第05話 異例のタッグ

1 進化の程は

 姿を変えた四十川。

 それまでの傷も治り、心身ともに万全な彼女は上機嫌だ。


「オイオイオイ。こりゃピンチだぜアンタ。なんせ正義のアマトのあたしがパワーアップしちゃったんだからなあ!」

「……何がパワーアップだ! 姿を変えただけじゃないか! そういうアマトはたまにいる! 姿を変える特質、能力ってことだろう! 何も驚くほどじゃない!」

「ほーんそうなのか。しかしアンタ、心なしか怯えているな? 姿を変えてあまりにもカッコよくなったあたしに!」

「ほざけ! レーベン!」

 朝霧は見えない空間技を四十川全身に向け発動した。

 しかし彼女はその中で、気合をためるようなポーズをする。

「ハアアア…… うおりゃっ!」

 なんと、彼女は見えない空間を気合でぶち破ってしまった。

「なに!? そんなバカな!?」

「ハッハッハ! 自慢の卑怯技も効かねえようだな。そんならこっちから行くぜ!」

 姿を変えパワーアップしたと思い、若干調子に乗る四十川。

 突進する四十川に、朝霧は刀を構える。

 「猪突猛進の胸のデカいだけのアマトめ! またその胸を切り裂いてやる!」

 だが朝霧が刀を振った刹那、四十川は左手でそれを掴んでしまう。

「ハハハ。2度も同じ攻撃を喰らうかっての。……でもこんな刀はあたしにゃ性に合わん。ポイだな。ホレ」

 四十川は刀を思い切り投げた。一応持ち主の阿南の方に投げたつもりだったが、方向は全く見当はずれ、20㍍ほど先の、湿地特有のハンノキにそれは突き刺さった。


「あり? まあいいや。さあ、正々堂々徒手空拳で勝負といこうか!」

 言いながら四十川は走り出した。しかしそこで違和感を覚える。

 スピードが、以前より劣っている気がするのだ。

「……でもだからなんだあ!」

 四十川は朝霧に殴りかかる。だがそれは難なくかわされてしまう。

「ハハハ。何がパワーアップだい? ……確かにパワーは増したかもしれないが、スピードが遅くちゃ避けろと言っているようなものだよ。まったく、胸や尻がでかいのは変わってないし、頭がちゃらんぽらんなのまで変わってないようだね!」

「んだと! 言っとくけどなあ、変身前より胸や尻は縮んでんだぞこれでも! 変身前のあたしの身体を見たら、あんたなんか一瞬で悩殺よ!」

「……キミまたバカなことを言って。もういいよ。面倒だからもうやっつけちゃおうか……」

 そう言うと朝霧は猛スピードで攻撃を仕掛けた。だが四十川はやはりパワーアップしたのか、先ほどまでのような甚大なダメージはない。しかし、一方の四十川の攻撃はかわされ当たらない。劣勢は覆せなかった。


「く、くそー! 攻撃が当たらん!」

「……フウ、姿を変えて、なかなか頑丈な体になってるようだね……。さて、どうしたものか……」

 それを聞いて四十川は自分の特質の1つを思い出した。


「なあアンタ……」

 四十川は不敵な笑みを浮かべいう。もっとも姿を変え顔まで黒いマスクで覆われた姿では、表情など分からないが。

「……なんだ?」

 妙に自信たっぷりの四十川に、朝霧は少し警戒する。

「あたしにはさあ、最近開花したばっかりのスゲー特質、能力があるんだ。……見せてやろうか?」

「へ、へえ……。どうせしょうもない特質だろう? いいよ。やってごらんな」

「じゃあお言葉に甘えて! あたしの超必殺技!――“明日への扉”ァ!」

 四十川が両手を前方にかざすと、朱と黒の混じる人間大の、得体のしれぬ渦のようなものが現れた。

 前にアガルトをぶち込んだ、あの技である。


「――な、なんだこれは!」

「……技名、『明日への扉』! 名前の由来は、その渦の先がどこに繋がっているかわからない、……ひょっとしたら、明日へ繋がっているかもしれないからだ!」

「な、何だと……! まさか、異空間にでも相手を飛ばす技か!」

「へへ、多分な! その先に何があるのかはあたしにもわからん! 行ってからのお楽しみだ!」


「な、ざ、雑魚のアマトのくせして、こんな技を……」

 朝霧は明らかに動揺している。四十川はその隙を見逃さなかった。

「動揺してんな! オラァ!」

 四十川は朝霧の後ろに回り込んで、渾身の回し蹴りを喰らわせた。

 スピードは落ちても、パワーは確実に以前よりアップした四十川。

 その蹴りは、確実に朝霧にダメージを与えた。

「ガハッ! く、くそ! 油断さえしなければ……」

「ハハハ! あんたをあの渦の中に振り込んでやるよ! 何処に繋がってんのかなあ? 地獄も知れないし、天国かもしれないし、こことよく似た、それこそ明日かもしれないぜ?」

