【小説】『失われた過去と未来の犯罪』を読みました。「もしかして……」「私たち……」「「入れ替わってる⁉」」
2019年12月6日
消費税増税前にAmazonで片っ端からまとめ買いした書籍を未だ消化しきれていない今日この頃。おそらく年内はもう新しく本を買うことはないかもしれません。……年内に全部消化しきれる気がしませんけど。それなのに、昔読んだ小説を読み返したい衝動や、ポケモンの新作を遊びたい衝動(まだ買ってない)などの誘惑が……。
まあそんなこんなで、いつもの如く積読していた一冊を読みました。タイトルは『失われた過去と未来の犯罪』です。
書籍情報
著者:小林 泰三
『失われた過去と未来の犯罪』
KADOKAWA 角川文庫より出版
刊行日:2019/8/23
あらすじ(Amazonより転載)
女子高生の梨乃はある日、記憶が短時間で消えてしまうことに気付く。この現象は全世界で発生し人類はパニックに陥った―。それから数十年。記憶する能力を失った人類は、外部記憶装置なしでは生きられなくなっていた。記憶=心が切り離せるようになった世界で「わたし」は何人分もの奇妙な人生を経験する。これは本当に自分の記憶?「わたし」は一体、何者なのか…?『アリス殺し』の鬼才が贈る、予測不能のブラックSFミステリ。
この小説は「もし記憶が10分程度しか保てないとしたら」というコンセプトをもとに、ネタを大きく膨らませていったものになります。
第一部と第二部の二部構成となっており、第一部では主に、ある日突然すべての人間が記憶障害に陥ったまさにその瞬間の混乱を描いた内容で、物語としてはエンターテインメント的に読み進められるパニック系SFとなっております。記載したあらすじでいうと、「女子高生の梨乃はある日、記憶が短時間で消えてしまうことに気付く。この現象は全世界で発生し人類はパニックに陥った―」がまさに第一部の内容です。
どこにでもいる普通の女子高生が、記憶が続かず時間的に空白が生じている自身の異変に気がついたことから始まるお話のため、パニックものとして日常が侵される異質さが際立ったかたちとなっております。余計な前置きなどなく(そもそも日常なので描く必要がない)、いきなり抱いた違和感から始まるので、とても興味を惹かれる冒頭だと感じました。
そこから「コントかよ!」とツッコミたくなるほどのコミカルなシーンに続いていきます。それも当然のことで、全員が前向性健忘となっているため会話が噛み合うわけがないのです。何度も同じ話がループして収拾がつかないカオスな様相を呈してしまいます。いわば「緊迫感のない混乱」といったところ。その中で女子高生の梨乃をはじめとする数少ない飲み込みが早い者たちだけが危機感を募らせて行動していくという話になります。
女子高生梨乃の視点とは別に、梨乃の父親の視点も同時進行で描かれていきます。梨乃の父親は原子力発電所の職員。扱いの難しい原子力発電ですからほぼオートメーション化されており直接人の手が介入することは少ないですが、しかし発電の制御の判断などは人が行っているわけですから、全人類記憶障害に陥ったこの状況においてトラブルが発生したらお手上げ状態となってしまうわけです。で、職員全員が前向性健忘なので当然トラブルは起きるわけでして、そこからの緊迫とした対応劇(記憶障害で話が噛み合っていないのでやはりコントっぽくなってますが)というエンタメらしいストーリーとなっていきます。
この親子の視点をそれぞれ描くことにより、梨乃のパートでは一般人としての混乱、梨乃の父親パートではライフラインの維持という公共的な混乱として描かれ、多面的に全人類記憶障害(作中において、のちに「大忘却」と呼ばれるようになる)の様子を物語っています。こうした性質の違う視点を同時に見せることによって、「大忘却」の混乱のリアリティが増しているのだと感じました。
あとこの「大忘却」の正体についての考察的なシーンは、一見突拍子もない内容ではありますが、しかしロジックを交えて解説しているところは空想科学作品としてとても興味深いものでしたので、想像以上にSFとして強度があったように思えましたね。
続いて第二部からは、梨乃をはじめとする初動できた人たち(作中では「第一動者」と呼称)がいたおかげて混乱を脱し復興した未来について描かれています。人類は「大忘却」を経て、外部記憶装置を身体に差し込むことで、失われていく記憶を自動記録しつつ関連検索で記憶を呼び起こすようになりました。読んだ感じのイメージとしては、肉体にUSB端子のようなものがあって(本人の任意の部位に設置可能)USBメモリっぽいものをぶっ挿して生活しているといった具合です。
パソコンなどの機器を使っている方はわかるかと思いますが(そもそもこの記事を読んでいる時点で何かしらの端末を使っているのですけど)、データを記録したUSBメモリを別のパソコンに挿したとしても当然テータを読み込むことは可能なわけでして、一つのパソコンで複数のUSBメモリを使ったり、逆に一つのUSBメモリを複数のパソコンで共有したりするのは普通のことです。
よって第二部で描かれていることは、「大忘却」により外部記憶装置で記憶をデータとして管理するようになったことで、記憶が入ったメモリを全く関係ない他者に挿し込んで他人の記憶を読み込むことが可能になった近未来、といったものになるわけです。
「大忘却」以降人の記憶は10分程度しかもちません。「大忘却」後の外部記憶装置黎明期の時代であれば、人々は「大忘却」以前の記憶を自身の脳に残しています。ですが「大忘却」後に出生した人は、自力で記憶することができないのです。
つまり「大忘却」以降に産まれた人は、記憶が入ったメモリを抜いて10分放置されると、産まれたばかりの赤ん坊のように空っぽとなってしまうわけです。そこに他者のメモリを挿し込めば、別人の記憶を再生してその人になりきってしまうわけです。
また記憶メモリを抜いて10分以内に別のメモリを挿し込めば、「抜く前のメモリの記憶」と「新しく挿したメモリの記憶」が混在するので、他の人の記憶を取り入れて蓄積することも可能なのです。
人が自動車を乗り換えるように、それこそ使う電子機器を交換するように、「大忘却」後の人類の肉体はただのハードウェアでしかなくなったのです。
第二部は主にこういったテーマを描くパートです。単純にメモリが入れ替わったことにより別人になる話や、複製されたメモリをそれぞれ違う肉体で再生し中身が同一人物の人間が複数いる話、複数の肉体が一つの記憶メモリを共有する話。それこそ死者のメモリ、肉体的に死亡したものの記憶メモリは無傷で残っており、生者が死者のメモリを読み込む話などが、連作短編的に描かれているのです。
これらの話から、人が人間たらしめるものは記憶かそれとも肉体か、心とは、人格とは、魂とは、といった哲学を風刺的に問いかける物語となっています。
そしてオチとしては連作短編のように描かれてきたそれぞれのエピソードが収束していき、さらにもう一歩踏み込んだ根源的な問いを読者に投げかけるといったものになっています。
第一部では娯楽作品としてのパニックSFを描き、第二部では人の本質に迫った哲学的なSFとして描かれているというのが、この『失われた過去と未来の犯罪』という作品の特徴かと思います。
哲学というと意識高い感じがしますが、でもこの作品は記憶違いから展開されるストーリーのためどことなくコミカルな部分もあり、全編通してブラックジョーク的なSFですので、そこまで難しいお話ではありません。
というより、入れ替わりネタは小説に限らずあらゆる媒体において定番ネタですからね。映画『君の名は。』とか記憶に新しいかと。この入れ替わりネタをサイエンス・フィクションとして大真面目やったのが『失われた過去と未来の犯罪』という作品です。なのでエンタメ作品にならないわけがない!
といった感じで、SF小説『失われた過去と未来の犯罪』でした。個人的にとても面白かったです。お気に入りの一冊になりました。
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