【小説】『天体の回転について』を読みました。ホラーからコメディまで選り取り見取りなSF
2023年5月5日
2020年11月に死去した作家 小林 泰三。ホラーやSFの名作が多い作家さんという印象でした。訃報から「何か総括的な作品集を読みたいなー」と感じまして、ちょくちょく作品一覧を眺めながら、もう二年以上が過ぎてしまいました。
まあそんなこんなで、相変わらず行動が遅いながらもようやく読んだ短編集について。
書籍情報
著者:小林 泰三
『天体の回転について』
早川書房 ハヤカワ文庫JAより出版
刊行日:2010/9/10
あらすじ(Amazonより転載)
科学とは無縁の世界で育った青年はある日、月世界を目指して天空へと伸びる「天橋立」に向かう。そこで待っていたものは、とびきり可愛い謎の少女だった―無垢な青年が抱く、宇宙への憧れとみずみずしい初恋を描いた表題作のほか、ロボット三原則の盲点が引き起こす悲劇を描いた「灰色の車輪」、宇宙論とクトゥルフ神話が驚愕の融合を果たす「時空争奪」など、ヴァラエティに富んだ全8篇収録の傑作ハードSF短篇集。
収録作品は『天体の回転について』『灰色の車輪』『あの日』『性交体験者』『銀の舟』『三〇〇万』『盗まれた昨日』『時空争奪』の八作品。
一作目の『天体の回転について』は軌道エレベーターの話。主人公は科学文明外の集落の少年で、科学知識のない視点で描かれている。少年が口にする「妖怪の森」も描写を考察するとビル群が立ち並ぶ都市部と解釈することができ、すなわち「妖怪」も科学文明の人間あるいはアンドロイドの類と読み取れる。そこからの軌道エレベーターの案内役であるホログラムの少女とのボーイミーツガールを描いた一作となっていますね。主人公の生い立ちというキャラクター性により描写が曖昧にされていますが、一方で考察し甲斐のある内容で、面白いというより楽しい作品かも。
『灰色の車輪』は事故の懸念がある研究施設を地球外に移した設定で、その研究施設で作られたアンドロイドの危険性を調査しに来た主人公の話。SFではお馴染みのロボット三原則を下地にし、ロボットの反乱の可能性を描いた作品。ハードSFですが意外とあっさりした内容。
『あの日』では、地球文明を題材にした小説が時代小説として扱われるようになった近未来で、そんな時代小説を小説講座で執筆に挑んだ作家志望の話。だが地球上における物理法則の無理解のせいでとんでもない内容になってしまっていて、ある意味ではコメディSFになっている。とはいえオチの意外性もあって話としても面白かったですね。
『性交体験者』は、カマキリみたいに性行為において女性が男性を捕食する、ということが明かされ、それをベースにした女尊男卑の世界を描いた作品。世界観設定とは別に話の本筋としてはサスペンスがメイン。以前読んだ『ピュア』と似たような方向性。
『銀の舟』は隣の惑星の人面岩に魅入られた女性調査隊員の話。オカルトというわけではないですが、ある種の都市伝説的な、月刊ムーみたいな題材。単純ではあるものの、ラストで叙述トリックが明かされるところは意外性があって面白かった。
『三〇〇万』は地球外生命体による宇宙侵略もの。ただし恒星間移動できるだけの技術力を持っていながら思考が脳筋。力こそパワーで様々な惑星を制圧してきても、地球(と思われる惑星)の侵略で自分たちの常識が全く通用せず右往左往する様は、まさにコメディSF。オチも結局脳筋で笑った。
『盗まれた昨日』は、昔ここで感想記事にした長編小説『失われた過去と未来の犯罪』の設定をそのまま使った短編。長編が先か短編が先かはわかりませんが、読んだことある設定なのですんなり馴染んだ。ただ話としては胸糞なので、自分としては長編版の方が好き。
『時空争奪』も以前ここで感想を書いたアンソロジー『revisions 時間SFアンソロジー』に収録されていた作品のため既読。前に読んだときはややこしいというか、すんなりイメージすることができなかったのですが、久々に読んでみるとそういう話だったのかと腑に落ちた。タイムパラドックスへの解釈として傑作の時間SF。
といった感じで、短編集『天体の回転について』収録作品の感想でしたが、デビューがホラー作品であることもあってか、作品としてはSFなのですけど話の作り方がまさにホラーらしいといったところですかね。
そういったわけで、SFに苦手意識がある方でもSFではなくある種のホラー作品として楽しめるのかと思います。SF好きであればそのままSF作品として読めるので、万人受けとまではいかなくとも読者層としてはかなり広い範囲をカバーした短編集なのではないでしょうか。
といった具合に、短編集『天体の回転について』でした。
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2019年12月6日公開
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