衛大臣による防衛出動待機命令を発令。現在行われている海上保安庁の臨検により、歐亞中央より提供された40フィートコンテナ型武装のコンテナ番号を発見した場合、もしくは軍用級武器による攻撃が発生した場合、内閣総理大臣の命により、防衛出動を下令します。皆さん、必ず仮想閣議室での会議が行える状況を維持してください。よろしいですね。」

 鹿島が議事進行を行い、防衛出動が下令されることが決定された。会議が終了すると、鏡水と鹿島は握手をする。防衛大臣は、ちらちらと鏡水総理の方を見ていた。鏡水はそれに気づいて、防衛大臣方に歩み寄る。

 そこに総理大臣秘書官が飛び込んできた。

「総理!至急執務室へお戻りください!官房長官も!」

 鏡水が執務室に戻ると、テレビの前に他の秘書官たちが釘付けになっていた。指さし相談しているものも、手にスマホを持って見ている者もいる。鏡水が入ってくるのを見ると、テレビの前の道を空ける。そのテレビには、鏡水自身が映っていた。デモ隊が見た動画が繰り返し表示され、コメンテーターと司会が、それを問題視するコメントを繰り返している。鏡水は1回見ると、秘書官の方を向いて、いつも口調で聞いた。

「よくできていますが、これはなんですか?」

 表情もいつもと変わらない。

「先ほど、新横浜一円で開催されていたデモ隊に、例の『おキツネさま』なる人物が見せた動画です。ネットで配信になったのとほぼ同時に1社がテレビ放送し、今に至ります。他社は、偽動画の可能性がありと警告することで、今のところ押しとどめていますが、ネット上ではいわゆる炎上状態となっています。」

「偽動画、…よくできていますね。さてどうしたものか?」

「総理、この下の時刻…」

 鹿島がそれに気づいて言った。

「ええ、それのことを言っています。私の一存では…」

 執務室に重い空気が流れる。

「総理!」

 そこに、外務担当の秘書官が入ってきた。鏡水は執務室の入り口の方を見て答えた。

「どうしました。」

「在日歐亞中央大使館経由で電話が入りまして、その、リー大統領がお話ししたいと…」

 鏡水と鹿島は顔を見合わせた。鹿島が頷くと、鏡水は応接セットの方を指さした。外務担当秘書官は自分の席に戻り、応接セットの電話機に電話を回した。鏡水と鹿島は応接セットのテーブルを挟んで座る。液晶表示を見ると、暗号化マークと、大統領の随行者として登録されている秘書の名前の暗号証明書確認が表示された。鏡水が電話機のオンフック着信を押す。

「鏡水総理。お邪魔してよろしかったですかな?」

「大統領、ええ、大丈夫です。」

「昨日はありがとうございました。大変感謝します。ところでお困りでしょうね。」

「正直、この電話も大統領ご本人かどうか、疑ってしまうところです。」

「ははは。その用心深さは外交には大切なことですね。ところで昨日は私が助けられました。今度は私がなにかお助けできることはありますか?」

 鏡水と鹿島が目を見合わせる。鹿島は漆塗りの机の上に指で三角形を書く。机にはその指の跡が残った。

「大統領、昨日の情報提供、そして自衛隊に関する肯定的な発言、そしてこの迅速なご対応、いささか物事が手際が良いように感じますが。」

「それだけ、貴国に貢献したいと思っているのですよ。それに最後の一つは、完全に私の個人的一存です。無駄な手間を省いて、いち早くお伝えするために、私が自らご連絡したことをご考慮いただければ。」

 たしかにこの反応の速度に関してはそうだろう。ただし、全部が歐亞中央の筋書きでなかったとすれば、だ。

「お二人だけの思い出にされると思いましたが…」

「この電話の前に、彼に許可を取りました。快く了承してくれましたよ。」

 鏡水はなお躊躇する。

「では、こういたしましょう。私が美談として使わせていただきます。よろしいですか?それにその方が効果的でしょう。それを受けてご自由になさってください。いかがですか?」

 鹿島はテーブルに丸を書いた。

「…分かりました。」

「はい。」

 まるで学生が喜んでいるかのような声だった。しかしそれはあくまでも彼らに取って、なにがしかメリットがあるということだろう。

「それから総理、事態が何事もなく収束するようでしたら、本日夜の夜のパーティに、是非お越しください。」

 鹿島はこの状況で、それをいう神経にあっけにとられた。外交は食うか食われるかの戦いだが、言葉だけで次々と丸呑みしようとする技を繰り出してくる。収束するようではなく、収束できるという確たるシナリオを引き、その上で踊らされているのではないかとすら思う。仏の鏡水と言われる喜怒哀楽の出ない鏡水の顔にも、一瞬だけ驚きが走った。

「…検討させてください。」

「我が国ではあまり聞かない言葉ですが、お待ちしておりますよ。」

 そう言って、大統領からの電話は切れた。鹿島は大きなため息をついた。二人の周りには、大統領が言っている意味を理解する者と理解できない者がいた。

「そこにあるものは、なんであろうと使う…か。」

 自分も相当やり手の政治家であるという自負を持つ鹿島も、サンドバックにされたような気分だった。


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