俄雨
初音
俄雨
幕末。京の都。
泣く子も黙る新選組の中でも、最強と言われた剣士。一番隊組長・沖田総司。
彼は今、菓子屋の軒下に佇んでいた。
「雨、か…」
新選組の日常業務である市中巡察を終えた後、彼は自分の隊の者たちに「各自」屯所に戻るよう言い渡した。
この「各自」という指示を出す時は、決まって自分が寄り道したいから、だったりする。
そして、今日はこの前見付けた菓子屋にやってきたのだ。
裏路地を通らないとたどり着けない、小さな菓子屋だから、隊中で他にこの店を知っている者はない。
たたずまいこそひっそりしているが、この店の菓子はどれも絶品である。
その京菓子の包みを大量に抱えて、沖田は身動きせずにいた。
さっきまであんなに晴れてたのに…
やっぱり、まっすぐ帰ればよかったかな。
部下に嘘ついて菓子など買っている自分にバチが当たったのかもしれないとも思った。
ここまで迎えに来る者など居はしないだろうと踏んで、沖田は濡れて帰る決心をした。
その時、通りの向こうから誰かがやってきた。
その影が近付くにつれ、沖田はそれが誰なのかわかった。
「いたいた!全く、最近はいつ雨が降るかわかんないんですから、晴れてるうちに帰ってきてくださいよ」
「琉菜さん」
沖田は少女の名を呼んだ。「未来から来た」などとお伽話もびっくりの出自を騙った彼女を、沖田はいわば「拾った」。連れ帰った少女は、今は新選組で賄い方として働いている。
琉菜が手に持っていた傘を差し出すのを見て、沖田は目を丸くした。
「どうしてここが…」
「沖田さんがどっか行ったって隊士の人に言われたから、近所のお菓子屋さん全部探したんです」
得意気に言う琉菜を見て、沖田は微笑んだ。
ついこの前まで、道に迷って行方不明になりかけていたのに…
時の流れは早いというか。
「ありがとうございます」
「さ、早く帰りましょう」
「あの、せっかく持ってきていただいて悪いんですけど、両手ふさがってるんで、一緒に入れてもらっていいですか?」
「えっ…別に、いいですけど…」琉菜は少し顔を赤らめたが、傘に隠れて沖田にはその様は見えない。
沖田はにっこり笑って琉菜の傘の下に入った。
「お礼に、帰ったらこのお菓子一緒に食べましょう」
「はいっ!」
琉菜はぱっと笑った。沖田も笑い返した。
俄雨 初音 @hatsune
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます