甘いものが好き
胴長ルカ
甘いものが好き
私は痩せるためにダイエットをするわ!
と一週間前に選手宣誓の如く声高々に僕の前で宣言をしていた彼女は今、ダイエットとは本来体調管理のため、太らないための食事制限のことを指すのであって運動をすることはダイエットには含まれないのよ、と物知り博識歩く国語辞典を気取るかのように得意げに僕に語りながらソファに痩せることを宣言された身体を乱雑に放っていた。
「ダイエットの本来の意味は分かったけど、痩せることが目的なんだからその方法は食事制限だけでなく運動でもいいんじゃないかな?」
ちなみにダイエットの意味は知っていた。
「何も分かっていないのね、あなたは。この私が運動?体を動かす?頭が腐っているんじゃないの?」
「性根が腐っている君に言われたくないよ。あと、さっきから気になってたんだけど君が言う正しい意味でのダイエットすらできてないと思うんだけどな・・・」
彼女はソファに身体を放るだけでなくあろう事かお砂糖たっぷり高カロリーが容易に想像できるほど甘々な香りを振りまくホイップの菓子パンをもそもそと咀嚼していたのであった。
「これは、あれよ。痩せるためにダイエットをしようと決意した自分へのご褒美よ。ご褒美があってこそ人間はやる気になれる生き物なのよ」
本末転倒が明らかな事を平気で言い出す人間が人間を語るとは何の冗談だ。ていうか……。
「決意したことへのご褒美かよ!?」
「ダイエットはね、あなたが思っている以上に過酷なのよ。決意しただけでも褒め称えられるべきだわ」
「結果何もしてないじゃないか……」
「安心して。明日から頑張るから」
この言葉をこの1週間毎日聞いた気がする……。
「君、昔明日やろうは馬鹿野郎って書いた紙を部屋に貼って受験勉強してたよな。あんなに頑張り屋だった君はどこへ行ったんだ?」
「明日やろうって素敵な言葉だと思わない?」
僕の言葉は無視された。そしてさらに話題を変えてきやがったよ。
「『あした』を明るい日と書くなんてとても前向きじゃない。そんな日にやろうって言うならとても素敵だわ」
完璧に話題をそらしたわけじゃないみたいだが、ひどい屁理屈が返ってきた。けれど……。
「言われてみれば確かに」
『明日』の語源は確か「夜が明けてやって来る日」という感じだったはずだ。けれど、誰しも希望を抱く、抱こうとするのだ。明日にそんな思いが込められているって考えたら『明日』という文字はとてもロマンチックだよな。
「だけど明日が来るためには今日が必要なんだ。今日を今日と認識できる今日を過ごさなければ昨日も明日もないだろ。それに待っていれば明るい日が来るなんて棚から牡丹餅な甘い考えは凄く図々しいよ」
「なんか難しい話された……」
「そっちから振ってきた話題だろ。ようするに甘い牡丹餅を食べようとしているうちは痩せないってこと。ほら、今から運動でもするよ」
彼女の手首を掴み無理やり起こそうとする。抵抗されるも身体を変に捻ったのか、わきゃきゃきゃきゃなんて変な悲鳴を上げた後に口を尖らせながら起き上がった。
「上手いことまとめたと思ったらそれが目的かー」
「当然だろ。僕も一緒にやるからさ」
「……終わったらパフェね。一番高いやつ」
あいかわらず本末転倒な事をおっしゃる……。
「また甘いものかよ。今だって食べてたのに」
「当たり前でしょ。私は今から頑張ろうとしてるんだから。それくらいのご褒美はあってもいいわ」
だからまだ何もしていないのに……。
「奢るのはいいけど小さいやつな。僕あんまりお金ないし」
それに運動の効果が完全に相殺されても意味無いし。
「やった!絶対だからね!」
彼女はバネが跳ね上がるみたいに立ち上がり玄関までひとっ飛びだった。それはもうとても嬉しそうな顔をして。
あんなに笑顔になるならたまに奢るのも良いな、なんて思ってみたりする。
結局彼女にとって、僕が一番甘いのかもしれないな。
甘いものが好き 胴長ルカ @rukadounaga
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