第1話 悲劇の日常
来年から中学生になる純は、未だに私に反抗せずに、私を一番に守ってくれていた。
そんな九月の中旬。そして、夫が癌(がん)で亡くなってから十年経った。
「純、ちょっと買い物行ってくるから、留守番頼んでいい?」
「うん、気を付けていってらっしゃい。」
純は少し変わっていた。今の時期は、遊び盛りなのに、いつも家の中で読書をしたり、勉強したりと私でも不思議だった。
「ねぇ、純。お菓子欲しくないの?」
「お菓子、あんまり欲しくない。」
「どうして?」
「体に悪いから。」
「純は、周りに左右されにくいものね。」
そのまま黙って、読書の続きをし始めた。
私は、それを見計らって、家を出る。今日の夕飯の事も考えながら、車の中で、鼻歌を歌っている。
純は、一人で勉強をしていた。すると、突然雨が降ってきて、近所の猫が純の家のベランダに雨宿りをしにやってきた。それでも構わず、眞奈美の帰りを待ち続ける。少し寂しくなったのか、純はテレビをつける。
夕方の平日は、特にこれといった面白い番組をやっておらず、純は興味が無いニュースを流して、勉強に取り組んでいた。そして、小腹が空いたのか、純は椅子からおりて、冷蔵庫へ歩く。
《パカッ》
「やっぱり、何も無いのだな。」
ため息を吐(つ)いて、またテーブルに戻る。だんだん、雨が激しくなってきた。テレビの字幕が増え、【大雨洪水警報】と出ていた。純が住んでいる地域の名前は無く、ほっとしたのか、またため息を吐(つ)く。
《ガチャ》
「ただいまー。ごめんね、遅くなっちゃって。これから夕飯にするから。」
「うん・・・・。」
「少し休憩しなさい。純はほとんど遊ばないから。子供のうちに遊んでおくと後が楽よ。」
鉛筆を置いて、純は台所へ向かった。何をするかと眞奈美は見ていると、純は眞奈美に抱きついた。
「どうしたの。」
「いや、何でも無い。」
「やっぱり疲れていたのね。わかりやすい。」
眞奈美は微笑みながら、夕飯の支度をする。
午後六時を過ぎたところ。
辺りは、雨の影響かもう真っ暗だった。眞奈美はカーテンを閉め、テーブルの上に純の大好きなハンバーグが皿の上にのせられて、眞奈美はエプロンを脱いで、椅子に腰かける。
二人で「いただきます。」と言ってから、ゆっくりくつろぎ始める。テレビのチャンネルを切り替えた。純は、テレビを見ずに黙々と食べている。眞奈美は、バラエティー番組を食べながら楽しそうに見ていた。まだ小学六年生の純には、あまり面白さが伝わっていなかったのか、つまらなそうに見ていた。
そして、夜の八時頃、和室を寝室にしているので、和室へ移動する。シャワーも終えて何もかも解放されたところで、眞奈美は純に今年最後になるであろう読み聞かせをした。純が幼い頃大好きだった絵本を、久々に聞かせてあげると、純は自然に眠っていた。眞奈美は、話すのをやめて、「おやすみ。」と言って、絵本を閉じ、明かりを消した。
こんな幸せな日常が続くと思っていた。
翌朝。
隣に眠っているはずの眞奈美がいないことに気づいた純は、いつもより早く起きた。部屋は暗く、何も見えない。明かりをつけ、純が目の当たりにしたのは、眞奈美の血であろう、布団、そして廊下まで血だらけになっていた。廊下には、凶器と見られる包丁が血だらけのまま置いてあった。
「・・・・え。」
純は、何回も頬をつねったり、目を擦る。でも夢じゃない。現実なのだと泣き叫びながら眞奈美を探す。
「母さん!・・・・・母さん!」
どの部屋を見たが、誰もいない。純は、ただ叫ぶだけ、しかし、純は無意識にその包丁を持っていた。庭にいた純を、近所のおばさんがこの光景を見てしまった。
「・・・・純ちゃん。何しているの?」
近所のおばさんは、純が手に持っている包丁を見てしまい、勘違いで近くにある交番へ走った。
「ち・・・・違う!違うよ・・・・。」
そのおかげで、純は少年刑務所に連れられて行った。
牢屋(ろうや)での孤独な生活、そしてあのおばさんに憎しみを抱(いだ)きながら、生活をしていった。名前で呼ばれない。番号で呼ばれて、まるで奴隷のように扱わされて、時に、虐待のレベルで暴力を振るわされ、自分は何もしていないと事実を告げているのに、誰も信用してくれない。尚且(なおか)つ、同じ少年刑務所の先輩にもこき使われて、自分の立場が無くなっていた。それを助けてくれた人、いや教えてくれた人は、僕の同級生で、緑川進(みどりかわすすむ)という僕みたいに勘違いされたのではなく、自ら両親を殺した犯人だった。
「どう?初めて牢屋に入れられた気分は。」
笑顔でそう聞かれて、唾をのむことしか出来ない。というか、笑顔で言われると恐怖心が湧いてきて、答えられない。
「怖くないよ。だって、君と同い年だもん。」
「・・・・。最悪です。」
「なんで畏(かしこ)まった言い方するの?同い年だよ?」
「初対面の人には、敬語で話せって、亡くなった母から言われているので。」
「教育熱心だったのだね。君の親。」
その緑川進という同い年の少年は、僕と同じ初心だというのに、何回も牢屋にこなれているみたいに、すぐに布団を取り出す。机にある刑務所の課題を器用に終わらせて
いく。
「ねぇ。なんで、そんなに慣れているの?もしかして、前もここに来たことあるの?」
敬語を止めて、改めてため口で話す。
「刑務所のこと、よく知っているから、やる事は大まかにわかる。」
どうやって調べたのだろう。凄く不思議でしょうがなかった。そして、もう一つ気になったのは、進の両腕にあるテーピングだった。
「ねぇ、そのテーピング、どうしたの?」
「あぁ。これは人には言えない。」
「え・・・・?」
「いつか教えてあげるよ。今は、言えないから。」
「ごめん・・・・。」
怪我をしたのか、火傷をしたのか、それとも他に何か理由があるのか。
僕は、今日という残酷な一日を終えて、この薄暗い牢屋で眠った。
危険生物 凪津音紅 @kagegausuihito
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