1章12話 最強の神託者の正体について



 アルベルトは演習場の表舞台をあとにする。観客、特にファンクラブ所属の女の子たちから送られる、可愛らしい大歓声を一身に受けて。並びに、首に叩き込まれた手刀により気絶したアンナを救護班に任せて。


 決闘が始まる前に通ったゲート。それを潜り、そこから伸びる通路に誰もいなくても油断することなく、アルベルトは寄り道せず控え室を目指した。

 勝利に対して喜びも、嬉しさも、感慨も特になく、ただ真剣な顔つきで。


 数分後。アルベルトは事実、控え室に到着した。その瞬間、そこに自分以外に誰もいないこと、加えてドアに鍵をかけたことを確認する。

 すると、その場でへたり込んで――、


「――――また1つ、ウソを、罪を重ねちゃったな」


 ――なぜか彼は深く溜息を吐く。

 自嘲的な嘆きというか、自虐的な後悔というか、慣れ親しんで薄味になった罪悪感というか、そういう感じが静かに伝わってくる呟きだった。


 普段の冷静沈着、威風堂々なキャラからは想像できないほど、どこか気弱なアルベルト。

 彼は、他に誰も利用者がいないことを改めて確認すると、カバンから手帳を、さらに手帳から1枚の手紙を取り出した。



『 最後の教え

     アルベルト・ナハトヒューゲル へ


 1つ! 無神託者オラクル・ゼロだからって諦めるな!

 もう、お前はそこらの雑魚に負けるような男じゃない。


 2つ! いついかなる時も、最強の風格を漂わせるべし!

 アタシが死んだからって、いつまでも泣いてんじゃねぇぞ。


 3つ! 吐いたウソは、最後まで突き通せ!

 みんなを騙してでも、やるべきことがあるんだろ?


 4つ! アタシを超えろ!

 お前がアタシに約束してくれたんだからな。


 5つ! 死ぬな、生きて幸せになれ!

 それが最後の修行だ。幸せになれたら、もう、お前は一人前だよ。


 最強無敵で素敵な師匠

     エレオノーラ・アイゼンエーデ より 』



 寂しそうに笑うアルベルト。


「きっと、周りから見た傲岸不遜っぷり、ますます師匠に似てきているんだろうな。今日だって、ただ勝つだけならまだしも、だいぶ先輩として格好付けちゃったし。絶対に、後戻りなんてできない。まぁ、最初から後戻りする気なんてないけど」


 再度、アルベルトは腰を床に下ろしたまま溜息を吐いた。。


「とはいえ、いくらなんでもみんな、僕に決闘や模擬戦を挑みまくりだよね。『神託を使ったフリ』にも限度があるのに。けれど――」


 アルベルトは本当に十数秒程度の休憩を終わらせると、決意を確認して立ち上がる。

 その際、自分がいつも周りに強く見られようとするために『俺』という一人称を使わない。一人称が、本来の『僕』に戻っていた。周りに、誰もいないから。


「――本当は無神託者だけど、いつか必ず、機転と戦術で、師匠が立っていた世界に辿り着く。一番才能に恵まれなくても世界で一番強くなる」


 エレオノーラの遺言書を手帳に戻し、さらに手帳をカバンに戻した。

 次いで、代わりにアルベルトは水筒とガラス瓶を取り出すと、両方の蓋を開け、後者からは錠剤を手の上に零した。


「だとしても、うぅ……、ストレスでまだ10代なのに胃潰瘍いかいようになりそう……。胃薬……、胃薬を飲まなくちゃ……。独り言もドンドン増えてきているし……」


 アルベルトはようやく落ち着くと控え室にあった椅子に座った。次に胃薬を飲んで、自分で自分の腹部を優しく撫でる。このような姿、誰にも、特にファンクラブの女の子たちには絶対に見せられなかった。


「ハァ……、天国の師匠……、確かにこの道は僕が自分で選んだ道だけど。だからこうなったのも全て自分の責任で、後悔なんてありませんけど。うん、それは置いておいて、流石に、もう少し設定を詰めてから入学するべきだった気がします……」


 アルベルトは俯いたまま溜息を吐く。

 そう、彼には前述のとおり神託がない。が、それでもどうしても、国家公認の神託者を育成する『天罰代理執行官育成学園に入学したい理由』が存在した。ひいては、将来的に国家神託者=天罰代理執行官になるべき理由も。


 無論、本来、この学園は神託者だけを集めた教育機関なので、無神託者に入学の資格はない。

 そこで彼女――アルベルトの師匠、元七大英雄の1人、エレオノーラ・アイゼンエーデは生前、とある提案を彼にして、このようなやり取りをした。


「しちめんどくせぇ、ウソ吐いて学園に入学しちまえよ。テメェもそのぐらいの覚悟、できてんだろ? で、そうだな……建前上の神託は『勝負に絶対に勝つ能力』ってことで」

「はぁ!? ただでさえウソを吐いて入学したら、神託を持っているように振る舞わないといけないのに、なんでそんな建前上の神託を最強設定に……!?」


「ハッ、最強であることと演技しやすいことは別物だ。これにすれば、勝負に勝てば神託のおかげにできるし、万一負けたら、神託の制限に引っかかって発動できませんでした~、ってシラを切ればいい」

「た、確かに……、誰かと戦えば必ず、勝ち、負け、引き分けって結果が付いてくるから、やりやすいとは思いますけど……。上手く発動したように見せるにしても、制限に引っかかったように見せるにしても」


「で、だ! あとは入学試験も含めて、ウソを本当にしてみせろ! それがお前にとっての、夢を現実にする、ってことだろ? まぁ、入学試験でいきなり負けたら笑えるけどな、アッハッハッ」


 その後、なんとかアルベルトは入学試験で神託を使ったフリをして入学を果たした。

 のだが、偽りの神託を最強設定にし過ぎたせい & 最強の振る舞いをしすぎたせいで、入学早々、上級生同級生を問わず、予想以上に多数の生徒から決闘を挑まれることにもなった。


 ウソがバレたら大変なことになる。ゆえにアルベルトは死力を尽くして戦い、まさかの全戦全勝。

 さらにその後、あまりに強すぎて学生の身分ながらプロの仕事、命を懸けた実戦にも参加するようになるが、そこでも常勝無敗。


 結果、第2年次生になる頃には、みんなの前では「――俺こそが最強。有象無象よ、かかってこい」と、強者の風格を漂わせていたが、裏では「いくらなんでも、予想以上にギャップが大きくなっている!?」と、嘆くようになってしまったのだった。


「――よし、そろそろ帰ろう。姉さんも待っているはずだし」


 数分後、アルベルトはようやく椅子から立ち上がる。


 わかっている。

 理解している。


 自分は武力を有している組織に入っている。

 なのにその上層部に、自分の能力についてウソを吐いている。


 今のところ、ウソによる破滅は起きていないが、これから先、どうなるかなんて誰にもわからない。


 自分の不祥事のせいで、誰かが死ぬことだってある。

 自分の誤情報のせいで、異端者たちに組織的に敗北することだって、もしかしたら。


 この選択はエレオノーラに背中を押されたとはいえ、自分が自分で決めたことだ。

 それでも――、


「――たった1つのウソで、世界を、救う」


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ギルティブレイブ ~『戦えば絶対に勝つ神託』を持つEXランク神託者とあがめられて、チヤホヤされてウハウハな件について~ 佐倉唄 @sakura_uta_0702

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