「……バカが! 要するにあの渦の中に入らなければいいだけだ! なんのことはない、戦況は何も変わっていない!」

「……ッチ、冷静さを取り戻したか……。アンタはどうにも強い。パワーアップしてもなかなか敵わん。さて……」

 四十川が思いあぐねていると、深緑の怪物が四十川の横にぬうっと現れた。


「……げえ! 確かアンドレアとか言ったな? アンタ、アガルトのくせに何しに来やがった! ……つーか、なんか前と姿変わってね?」

「……今頃気づいたのですか。何とも鈍感な。そのバカでかい胸にばかり栄養がいくからそうなるんですよ」

「なんだとコラ! これでも変身後は縮んどるんだぞ! 人間のときみたいにブルンブルン揺れたりしないしな。アンタに分かるか? デカすぎる胸のせいで足元が見えなかったり、谷間に汗かきまくったり、走ったら揺れてうざかったり、やたら肩がこったり……」

「……しりませんよ。いったい何の話をしているのです? それに話は戻りますが、姿を変えたのは貴女も同じでしょう?」

「あ、確かに?」

「それにその、顔全体を包む黒いマスク……。まるでアガルトのようですねえ」

 確かに、全面を黒いマスクに覆われた四十川の顔は、そこだけ見ればアガルトと少し似ている。しかし四十川は憤慨する。

「オイオイ、一緒にすんなこら! あたしのはあんたらと違って、キリっと斜めの前髪みたいのと、後ろには自慢のポニーテールがあんだぞ? まあ、これももう人間の髪とはいえない、アマト特有? の異質なモンになっちまったがな」

「フフ。まあどうでもいいでしょう。それより、あの腹の立つアマトを一緒に倒しませんか? 彼は今や共通の敵です。悪い話ではないと思いますが?」

 それを聞いて四十川は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに納得した。


「……オウ、あたしを殺す寸前までいったアンタだ。だからこそ信頼できるってもんだ。アンタは嘘をついたりはしない。いいぜ。一緒に戦おうや!」

「フフ、随分物分かりがいいのですね。まあ話は早い方がいい。では四十川さん。いきますよ!」

「おういくぞ! え~っとアンドレだっけえ?」

「アンドレアです!」

「おっそうかい。じゃあいくぜアンドレアさんよ!」

 

 深緑のアガルトと朱と黒のラインのアマト。

 2人はともに構える。


「な、何をバカな!? なぜキミたちがボクと戦う!? キミたちはアマトとアガルトなんだぞ! お互いに戦うのが常じゃないか!」

「……生憎ですが」

 アンドレアが口を挟む。

「私は今、アガルトとしては異例なことですが、姿を変え、俗にいえばパワーアップしているのですよ」

「へー奇遇だな。あたしもだ」

 四十川が抵当に口をはさむ。

「貴女はちょっと黙ってください。……そしてこの姿になると、“アガルトとしての本能”が薄れるのです」

「ど、どういうことだ……」

 朝霧も口をはさむ。

「知っているでしょう? アガルトは大かれ少なかれ、“アマトを倒す”という本能から逃れられない。私のように知能の高いアガルトでもね。……しかし、この姿になるとそれが薄れるのです」

「はえー」

 四十川は適当に相槌を打つ。

「もし普段の姿のままなら、横にいるこの胸の大きいアマトをまず倒したいという本能に駆られてしまいます。しかし今この姿ならそれがほとんどない。つまり、大いに自分の意志で戦うことができるのです」

「……なんだ、そんなアガルトは聞いたことがないぞ……」

「ふ、私も聞いたことも見たこともありませんよ。自分以外にはね。……では行きましょうか、四十川さん?」

「オウ! なんだかよくわからんが、パワーアップした2人であいつをボコボコにしようぜ!」

「な、くそ、なぜこんなことが……」

 さすがに朝霧も後ずさりする。そして四十川は思い切り殴りかかっていく。


「そおら! 避けられるかな?」

「そんな見え見えの攻撃!喰らわないと言っているだろう!…… がッ!!」

 だが朝霧は後ろから衝撃をもらう。アンドレアが背後から蹴りを入れたのだ。

 戦いの中で初めてよろめく朝霧。


「ハーッハッハ! どうだあたしの攻撃は!」

「貴女のは避けられたでしょう……。さあ、さっさといきますよ。倒すのです。このいけすかぬアマトをね」

「おっそうだな。イクゾオオオオ!! ホラホラホラぁ!」

 四十川は躊躇なくラッシュをかましていく。

「だからそんな攻撃は通じないと…… あっ」

 四十川の攻撃を避けつつ受け止めていた朝霧だったが、油断したのか、湿地のぬかるみで足を取られてしまう。その隙を見逃さなかったのがアンドレア。朝霧の後ろあら思い切り蹴りを入れた。

「ぐあ! ひ、卑怯な……」

「それはお前じゃい! オラぁ!」

 蹴りを喰らいよろけた朝霧に、四十川は思い切り力を込めて左のパンチを喰らわせた。

 嗚咽のような声を上げ、初めて朝霧は膝をつき、そしてその場に倒れた。


「ハッハッハ! いっちょあがり!」

 四十川は朝霧を思い切り踏んずける。朝霧は湿地特有のぬかるみにズブズブと体半分も沈んでしまう。

「何を油断しているのです? 彼はただ倒れただけです。とどめを刺さないとね」

「……とどめ!? まさか…… 殺すのか!?」

 四十川は朝霧を踏んずけたまま話を続ける。その間朝霧はグウゥと泥の中でうなっている。

「当たり前でしょう? アマトは我々アガルトの敵。そして彼自身、多くのものを傷つけている。ここで殺さず、どうするんですか?」

「……い、いやでも! こ、殺すってそんな…… オイ!」

「フッ……。冗談ですよ。あなたがそういう反応をするのはわかりきっていましたからね」

 そう言うと、アンドレアは先ほど四十川が発動した技、“明日への扉”を指さした。

「あ! あれまだ残ってたのか!」

「自分で出しといてそれですか……」

「まあちょうどいな。殺すなんて胸糞悪いし、こんな屑はあそこに放り込んじまおう。んよっと!」

 四十川は踏んずけて泥に沈めていた朝霧を担ぎ上げた。

「――ごぱあ! や、やめろ! ボクを何だと思ってるんだ! あんなところに放り込んでみろ! か、必ず復讐してやるぞ!」

「ハッ! この世界に戻ってこれたらな。まあ無理じゃね? とりあえずさっさと放り込むぞ。モタモタしてたら、“明日への扉”が消えちまうかもしれない。……あ」


 そんなことを言っていると、本当に“明日への扉”は霞のように消えてしまった。

「あ、あり~。どうしましょ」

「どうもこうも! もう一度出せばいいでしょう!」

「そ、そうだな。コイツ邪魔だな。あんた持っててくれ」


 泥だらけで満身創痍の朝霧をアンドレアにあずけると、

 四十川は再び両手を前に前にかざし、精神を集中し

「出てこい! “明日への扉”ぁ!」

 と叫んだ。

 んがしかし……。特に何も起きなかった。


「あ、あり……?」

「何をしているのです! ふざけてるんですか!?」

「アホか! 真面目にやってるけど出ないんだよ!」

「な! ……まったく、肝心な時に役に立たない人ですね……」

「う、うるせえよ!」

 

 しかし朝霧はその隙を見のがさなかった。

 アンドレアによる拘束を振りほどき、どたばたと逃げ出したのだ。


「うわっダバダバ逃げてやんの。ダッセ~!」

「今更逃げてどうなるというのでしょう。すぐに捕まえて……」

 アンドレアがそう言ったとき、彼女は無数の銃撃を受けた。

 アイアンサットの残り2人の隊員が、アンドレアにサブマシンガンを放ったのだ。


「――相田くん! 貴方はサブマシンガンで援護を! 私は刀であの女アガルトを攻撃します!」

「わわかりました!」


 アイアンサットの女性隊員、朝比奈はアンドレアに斬りかかった。

 そしてアイアンサットの後ろから現れたアガルト、赤城は四十川に殴りかかる。


「な! こんな雑魚共がなぜ!」

 アンドレアの言葉に、赤城はすぐさま答える。

「申し訳ありませんアンドレア様! 懸命に戦いましたが……、どうしても2人を止められませんでした!」

「クッ……。人間の特殊部隊もなかなかやりますね……。四十川さん!? あのいけ好かない朝霧とか言うアマトを早く捕まえてください!」

「そ、それがよお……。草むらの中に逃げちまって、見失っちゃた……。あんたアガルトだろ? あいつの気配でわからないのか?」

「な……! ……! 彼は今猛スピードでここから離れています! 追わなければ……」

 アンドレアがそういった瞬間、彼女は朝比奈に再び斬りかかれた。勿論そんなものは払いのけたが、後方の相田による銃撃もあり足止めされてしまう。


「ク……! 邪魔ばかりを! 仕方ないです! 四十川さん! あの朝霧というのを早く追いかけてください!」

「え……。あたしはアガルトじゃねえ! あいつの気配なんかわからんぞ!」

「……! そ、それもそうですね……」


 そんなこんなで、圧倒していたにも関わわらず、四十川達は朝霧を逃してしまった。

 四十川は地団太を踏む。


「このアホ共ー! クソアマトを逃がしちまったじゃねか!」

 四十川は怒るが、アイアンサット2人はさらに怒る。


「な、何を言っている! そもそも貴女はなぜ、横にいるアガルトを攻撃しない!」

「そうです! アガルトと一緒にアマトと戦って……。なんか姿が変わってるけど……。やっぱりあなた、あ、四十川さんは我々、アイアンサットに害をなすつもりなんですか!?」

 相田はおそる聞くが、四十川はどっちらけな状況にあきれてしまい、変身を1段階解き、いつもの人間の顔の残るアマトの姿に戻った。


「あークソどもが! もう知らん! あたしは帰るぞ!」

 プンプン怒る四十川に対し、アガルト・赤城が四十川に食って掛かった。

「待つのだ! 貴様はアマト! 逃がしはしない…… グッ!!!」

 しかし赤城はアイアンサット・相田の銃撃をうける。

「こ、この人間どもが! 邪魔をするな!」

 赤城が相田に文句を言った瞬間、朝比奈がその刀で赤城アガルトに斬りかかった。

「こ、この人間どもめ…… 我々アガルトは人類の、人間たちの調和のために戦っているというのに……」

 刀をすんでんところで避けた赤城。しかし彼にとり状況はあまりに劣勢だ。


 そんな状況を見て、四十川はますます帰る決断を強める。

「なんかもうどっちらけだな。あたしが入っても邪魔だろう。赤城とかいうアガルトの相手はアイアンサットがやってくれそうだし。あんたはどうする? アンドレアさんよ」

「彼、赤城さんは同じアガルト。それになぜか私を慕ってくれています。……もちろん助けますよ。……貴女はどうするんですか四十川さん。アイアンサットとか言うのと一緒に、私たちと戦いますか?」


 四十川は一瞬歩を止めたが、振り返り少し苦笑いで答える。

「いや……。どっちの味方をしても問題ありそうだしな。それに肝心のクソアマトの野郎は逃げやがった。……あたしはやっぱ帰らせてもらうぜ。あとはあんたらで勝手にやってくれ」

「……フ、何とも適当ですね。しかしいいでしょう。貴女は帰ってゆっくり休むのですね」

「あーそうするさ。それと……」

 四十川は睨むような、頼むような眼でアンドレアを見る。

「アイアンサットのやつら、殺したりするなよ? あいつらはあんたらの敵のアマトじゃないんだから……」

「ハハ、ご心配なく。痛みつける程度にしておきますよ」

「そうか、程々にな。……っじゃあよ!」

 四十川はアイアンサットたちの闘いを背に、アマト研究所めざしアマトの姿で猛スピードで戻っていった。

 途中、途方に暮れたような、やってしまったような顔で下を向く阿南を目にしたが、見なかったことにした。


 こうして、混戦を極めた闘いは、

 四十川にとっては、終わったのだった。


 

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☆人超戦甚アルダマン☆ だいなも @kanikohsen

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