【小説】『標本作家』を読みました。超ド級のスケールで描く文学SF
2023年6月4日
お久しぶりです。引っ越しにより読書時間が大幅に減ってからぼちぼち一年が経とうとしていますが、ここ数ヶ月はずっとポケモン対戦に熱中し、なんなら先月からゼルダの新作をやり始めるなど、ゲームばかりして余計に読書から遠ざかっています。
そんなこんなで気になっていた小説を読み始めたらあまりにも長く、読み切るのにかなりの時間を要しました。多分一冊の小説を読むのに二ヵ月くらいかかったのではないだろうか? こんなに時間がかかったのは初めてかもしれません。
ということで今回は超ド級のSF『標本作家』の感想。
書籍情報
著者:小川 楽喜
『標本作家』
早川書房より出版
刊行日:2023/1/24
あらすじ(Amazonより転載)
西暦80万2700年、人類滅亡後の地球。高等知的生命体「玲伎種」は人類の文化を研究するため、収容施設〈終古の人籃〉を設立。蘇生した歴史上の名だたる文豪たちに小説を執筆させていた。その代償は、不老不死の肉体を与えることと、彼らの願いを一つだけ叶えること。しかしながら、玲伎種による〈異才混淆〉の導入によって自己の作風と感情を混ぜ合わされ、数万年にわたって歪んだ共著を強いられ続けてきた作家たちは、次第にその才能を枯渇させてしまっていた。そんな現状に対して、作家と玲伎種の交渉役である〈巡稿者〉メアリ・カヴァンは、ささやかな、しかし重大な反逆を試みた——「やめませんか? あなたひとりで書いたほうが、良いものができると思います」
実在した文豪をモデルにした怪作。作中では架空の名前に変更されてはいるものの、有名作家ばかりなのでそのモデルは容易にわかる。そういった面でも、読者の文学的な知識が試される作品と言えるのかもしれません。
また現代からみて過去の作家たちはモデルがあるものの、未来の作家はオリジナリティある人物像となっており(おそらく未来作家の方もモデルがいるかと思われる)、文学的だけではなくエンタメ作品としてのキャラクター性もあるといったところですかね。
……まあ、作家という生き物は大抵変人ばかりで、実際に作中に登場する作家たちも一癖二癖ある人物像でして、エンタメ的なキャラクターとしては面白いのでけど、ちょっとキャラ濃すぎて読んでいて胃もたれする感覚がありましたね。それでもキャラが薄いよりは全然いい。
そんなこんなで人類史に名を連ねる文豪たちを遠未来の知的生命体が研究目的で復活させて小説を書かせるという、「創作活動とは何か?」「小説とは何か?」といったテーマを突き詰めた文学性の高い作品であり、SFとしても伝記SFとかパスティーシュSFと言えるでしょう。
ただ個人的にこのSFの部分が引っかかった感じですかね。
というのも、この遠未来知的生命体である「玲伎種」の超科学は、もちろん登場人物である人間たちには理解できないものとなっており、作中に登場する技術に対してこれといった考察がされていない。最後まで読んでも「玲伎種」の正体も目的も明確に明かされることはなかった。
言うなれば、アーサー・C・クラークの有名な言葉「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」をそのまま適応されるようなSF感。
もちろん作中の技術を緻密な科学考証をするだけがSFではありません。なにもハードSFだけがSFではなく、科学的ではなく幻想的な作品でもSFジャンルに当てはめることができます。なんだったらホラーとかファンタジーもSFの一部といえばそうなります。
この『標本作家』も、「玲伎種」の超科学は魔法と言えるほど超越したものであり、遠未来の知的生命体という設定は確かにSFであり、『標本作家』という作品も間違いなくジャンルはSFであるのですが、読んでいる感覚としてはSFというよりはどちらかというとファンタジーに近いものを感じました。ファンタジーというよりはより幻想文学的とも言えるのかも。
そういうこともあって、話の内容としては知的生命体「玲伎種」はあくまで舞台装置の域を出ることはなく、終始復活した作家たちと主人公による創作活動の話で終わってしまった。
このあたりは文学作品のオチとしてはいい落としどころですけど、ただSF作品として読み解くと、「玲伎種どうなった?」という疑問が残り、不完全燃焼な感覚になりました。
これ……確かにSFでSF新人賞の大賞を受賞するのも納得の超大作ではあるのですが、SF、SFかぁ……。いやSFだけど、SFとして物足りなさを感じるのは何故だろう?
おそらくそう感じられるほどに「有名作家を標本にする」という文学設定が強すぎて、SF要素がパワー負けしているのかもしれない、というのが読後の素直な感想かもしれませんね。
そんなこんなで、超ド級スケールの文学SF『標本作家』の個人的な感想でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます