流れた時間と川の流れ

桜田 門外

We were younger

 この道を通るのは何年振りだろう。

 のろのろと、スピードの出せない住宅街を車で走る。

 かつて見慣れた懐かしい家々や現代風な平屋根の家を横目にあいつの家を探す。


(多分、ここら辺なんだけどな)


 スマホのマップは、「目的地に到着しました」と言って勝手に案内を止めてしまった。

 なんて身勝手な。

 そう思いながら、数メートル先に進むとそれらしき家を見つけた。


『児嶋』


 表札にはそう書いてあった。

 あいつの家だ。

 勝手に駐車場に車を停め、助手席に置いていた二つの紙袋を持ち、車を降りた。


(随分、立派な家を建てたな)


 玄関の前に行きインターホンを押す。

 ピンポーン。

 音がなると、子供の騒ぐ声とバタバタバタという足音が聞こえた。


「はい」


 インターホンのスピーカーから男性の声が聞こえた。おそらく児嶋の声だろう。


「あ、勇紀だけど、久しぶり」


 そう言うと、少ししてからガチャッと玄関の鍵を開ける音が聞こえ、扉が開いた。


「おっ、久しぶり」

「おぉ、久しぶり。急にどうしたお前」


 児嶋は驚いたフリをしてそう言った。


「あいつの送り火ってもう焚いた? 」


 そう言い、手に持った紙袋を持ち上げる。


「あぁ、さっき焚いちゃったけど、もう一回やってもいいぞ」


 児嶋はそう言い、「まぁ、入れよ」と言い中へ促した。

 中に入ると、新築の家の香りと夕ご飯のいい匂いがした。

 靴を脱ぎ、廊下の先を見ると可愛らしい小さな女の子が二人、壁に隠れながら此方を見ている。

 リビングまで歩くと、彼女たちはキッチンにいる母親らしき女性の元へ走っていった。


「うちの妻と娘ね」

「こんばんは、突然押しかけてすみません。つまらない物ですが、どうぞ」


 そう言って、土産の和菓子を渡すと、彼女はぺこりと頭を下げた。


「じゃあ、こっちで」

「うん」


 そう言って、リビングの少し大きな窓から外に出た。

 コンクリートの上には、焚いたばかりの木と皿がまだ残っている。

 俺は紙袋に持ってきた、木を皿に並べチャッカマンで火をつけた。しかし、中々木に火がつかない。


「あれ、中々つかないね。湿気っちゃってるのかな」

「貸してみ、こういう細い木のがつきやすいんだよ」


 児嶋は手際よく、火をつけた。

 細々とついた火がやがて、大きな炎となった。

 二人で冷たいコンクリートの上に座り、児嶋は問う。


「お前、まだ仕事忙しいの? 」

「うん、やっとお盆休み取れたんだよ」


 大学卒業した後、大手企業に就職して、それ以来中々休みが取れない忙しい日々が続いている。しかし入社して十年以上経つが、仕事にはやりがいを感じている。

 だが、あまり忙しいのも良い事ばかりで無い。


 親友の葬式に参加する事も出来ないのだ。


「大変だな」

「うん。そっちはどう? 教師は」

「まぁ、ぼちぼちかな。結構ストレス溜まって大変だけど」

「そっか、頑張ってんだな」

「なんかお前変わったよな、昔はあんなに荒っぽくて、よく三人で無茶したのに」

「お互い様だろ。学校嫌いのお前が教師になるなんて」


 児嶋は恥ずかしそうに笑いながら「確かにそうだな」と言った。


「そういえば昔、三人で学校サボって川に行ったの覚えてる? 」

「あぁ、勿論。あれは多分一生忘れないよ」

「通学カバンに教科書とかノートをぎゅうぎゅうに詰め込んで、三人で一斉に川に投げ捨てたんだよな。学校なんか行くもんか、って」

「ハハッ、そしたら通り掛かったクソオヤジに見つかって、三人で逃げたよな」


 笑い声とともに炎がボウッと音を立てた。


「結局、あのノートとかカバンってどうなったんだろう。誰かが見つけて、掃除してくれたのかな? それとも流れに流れて、土に還ったのかな? 」

