そら

 休日の朝。

 いつもの風景。

 君の柔らかい肌が、僕の肌に触れる。

 愛しい感触。

 大好きな体温。

 スヤスヤと眠る君が、目覚めた。

 ゆっくりと開く瞼から顔を出した君の瞳は、純粋無垢な子供のように美しかった。

 僕は「おはよう」って言って、いつものようにキスをして、君に微笑みかけた。

 君は少し驚いた後、とっても嬉しそうな顔をして僕にギュッと抱きついた。


『私、怖い夢を見たの』


 彼女は、僕の腕の中で言った。


『あなたが死んじゃった夢』


 彼女はまっすぐな瞳で、僕を見つめた。

 僕は、少し驚いたような顔をして言った。


「あっ、僕も同じ夢を見た。君が死んじゃった夢」


 僕が言うと、彼女は安堵したような顔をして言った。


『すごく怖かった。でも、よかった。起きたら、あなたがいた』

「僕もよかった。起きたら、君が眠ってた」


 確かに、君は眠ってた。

 でも、あれは夢じゃなかった。

 僕の隣じゃなくて、病院のベッドで君は眠ってた。


 たくさんの管に繋がれた君の左の薬指には、僕が贈った指輪が光っていた。

 君の家族が、君に何度も声を掛けていた。



【美緒、起きてよ!あなたまで死んじゃダメ】


 あなた、ま・で?

 どうなってるんだ、僕はどこ。


 僕は、自分の体を探しに行った。

 病室を飛び出して、薄暗い廊下を走った。

 ない。僕の名前がない。

 でも、確かに僕は君の隣にいたんだ。



 二人で伊豆へドライブに行った。

 東京へ戻る車中。

 君は「雨強くなってきたね」って、不安そうな顔をしていた。

 僕は「そうだね。でも、安全運転で行くから安心して」って、君の肩をポンと撫でた。

 そしたら、君は「疲れたらすぐに言ってね。私が運転するから」って、僕の肩をポンと撫でた。


 その後のことは、あまりにも一瞬だった。

 君を庇うこともうまくできなくて、ハンドルをおもいきりきって、眩しい光が迫る瞬間、抱き締めるように君を包んだことまでは覚えている。


 そして、目覚めたら、君は傷だらけの身体で眠っていた。



 廊下を走っていると、ある部屋から聞き馴染みのある声がしてきた。

 無造作に開いていたドア。

 部屋の中を覗くと、僕の両親と弟がベッドの前で泣き崩れていた。


【なんで勝手に死んじゃうのよ】

【ふざけんなよ。起きろよ、兄ちゃん】

【涼介、早く起きろ。美緒ちゃんと一緒になるんだろ】


 嘘だろ。

 みんなして、変なこと言うなよ。

 真っ白な布が掛けられたベッド。

 枕元には、線香が焚かれて置いてあった。

 そこには、青白くなった僕が眠っていた。

 それは確かに、僕だった。

 血の通っていないマネキンみたいに、ピクリともしなかった。

 けれど、僕の身体は、彼女と同じく傷だらけだった。


 そうか。

 僕は、君を遺して死んでしまったのか。



 目覚めたら、僕は空。

 目覚めたら、君は夢。


 住む世界が、変わってしまった。

 もうすぐ、二人で永遠の愛を誓い合うはずだったのに。



 プロポーズをした夜、僕たちは約束したんだ。


「君を絶対にひとりにしないよ。寂しい思いなんかさせない」


 そしたら、君も言ったよね。


『私も、あなたに寂しい思いなんかさせない。だって、私たちは死んでも赤い糸で繋がってるの。だから、どんなことがあってもはぐれたりしないわ』

「もし、どこかではぐれちゃったら?」

『そんなの、ありえないよ』

「ありえないかもしれないけど、もしもだよ』

『う〜ん……もしも、そうなったら、あなたが私のこと迎えに来てね』

「わかった。僕が迎えに行くから待っててね」


 そして僕は、君の左の薬指に光る指輪を見て抱き締めたんだ。



 こんな二人を離してしまうなんて、いじわるだ。


 そんな神様、許さない。

 僕だけ死ぬなんて、ありえない。

 君だけ遺すなんて、望んでない。

 僕たちは、赤い糸で繋がっているんだ。

 片方死んだら、もう片方も死ななきゃ。


 君の夢の中の僕みたいに、死んだまま一緒にいるなんて耐えきれない。

 本当の僕は「君は生きるんだ」なんて、綺麗事は言えない。

 言ったとしても、それは君を誘導させるための嘘だ。

 だって、そんなこと言ったら「ひとりはイヤ。あなたがいないと意味がない」って、必ず言うから。

 結局、僕の言葉はそれが聞きたいだけの汚い嘘でしかない。

 噓が上手な僕は、君も嫌だろ。

 嘘が下手な僕を、君が茶化してくれないとダメなんだ。



 僕の隣には、君がいなきゃ。

 君の隣には、僕がいなきゃ。


 だから、君も死ななきゃ。


 僕は、ひとりになる。

 君も、ひとりになる。


 そんなの、お互い望んでないだろ。


 だから、僕は君を迎えに行くよ。



『ねえ、今日のドライブどこまで行く?』


 行こう。

 二人が出逢った世界に、別れを告げる前に。


「そうだな、伊豆あたりまで行こうか」

『付き合って初めて行った場所だね』


 そして、二人きりで、永遠の愛を誓おう。

 ペアリングの代わりに、赤い糸をお互いの指に結んで。

 僕たちが生きた証。

 最後に流した色。

 それは、君のワンピースを真紅に染めた。

 それは、僕のシャツを真紅に染めた。

 白いドレスもいいけど、赤いドレスも素敵だよ。

 二人の血液が混ざり合ってできた息を呑むほどの赤が、君の白い肌をより美しくさせる。

 君には、赤いドレスがぴったりだよ。

 僕の白いタキシードも、君色に染まって綺麗だよ。


 さあ、誓いのキスをしよう。



【美緒。これ着て、素敵な式を挙げるんだよ】

【涼介。あなたに二人分の指輪渡しておくから、ちゃんと持って行くのよ】


 二つ並んだ、真っ白な箱。


【二人、もうはぐれてしまいませんように】


 たくさんの花に囲まれて、箱の中はお花畑のようだった。


 真っ白なドレスを着た君。

 白いブーケを持って。

 真っ白なタキシードを着た僕。

 小さな白い箱を持って。


【お兄ちゃん、お姉ちゃん。お空の上で、幸せになってね】


 二人の小指には、赤い糸が結ばれていた。


 幼い少女は二本の花を持って、それぞれの箱に入れた。

 手には赤い毛糸を持って。


 そして、二つの白い箱は、金属の重い扉の中へ吸い込まれていった。




 永遠の愛を誓った僕たちの左の薬指には、指輪がキラキラと輝いていた。

 真っ赤な絨毯のバージンロードを歩いて、天国の扉を開けよう。




 君と僕。

 これからも、ずっと一緒だよ。




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目覚めたら、空 西ノ宮あいこ @momochoco

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