「さあ、でも出来れば土に還っててほしいな」

「何で? 」

「分かんない、何となく」


 火を見ながら話すと、なんだか会話が心地いい。相手と目を合わせなくていいからだろうか。始めの会話のぎこちなさも、次第に無くなっていった。


「なんだか、懐かしいな」


 児嶋は言った。

 空を見上げると、星が綺麗に輝いていた。

 児嶋ともよくこの星空を眺めた気がする。


「夜中に家を抜け出して、よく星を眺めたよな」

「うん、建設中の家に忍び込んだりして。でも、家って結構早めに屋根完成しちゃうんだよね。だから、いろんな家を渡り歩いたりしたんだよな」

「そうそう、たまに『建設のお手伝い』つってイタズラしたりして。勝手に色塗ったり、穴開けて窓作ったり」

「ハハッ、バカだよなぁ。迷惑掛けまくりだよなぁ」


 児嶋は笑っていたが、次第に声色が変わっていった。


「三人で居るのが最高なのに、高校卒業したら皆んな居なくなっちまうし。あいつは死んで、お前は葬式にも来ねえし。ホントバカだよ」


 俺は何にも言い返せなかった。ただ炎を見ることしか。


「あいつ今、あの世に向かってるんだろな。俺たちのこと見てんのかな」

「多分ね」

「俺たちのこと見て、どう思うのかな。随分変わっちまったって思うかな」

「さあ、どうだろうな」


 すると遠くで、ドンッドンッと花火の音が鳴り出した。

 そして、児嶋は話を変えて言った。


「そういえば、最近は迎え火とか送り火の代わりに花火やる家も多いらしいな」

「らしいね。でも、これはお祭りの花火でしょ」

「うん、川の近くの公園のね」


 炎に向けていた目をゆっくり児嶋に向けた。

 児嶋も同時に此方を向いた。

 二人は何かを察して、俺が先に口を切る。


「川、行ってみる? 」

「行くか。丁度、火も消えたし」


 こうして二人は立ち上がり、お尻の砂を払って中へ入った。

 彼女たちの視線が此方へ注がれた。


「ちょっと、二人で出かけてくるわ」


 そう言った彼に奥さんは何か言いたげだったが、児嶋はすぐに気づき「飯は帰ってから食べる」と言った。

 俺は奥さんに挨拶をし、家を出て、車に乗り込む。

 大きなカバンを持ってきた彼も、俺の車に乗り込んだ。


「お前こんないい車乗ってんのかよ。これ最新型のジープ車でしょ? 」

「会社の先輩が、どうせ買うならいい車買えって言ったから」

「羨ましいなぁ」


 こうして俺は車を発進させた。

 二人でたわい無い話をしながら、のろのろと車を走らせる。

 川に近づくにつれ、花火の音が大きくなっていく。

 やがて、住宅街を抜けると、目の前に巨大な花火が広がった。

 川の近くに車を止め、二人で河原に座り込む。


「綺麗な花火だなぁ」

「うん」

「若い時は、花火なんかただ音がデカくて、喧しいって思ってたのに、大人になると感動するようになるんだよなぁ」


 花火が上がる度に、水面に影と光が写り、とんでもない絶景だった。


「またあの時に戻れたらいいのにな」

「そうだな。あの時は若かったな」

「ああ、若かった」


 そうして暫く花火を眺め、「よしっ」と覚悟を決め、二人は立ち上がった。

 車から、お互い書類の入ったカバンを取り出し、川の前に立つ。


「俺は、生徒のテスト用紙と講演の資料」

「俺は、会社の提案書と企画書」

「なんだよお前、それだけかよ」

「しょうがないだろ、帰省中なんだから」

「まぁ、いいか。じゃあ、3、2、1でいくぞ」

「うん」



「3」


「2」


「1」



 打ち上げられた花火とともに、カバンを川へと投げ捨てた。

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